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2012年6月

2012年6月27日 (水)

土井隆義『少年犯罪〈減少〉のパラドクス』

土井隆義『少年犯罪〈減少〉のパラドクス』(岩波書店、2012年)

 世間的な印象論としては治安の悪化が語られている一方、統計を見ると実際には凶悪犯罪は減少傾向にあるという受け止め方のズレは専門家から指摘されている(例えば、河合幹雄『日本の殺人』[ちくま新書、2009年]、『安全神話崩壊のパラドックス──治安の法社会学』[岩波書店、2004年]など)。法社会学の河合幹雄氏は、犯罪の起こり得る空間(たとえば、繁華街)と従来ならば安心して暮らすことのできた空間(たとえば、住宅街)との境界線が不明瞭になりつつため、一般の人々も体感治安の悪化を感じるようになったのだと指摘している(→こちら)。

 少年犯罪が実際には減少している一方、世間が少年たちに対して妙な不気味さを感じていることにはどのような背景があるのか? 本書は、犯罪少年というだけでなく、それをきっかけに現代日本社会の若年世代において広く見られる問題点へと目を向ける。すなわち、アノミー状況への適応行動という問題点である。本書で指摘されている問題点のうち、とりわけ①自由意志としてではなく、生まれ持った素質で人生はすでに決定済みと納得させてしまう宿命主義的な人生観、②やわらかい共同体への再埋め込み願望、こうしたあたりに私は関心を持っている。

 社会的に仕向けられた一定の人生目標へと煽られる一方で、貧困や教育機会の欠如などの理由によりそこまで到達するのに必要な手立てがない。都会的自由にあこがれる一方で、地縁的関係に拘束されている。こうした矛盾に苛まされたのがかつての青少年の葛藤であった。その葛藤から非行へと走っていったのはある意味で理解しやすい。しかし、現代では持って生まれた自分の資質に自足する傾向があるという(「かけがえのない個性」という言説がさらにかぶさり、新自由主義的な経済活動とも親和的となる)。社会的剥奪によるフラストレーションは他者との落差を目の当たりにするからこそ鬱積していくが、自閉的に自らの境遇に納得している場合、他者との落差を自覚することがない。アノミーへの適応とはそういうことである。

 近代とはそもそも、個人の様々な可能性を追求できるような形へと社会システムを整えることに最大の努力を払う時代思潮であったはずだが、こうした宿命主義的な人生観はそれを否定することになってしまう。もちろん、達成不可能な目標へ向けて煽られるのは不幸なことである。しかし、現状に自足するようでは発展の余地はない。現時点で他者から与えられた評価を生得的な資質だから将来の変更は不可能だという思い込みには、社会環境的に刷り込まれた虚偽意識が混ざりこんでいる可能性もある。かつての“煽り”が未来志向とすれば、生得的なものを絶対と思いみなすのは過去志向と言えるが、いずれにせよ現状をバランスよく見極める視点を促していくしかないのだろう。

 なお、アノミーとは、社会的に規範化された文化目標とその達成手段との齟齬から生じるフラストレーションを指す。デュルケーム『自殺論』でこの概念が提起され、このアノミーによって社会的な逸脱行動が生じやすくなることについてマートン『社会理論と社会構造』が理論化している。

(以下、メモ)
・相対的貧困→相対的剥奪という主観的な要因が介在して、問題化。
・相対的剥奪:貧困の近接性。豊かな人々への羨望のまなざし、社会に対する不公平感や憤怒、自らの不遇感や焦燥感などから生まれるフラストレーション。
・学校教育→戦後平等主義的な教育理念→「煽りの文化」→1980年代の中盤に転換→個性主義…「全ての子どもの学力を一律に伸ばす」政策から「出来る子どもと出来ない子どもの能力の違いを認める」政策への転換。文化目標が少年たちに等しく規範化されなくなった。
・飛躍への欲望が文化目標として内面化され、都会へ出て羽ばたきたいと強く願っているのに、周囲の人たちはそれを認めてくれない。あるいは、華やかそうな職業に就きたいのに、それを認めてくれない。達成手段の取得を阻害する人間関係の抑圧力、地域社会のしがらみ→人間関係上のアノミーが生み出された。
・抑圧的な人間関係によって縛られている、という状況が消えていった。
・大人への反発として形成された非行グループそのものが成立せず、逸脱キャリアを歩む若者の減少。…共同体の拘束力の低下が非行グループの弱体化の背景にある。1960年代の校内暴力は反学校文化としての顕示的・組織的行動→1990年代以降は幼児的な癇癪の発露に過ぎなくなっている。

・「かけがえのない自分」とは、他者との関係のなかで自己を相対的に見つめ、互いに切磋琢磨しあうことで獲得されるものではなく、ひたすら自己の内面世界を掘り進め、奥ぶかく探索していくことで発見されるものと看做されるようになったのである。(96ページ)
・他者の存在感が希薄、第三者からの客観的視点が欠如→「個性的であること」をひたすら煽られ続けても、どこまで追求すれば「本当の自分」にたどり着くのか、その実感を掴みづらい。→個性化の時代とは、普通の人々が生きづらい時代。

・人生目標の成功願望から生じるアノミー、人間関係の離脱願望から生ずるアノミー→普通の状態でいられる限り、焦燥感で掻き立てられる性質のものではない。しかし、「自分らしさ」という新たな願望→普通の状態でいることの方がアノミーの源泉となってしまう。

・スティグマのカリスマ化。否定性の強いスティグマであればあるほど、かえって自分の存在感を高めると受け止められる。自分に明確なアイデンティティ。平凡な存在から脱却。自らのアイデンティティを確立する手段としてスティグマの獲得をむしろ積極的に欲しがっている。普通であることの平凡さに埋没してしまうくらいなら、世間を震撼させる犯罪者であった方が良いという心性。

・非行文化がなくなりつつある→技術の伝承なし。共通基盤が存在しないため、お互いの関係を維持するのに苦労。また、少年たちの個人化が進んで“非行文化”が崩れ、先輩から後輩への“技術”の伝達ができなくなった。例えば、自転車盗に比べてバイク盗や自動車盗が減少しているのは、複雑な技術を要するコツが伝承されていないから。また、たかだか万引きでナイフを振りかざしたため強盗殺人になってしまったケースがあるが、犯罪ランクを考えながら振舞う“知恵”が伝わっていれば大事には至らなかったはず。

・今日の非行少年には、自分が異質な他者を「見つめる」ことへの感受性を欠落させているのと同時に、自分が異質な他者から「見つめられる」ことへの感受性も欠落させている。

・少年犯罪の統計データを見ると、軽犯罪に関しては取り締る側の方針の変化によって検挙数が増減するが、そうしたバイアスによって左右されにくい凶悪犯罪に関して言うと長期的には減少傾向にある。

・現在、自分の置かれた社会的な境遇に対して、他者との間に落差を覚えていたとしても、その立場に置かれていることに自らが納得してしまえば、そこに剥奪感は生まれてこない。アノミー論の文脈に置き換えれば、たとえ社会的な資源が不平等に配分され、劣悪な立場に置かれていたとしても、それに見合った程度の希望しか配分されていなければ、そこにフラストレーションは生じえない。むしろ逆に、希望に格差がなく、平等に配分されているほうが、フラストレーションを高める状況を作り出すことになる。(134ページ)
・…貧困家庭の子どもたちは、希望を持てない状況というよりは、そもそも希望を持つというモチベーション自体を持ちえない状況に置かれている。できれば高い希望を抱きたいのに、現状ではそれは無理だと判断して悲観的になるのではなく、そもそも高い希望を抱こうなどとは端から思ってもいないから、現状に対して強い不満を覚えることもない。(136ページ)

・「未来の自分」より「過去の自分」に拠り所を求めようとする若者のほうが、今日では多くなっている。これからいかようにも形成可能な自分の姿を思い描きながら現在を生きるのではなく、すでに過ぎ去った変更不可能な自分の姿を振り返りながら現在を生きている。現在の生き方を規定するのは、未来ではなく過去なのである。彼らは、あえていうなら未来志向ではなく過去志向である。(138ページ)
・自由意思で主体的に選択されたものとしてではなく、生まれもった資質に運命付けられたものとして、自分の人生を理解しようとする感性である。(139~140ページ)
・宿命主義→生まれもった素質という絶対的で本質的なものによって、一見すると合理的に自分の人生が定まっていると考えられている点である。(141ページ)
・社会的価値からの脱埋め込み→自己の不安を増大→再度の埋め込みを欲するようになった。しかも、内閉化した個性化願望の下では、生まれ持ったはずの素質こそが、かけがえのない自分の個性として尊重される。したがって、そのような生来性を重視する感性は、宿命論的人生観へとつながっていきやすい。生得的な個性とは、後天的には変更不可能なものであり、個人が背負った宿命にほかならないからである。(142ページ)→前近代的な宿命主義と違うのは、理不尽な身分制度によって抑圧されているわけではない点。

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2012年6月26日 (火)

浅野智彦『趣味縁からはじまる社会参加』

浅野智彦『趣味縁からはじまる社会参加』(岩波書店、2011年)

(メモ)
・人間関係の稀薄化した現代社会において、社会参加へと人々を導いていく道筋の一つとして、趣味を媒介とした人間関係があり得るのではないか。趣味縁とは、親密性と公共性との中間にあって両者の橋渡しをするものではないか、という仮説を提示。
・社会関係資本→利得を生み出す資本として考えるか?/外部効果を期待する公共財として考えるか?→本書では後者の考え方から「趣味縁」を二次的結社(ロバート・パットナム『哲学する民主主義』『孤独なボウリング』)にあたるものと捉える。
・俳諧など近世の趣味縁→アイデンティティ・スイッチング(池上英子『美と礼節の絆』)、戦後のサークル運動→自己の多元性(鶴見俊輔)、消費社会における社交の倫理→柔らかい個人主義(山崎正和)、女性たちのネットワークとしての女縁→アイデンティティのリスク・マネージメント(上野千鶴子)。

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2012年6月25日 (月)

【映画】「冬の小鳥」

「冬の小鳥」

 1975年、ある冬の日のソウル近郊。孤児院に入れられた9歳の少女、ジニの孤独な気持ちの揺れ動きを描き出した映画である。ウニー・ルコント監督自身が幼い頃、韓国の孤児院からフランス人家庭にもわわれて養子として育った人で、そうした自身の実体験を基にしている。監督自身、韓国語はすでに話せないらしい。

 孤児院で寂しい思いをしている二人の少女、ジニとスッキ。庭先で見つけた一羽の瀕死の小鳥。自分たちが親代わりになったつもりなのだろうか、食堂から盗んできたエサを与えながら回復を見守る。雨の日、かわいそうに思って部屋に入れたが、見つかったら怒られてしまう。考えあぐねて取りあえずタンスの引き出しに押し込んだ。あくる朝、小鳥は冷たくなっていた。二人は丁寧に埋葬する。やがてスッキはアメリカへ里子に行った。残されたジニは墓から小鳥の亡骸を掘り起こし、投げ捨て、掘り進めた穴の中に自身が横たわる。そして、目をつぶる。自分自身も死んだんだ、そう言い聞かせるかのように。

 そうしたジニの姿を見ていたら、ふとキム・ギドク監督「サマリア」のワンシーンを思い浮かべた。サティのジムノペディ、ノクターンがゆったり流れる中、土中で静かにまどろむ少女の面立ち。秋から冬にかけての寒々とした空気、しかしそのピンと張り詰めたような清潔感が少女の抱えたやり場のない感傷を浮き彫りにしていた。二つの映画とも冬という季節だけでなく、少女の心の傷をテーマにしていた点でも同様である。だから、両方を結び付けたくなる連想が呼び起こされたのだろう。

 だが、明らかな違いがある。「サマリア」の少女には暖かく見守ってくれる父親がいた。その安心感がもたらす穏やかさが、彼女の表情に静かに浮かんでいた。しかし、ジニは父親から捨てられていた。対比すると、ジニのこわばった表情にうかがえる哀しさが、より痛切に感じられてくる。

 冬の冷え切った空気にはある種の透明感があり、ジニの心象風景を如実に映し出すかのようだ。冒頭、父親の自転車の後ろに乗って一緒に買い物をしていた時の屈託のなさ。孤児院へ連れてこられ、父がいなくなった時の不安げな面持ち。そして、どこにぶつけたら良いのか分からず戸惑ったような苛立ち。ジニ役の少女が素晴らしい。愛らしい顔立ちにこうした感情の昂ぶりやつらさが本当に自然に表れている。

【データ】
原題:Une vie Toute Neuve
監督:ウニー・ルコント
2009年/フランス・韓国/92分
(DVDにて)

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【映画】「東京無印女子物語」

「東京無印女子物語」

 地方から東京に出てきた3人の女性を主人公とした2話のオムニバス形式。1話目は、のろまの「のろ」というあだ名の女の子。就職活動中だが、東京のせわしないページについていけず、焦りが募るばかり。しかし、画家志望の同棲相手を見ながら、ゆっくりはゆっくりなりの生き方もある、それを許容するのも東京だよなあ、思い返す。2話目は、仕事にバリバリ打ち込む女性。同居しているフリーター女子のあっけらかんとした自由さに妬み混じりの羨ましさを感じるが、彼女は彼女なりに葛藤を抱えていた、という話。

 まあ、ありがちな話かな。ストーリーよりも、東京のさり気ない町並みを背景とした映像を見るのが私は好き。登場人物の心情と呼応するような映像に仕上がっていたら満足するので、その点では悪くなかった。エピローグの、早朝の電車内で朝日に照らされた少女のたたずまいとか、屋上から街を見渡す清々しさとか、そういったシーンは気に入った。

 それにしても、映画のコンセプトとしては、主人公の女の子たちに共感するような20~30代くらいの女性がターゲットだと思うのだが、観に来ていたのは(私も含めて)ほとんど男ばかりだったぞ(笑)

 大九明子監督の作品では、新垣結衣主演の「恋するマドリ」というのも以前に観たことがあった。これもストーリーは忘れたけど、町並みや部屋の生活感あるたたずまいをきれいに映像に収めていたところは印象に残っている。

【データ】
監督:大九明子
2012年/97分
(2012年6月22日レイトショー、ヒューマントラストシネマ渋谷にて)

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2012年6月24日 (日)

市川寛『検事失格』

市川寛『検事失格』(毎日新聞社、2012年)

 法の運用は必ずしも根拠とロジックとによってのみ基づいて行われているわけではない。複雑な現実の機微にはグレーゾーンが多く、法の一律的な適用はかえって不公正をもたらす可能性もある。ただし、運用をするのはやはり人間であって、その裁量的判断には別の思惑が混入してくることもまた当然ながらあり得る。一個人の恣意であったりするのはもちろん論外であるが、それ以上に、法とは別次元で作用する構造的な問題であるとするなら深刻である。

 著者は元検事である。佐賀地検に勤務していたときに担当した佐賀市農協背任事件で、否認する被疑者に暴言を浴びせかけながら無理やり調書をでっち上げた。転勤して担当から離れた後、法廷に喚問された際に、暴言で被疑者に圧迫を加えたことを正直に証言、やがて「暴言検事」として辞職することになる。本書は強引な取調べで冤罪をでっち上げてしまったことへの自省であり、それはすなわち、彼自身がそのような立場へ追い込まれていった原因は一体何だったのかを考え直す作業である。

 職業観は、その人の置かれた職場の環境によって育まれる側面が強い。彼が「暴言検事」になってしまった事情を突き詰めると、検察内部の組織文化の問題に行き当たる。裁判を通して「真実」を明らかにするのではない。「無罪」判決は検事としての大失点であって、被疑者には必ず筋読み通りに犯罪事実を認めさせねばならず、否認し続ける場合には強引にでも起訴へ持ち込む(村木厚子さんの冤罪事件における資料データ改竄で大阪地検特捜部の敏腕検事が逮捕されたが、著者も一時期、大阪地検に勤務していた頃を回想しており、ここはとりわけ強引な立件に持ち込む気風が強いらしい)。佐賀の事件で自分が行った強引な取調べについて正直に証言しようと思っていたとき、上司や同僚からは「あの程度の暴言、みんなやってるじゃないか」と言われれ、実質的な偽証を勧められた。とにかく検察のメンツをつぶすことは決して許されないという暗黙の空気。そうした圧迫の中でストレスがたまり、正常な判断能力すら失われてしまう。冤罪にはめられた側としてはたまったものではない。

 著者自身はもともと「ダイバージョン」という制度に関心を持っていた。つまり、「検事や裁判官が判断に迷ったとき、犯罪者が世間からできるだけらく印を押されないような手続きを選ぶことで、その社会復帰を助け、再犯を防ごうという一連の制度」であり、これを実現できる仕事として検事を選んだ。ところが、現場に入ってみると、司法修習で聞いたのとは正反対の実務すら行われている現実に戸惑う。

 検察内部の組織的ロジックに絡め取られて、内心では疑問を感じつつも、それを正直には言えないまま不本意な仕事を迫られていく不条理。本書では一人の検事の成長過程を通して、検察の組織文化が具体的にどのようなものであるのかが赤裸々に語られている。著者自身が繰り返すように、所詮は言い訳に過ぎないのかもしれない。いずれにせよ、そうした検察の組織文化に最終的には適応できなかったこと、同時に自らが若い頃に理想としていた検事像に到達できなかったこと、二重の意味で著者は「検事失格」であった。

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2012年6月23日 (土)

根本敬・田辺寿夫『アウンサンスーチー──変化するビルマの現状と課題』

根本敬・田辺寿夫『アウンサンスーチー──変化するビルマの現状と課題』(角川ONEテーマ21、2012年)

 アウンサンスーチーが釈放され、制限つきながらも選挙が実施されるなど、軍事政権の方針転換は国際社会からおおむね歓迎されている。そうした近年の動向に合わせ、中国や東南アジアへの日本企業の進出が飽和状態に近づいているという意識の表れであろうか、新たな投資先としてビルマへの関心も昨年あたりから急速に高まっている。

 本書はこのようなビルマ情勢の変化を受けて、二人による前著『ビルマ軍事政権とアウンサンスーチー』(角川ONEテーマ21、2003年)を全面的に書き直したものである。前半ではビルマ政治が現在抱える問題点を考察していく中でアウンサンスーチーの思想について正面から論じているのが特色であり、後半では在日ビルマ人社会の現在について描かれている。

 国名の表記について一言しておくと、現在の軍事政権は「ミャンマー」を名乗っており、外務省やマスコミ等もこの表記に従っている。しかし、軍事政権の正統性を認めていない民主化運動の支持者は敢えて「ビルマ」という表記を続けている。国家平和発展評議会(SPDC)議長(事実の国家元首)であったタンシュエは引退したとされてはいるものの、国軍に対する影響力は依然として保持しているとも言われ、現在、アウンサンスーチーとの対話路線を進めているテインセイン大統領の力量について本書は判断を保留している。なお、タンシュエ時代のビルマ政治についてはベネディクト・ロジャーズ(秋元由紀訳)『ビルマの独裁者タンシュエ──知られざる軍事政権の全貌』(白水社、2011年)に詳しい。

 抑圧的な軍事政権であっても、海外からの投資を積極的に呼び込むことで経済を活性化させ、国民生活の安定によって将来的な民主化も促進されると考えるのか。それとも、民主主義やガバナンスのあり方が未成熟な中で海外からの投資が投下されても、既得権益階層を固定化させるだけで貧富の格差がむしろ拡大する。従って、海外からの投資の前提として、まず民主的なガバナンスが必要と考えるのか。本書の立場は後者になると思うが、このあたりの議論は見極めが難しくて(どちらも理屈として成り立つと思うので)、私としては判断を保留中である。 

(以下、内容についてメモ)
・現行憲法は国軍の意向に反した決定はできない仕組みになっており、軍事政権が近年になって軟化し始めた動向は、改革ではなく、あくまでも「変化」に過ぎない。では、その「変化」の理由は?→①対外的イメージの改善、②安定的な経済発展が必要であり、そのためには欧米による制裁を解除してもらう必要を認識、③中国との経済関係があまり深まりすぎると「衛星国」化の懸念があり、これは軍事政権のナショナリズムからは受け入れがたく、その牽制のために欧米や日本との経済協力を模索。

・NLD(国民民主連盟)は最近の補欠選挙で圧勝したとはいえ、軍事政権が制定した現行憲法の下で確保できる議席数はあまりにも少なく(664議席中43議席)、憲法改正へのハードルも高い(議会の4/3以上が必要)。従って、軍事政権と対話しながら徐々に改革に道をつけていくしかない。そうした限界の中でもできることは何か?→国民の保健衛生の向上、教育環境の改善、少数民族問題、公務員の腐敗への対処など。

・軍政によって長期間にわたり軟禁されてきたので、アウンサンスーチーの肉声は一般の国民から切り離されてきた。このため、国民は彼女のメッセージを読むことができず、彼女を偶像化する傾向につながってしまった。そうした個人崇拝から、アウンサンスーチーに政権を任せさえすれば万事うまくいくはず、という信仰すら生まれてしまう問題。

・アウンサンスーチーは経済発展のための投資そのものに反対しているわけではない。ただ、「正しい目的」には「正しい手段」を以てすべきという思想に基づき、人権、環境などに配慮した経済政策が可能かどうかを問題にしている。民主主義が未成熟な社会では、政治的な腐敗、官僚制の未成熟によるテクノクラートの不在などにより、利権の独占傾向が考えられ、貧富の格差が拡大してしまわないか? 外国企業が投資する場合、軍事政権と組む形になるが、民意が政治に反映される体制でなければ国家予算の配分が恣意的となり、むしろマイナスが大きいという判断。

・アウンサンスーチーにはガンディー思想からの影響が強い→「真理の追究」。彼女の思想の基本には「恐怖からの自由」というテーマがある。これは一般的な人権問題としての意味だけでなく、むしろこの「恐怖からの自由」を自ら実践する義務を一人ひとりが負う。つまり、自らのうちに芽生えた「恐怖」をも克服して、各自が正しい目的に向かって振舞うべきという考え方。こうした自力救済の思想を、果たして一般の国民がどこまで理解できるか? アウンサンスーチーへの個人崇拝は、実は他力救済の願望に過ぎないのではないか?という逆説。インドにおけるガンディーがそうであったように、彼らの存在は「国民的な誇り」とはなっても、実際に彼らの思想を受け継ぐ者は少数にとどまるのではないか?と懸念。

・日本におけるビルマ人社会。欧米諸国に比べて、日本政府による難民認定が極めて厳しすぎる問題。東日本大震災にあたってボランティア活動に取り組む在日ビルマ人たちの姿。ビルマと一言で言っても多民族社会で、少数民族の人たちも目立つ。いや、むしろ少数民族であるがゆえに軍事政権から迫害を受けて亡命せざるを得なかったケースが多いと考えるべきか。

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2012年6月22日 (金)

龍應台『台湾海峡 一九四九』

龍應台(天野健太郎訳)『台湾海峡 一九四九』(白水社、2012年)

 龍應台の「台」は台湾の「台」である。しかし、これにはある種の「よそ者」感覚がまとわりついていると自身で記している。なぜ親はこのような名前を付けたのか? 一時滞在のつもりで来たこの土地でたまたま彼女が生まれたのを記念するため、ということらしい。ある世代には同様の意味合いを帯びた名前の人が多々見られるという。例えば、ジャッキー・チェン。彼の本名は陳港生。「港」は香港の「港」である。彼の親もまた流浪の果てに香港へたどり着いたという背景が息子の名前からうかがえる。

 著者は台湾南部、高雄の近郊に生まれた。しかし、小学校に通い始めて気付く──クラスの中で自分はただ一人の「よそ者っ子=外省人」であることに。自分が住んでいるのはいつ引っ越すか分からない公務員住宅。でも、台湾人には祖先代々の家があり、清明節にお参りするお墓もちゃんとある──そうした家が自分の母の生まれ育った大陸にあるなんて、その頃は知らなかった。他のみんなとは違うこの孤独感は何だろう? 美術の時間、みんなは自分の家、赤レンガの閩南式家屋を描くのに、彼女が描くのはだいたい船ばかり。そう、漂泊という不安定な感覚。そして大人としても成熟した現在、さらに思い巡らすのは、同様の、いや、場合によってははるかに苛酷な漂泊の人生を強いられた数多の人々があの時代に生きていたということ──。

 龍應台は華語圏では著名なベストセラー作家で、台湾の書店に行くと何がしかの著作がいつも平積みされている(ちなみに今年、彼女は馬英九政権の文化部長に就任した)。オビを見ると、原書の《大江大海 一九四九》(天下雑誌、2009年)は台湾・香港あわせて42万部も出たらしい。原書が刊行されたばかりのとき、私もたまたま台北の書店で見かけて購入した。一読して、これは日本人にとっても他人事ではないし、実に興味深い内容だと思っていた(→こちら)。ただ、私自身の中国語能力に不安があってどこまで本書の意義を理解し得ていたのか心もとなかったので、邦訳がようやく出たのを機に改めて読み直した。

 1945年、日本の降伏によって東アジアにもようやく平和が訪れるはずだった。ところが、中国では国共内戦が激化、中華人民共和国が成立して蒋介石率いる国民党が台湾に撤退する1949年に至るまで、戦火に追い立てられるように故郷から引き離された、実におびただしい人々がそれぞれに過酷な運命の変転を体験することになる。そうした流亡の果てに台湾へとたどり着いた人々の中には著者自身の両親の姿もあった。本書は、両親が暮らしていた大陸の故郷を著者が訪問したのをきっかけに、1940年代後半という時代に何が起こっていたのか、史料を読み直し、当時を知る人々へのインタビューを重ねながら、一つの作品として再構成している。

 また会えるはずと思って生き別れになった親子の姿。自らの意思とは何の関係もなく、唐突に降りかかった家族との別離。例えば、兵力不足に陥った国民党軍は行き当たった若者を手当たり次第に拉致し、兵力として編入していた。別れの挨拶の暇すらも与えずに。日本の敗戦後、台湾接収で上陸した国民党軍兵士のみすぼらしさは嘲笑の的となったが、そうした事情で何も知らないまま台湾へ送り込まれてきた者も数多く含まれていた(なお、本書では特に触れられていないが、家族を大陸に残したまま身寄りのない外省人の老後は大きな社会問題になっている)。また、金門島の女性は、行商でアモイに行ったところ、その間に海上封鎖されて戻れなくなってしまった。半世紀経ってようやく里帰りできたときには、夫はすでに亡くなり、息子たちの行方も杳として知れない。

 国民党も共産党も、それぞれの公定史観が謳い上げるような輝かしい解放者などではない。例えば、国共内戦の一つのクライマックスをなした長春包囲戦。城内に立て篭もった国民党軍を林彪率いる共産党軍が包囲し、戦術として兵糧攻めが採用された。城内にいた一般庶民は町の外に出ようとするが、共産党軍は敵方の食糧を減らすため無理やり押し戻し、他方で国民党軍は自分たちの食糧を確保するため城内に入れない。両軍が対峙する空間に放置された数十万もの一般庶民が飢え死にし、その正確な数は分かっていない(なお、『卡子』の著者の遠藤誉さんはこの過酷な状況から生き残った人である)。彼らの喧伝する「勝利」の美名の下には無辜の庶民の実におびただしい犠牲があった。「人民の味方」中国共産党の公的な歴史にそうした事実は一切記されておらず、著者が長春を訪ねてもほとんどの人がこの惨事を知らないことに驚く。

 台湾の原住民プユマ族の二人は国民党の徴兵係に騙されて大陸へ送られ、国共内戦の渦中に投げ込まれた(なお、一人の兄は日本軍に取られていたらしい)。捕虜となって後は共産党軍に編入され、さらに朝鮮戦争にまで従軍した。長い旅路であったが、そればかりでなく台湾に戻るまでには半世紀近くもの年月を要することになった。台湾の温暖な気候に慣れた彼らにとって北方の寒さは厳しい。

 日本軍に徴用された多くの台湾人軍属や志願兵が直面した苛酷な運命。日本軍による残酷な捕虜虐待。南方の島々や南京の捕虜収容所で看守として否応なく不本意な残虐行為に加担させてしまったことは、やはり日本人として見落とすわけにはいかない。そうした中でも、戦後の戦犯裁判で自らは死刑判決を受けたにもかかわらず台湾人の部下に書を与えて励ます日本人将官についても触れられているのは、いくぶんか気持ちが和らぐ思いがした。田村義一という文学肌の一兵士が残した日記も取り上げている。それから、汪兆銘政権への帰順をあくまで拒み続けて強制労働の中に亡くなった卓還来(ボルネオ・サンダカン総領事)の潔さも印象に残る。

 二・二八事件に関する記述は全体的な分量に比して少なめだが、それでもいくつかのエピソードは紹介されている。例えば、国民党の上陸を歓迎したものの、その“返礼”が仲間の銃殺であったことに幻滅し、公的活動を一切退いた彭清靠(彭明敏の父親)。それから、行政院長や副総統を歴任した蕭萬長は、命の恩人であった潘木枝というお医者さんが二・二八事件で公開銃殺されるのをじかに目撃したことを回想している(嘉義での出来事らしいから、画家の陳澄波が銃殺されたのと同じ時だったのだろう)。蕭萬長は国民党の実務的テクノクラートとして有名な政治家だが、そうした記憶をずっと心の内に秘めていたというのが印象的だった。

 本書は単なる歴史ノンフィクションではない。著者自身の「私語り」が基本スタイルだが、それは同時に、インタビューを受けて当時を回想する人々の「私語り」にもまたそれぞれにかけがえのない痛切な想いがこもっていることを当然ながら知らしめる。そうした機微を描き出すところに著者の文学的感性が生きてくる。(なお、最初に原書を読んだとき、実は龍應台という人のプロフィールをよく知らず、なぜ文中にドイツの話が出てくるのか分かっていなかった。ドイツ人の夫との間に生まれ、ドイツで暮らす息子に向けて語るという形式だからである。)

 中国東北地方(旧満洲国)から南方の島々に到る広大な空間を舞台に、壮大と言えばあまりに壮大なドラマが繰り広げられていた。たぎり立つ歴史の巨大な奔流に否応なく巻き込まれ、一人一人の存在は流れに抗することができないほどに小さくとも、しかし確固として息づいていた肉声を丹念に聞き取り、一連なりの物語へと紡ぎ上げていく。敵か味方かを画然と分けてしまう公定史観は歴史を均質で無機的なものに貶めてしまい、場合によっては抑圧的な作用すら示す(実際、本書は中国大陸では刊行の機会を得られないままだ)。だが、様々な想いがポリフォニックに響き合う時空において捉え返していくことによって、大文字の「歴史」ではなかなか見えてこない、場合によっては覆い隠されてきた心情的なもの、癒しがたい傷、その傷に向き合う勇気、様々な想いが、立場の相違には関係なく、くっきりと浮かび上がってくる。そこが本書の魅力である。

 訳文も洗練されているのは感心した。本書の味わいを特徴付けている「私語り」のスタイルを自然な日本語に移し変えており、とても読みやすい。

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篠田英朗『「国家主権」という思想──国際立憲主義への軌跡』

篠田英朗『「国家主権」という思想──国際立憲主義への軌跡』(勁草書房、2012年)

 現代社会において「国家主権」をめぐるアポリアの一つは、ある国家の内部で深刻な人権抑圧が生じているとき、国際社会がその問題に向けて何らかの対処を検討すると「内政干渉だ! 主権の侵害だ!」と反発され、事態が何も進まないというケースである。例えば、国連安全保障理事会常任理事国として指定席を持つ某2カ国。最近のシリア情勢をめぐっても具体的な決議には及び腰だ。いずれも脛に傷もつ身であり、同様の矛先が自分たちにも向けられたら困るので、先例は作りたくない…というのが理由の一つとして考えられる。

 ただし、内政干渉による「国家主権」の侵害という反発は、そう簡単に無視するわけにはいかない。場面によっては単なる自己弁護に過ぎないことが明らかではあっても、少なくともそのロジックに一定の正当性が認められている以上、さらに包括的で説得的な理論的枠組みを通した反論をしなければ、国際秩序を成り立たせているルールそのものへの疑念を醸し出してしまう。

 17~18世紀にかけてのヨーロッパにおいて成立した近代社会、それと歩みを共にしてきた「国家主権」という概念をめぐり、現代に至るまでどのような思想的応酬が交わされてきたのかをたどり返すのが本書の基本的な内容である。通時的に検討しながら浮かび上がってくるのは、「国家主権」なる概念も決して一義的なものではなく、時代ごとに様々なヴァリエーションを示していることだ。時代状況に合わせて「主権」概念は異なる解釈がされてきた。つまり、絶対不易の原理とは言えない。この点を建設的に考え直すなら、現代社会において差し迫った課題や国際的に一般化した価値観に合わせて「主権」概念を読みかえることで何らかの可能性が見えてくるはずだ。本書はそのための基礎作業を行っている。

 「国家主権」をめぐる思想史的流れを確認しながら本書が最後にたどりつくのは、「新しい国際立憲主義」である。

 国家的レベルで行われる非人道的行為を防止するため、「保護する責任」という考え方が提起されている。しかし、これは場合によっては軍事介入も含まれるため、上述のように、国家主権尊重、内政不干渉といったこれまで国際関係を規律してきた原則に背馳するのではないか?というアポリアにぶつかって立ちすくんできた。ところで、「新しい国際立憲主義」は、「国家主権」を必ずしも否定するわけではない。むしろ、国民を守るべきなのは第一義的には当該国の「国家主権」そのものの役割であることをまず確認する。ただし、「国家主権」が自らの責任を適切に果たしていないとき、国際社会がその責任を肩代わりして実行する必要がある。言い換えると、平和構築は「国家主権」を補完する役割を担うという考え方になるだろうか。

 これは古典的な社会契約説による立憲主義でも説明できる。つまり、政府が統治契約に違反して人民の権利を侵害したとき、人民には革命権・抵抗権が自然法における不可分の権利として認められているとジョン・ロックは主張していた。ここから論理を広げれば、この抵抗権・革命権を外国勢力に代行してもらうという考え方もできる。こうやって見ていくと、実は立憲主義の原点に立ち返ってこの問題を考えなおすこともできるのである。思想史的なパースペクティブを基本としているため、そうしたあたりを確認できるのは本書の強みであろう。

 いずれにせよ、「国家主権」と「保護する責任」とを結びつけることで、国際立憲主義の規範的枠組みの中でのみ主権は機能することを強調する考え方が現代では現われつつある。ここに至るまでの思想史的系譜を整理することで、そうした思潮の理論的な位置づけを図り、「主権」概念の現代的解釈を提起しているところに本書の意義がある。

(以下はメモ)
・「ウェストファリア体制」という虚構。国際関係論の教科書などでは、ウェストファリア講和条約において絶対的に排他的な領域的独立性を持つ主権国家が成立したと説明するのが一般的だった→ハンス・モーゲンソーが「諸国民間の政治」として国際関係を描き出す理論的方法論として好都合だったから採用された見方に過ぎない。むしろ、ウェストファリア条約は主要交戦国が一堂に会して話し合う機会→同じヨーロッパ社会に属しているという自覚の証明に役立った。

・超越的権威(神)が低下して中世的な秩序が終焉→混乱を経る中、自律的な空間秩序を形成する権威が模索された→神ではなく、人間が主役、すなわち国民主権。

・イギリスやアメリカの古典的立憲主義:諸個人の権利を基礎にした法秩序空間。ジョン・ロックは、諸個人の自然権を守るのが社会秩序の目的なのだから、どんな最高権力であっても秩序を脅かすことは許されないと考えた→革命権や抵抗権を許容。

・近代になって、「国民=民族」を有機的統一体と考える価値規範の定着→主権とは、国民国家に本質的に宿る超越性として語られるようになる→立憲主義では権利保護のためのフィクショナルなものと捉えられていたが、フランス革命以降の国民主義の進展と共に国民国家の中に実在するものと考えられていく(主権の「物象化」)→真の「主権」とは何か?という議論へ。

・20世紀になると民族自決原則によってあらゆる国は主権を持つという考え方が広まる。しかし、それ以前の19世紀後半の帝国主義の時代は、国民たるにふさわしい国のみ主権を持つ、従ってふさわしくない国には主権はない、植民地支配を受けて当然という考え方。主権国家たるにふさわしい資格を持っているのか、自らの力で証明しなければいけない。

・国際連盟設立に当たって、アメリカのウィルソン大統領とランシング国務長官の対立。ウィルソンは国際立憲主義→主権概念の制限を意図。対して、ランシングは、主権の所在は形式論理ではなく、現実世界を動かす人間たちの具体的な力にあると考えていた→主権の「物象化」を前提としたリアリズム。力の現実を虚構で覆い隠せるはずはないと考えてウィルソンを批判。

・両大戦間期の国際立憲主義→カール・シュミットの「例外状態」論から思想的挑戦。

・冷戦期、イギリス・アメリカの社会科学では、主権概念を形式化して把握。つまり、建前として主権の絶対性を前提とするが、実際には権力政治で動いている現実とを乖離させた形で政治分析。

・20世紀後半の主権概念の形式化と、国際社会全体の秩序への関心の増大→「新しい国際立憲主義」:20世紀後半において国家主権は、いかに形式的であろうとも、上位の国際機関によって統御されるものではない。しかしある一定の規範に服し、経済活動や人権によって制限されるものではある。つまり市民社会の活動によって、国家主権は制限されるのである(273~274ページ)。主権を「国際システムの構成原則」として把握。自由な経済活動や人権規範に介入しないように規則づけられた、新しい形態の立憲主義的な主権。国内社会と国際社会とは異なる構造や背景を持つが、完全に別物と考えるのではなく、同じ価値規範によって統制される。国家主権はその機能に応じて尊重されるが、市民社会という不可侵の領域を破壊せず、ただその保護者としてのみ活動することが期待される。

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2012年6月17日 (日)

辻潤について辻まことが記したこと

 本ブログのタイトル「ものろぎや・そりてえる」の由来について取り立てて説明したことはなかったが、これは辻潤の同名エッセイから拝借したもの。アルファベット表記すると、monologia solitaire。ラテン語の名詞にフランス語の形容詞がかかる形で、日本語に強いて直すなら「さびしき独白」とでもなるだろうか。

 語感が何となく気に入っていた。ひらがな表記した欧米語は意外にモダンな雰囲気が醸し出されるだけでなく、音のリズムが心地よい。まだ無名だった頃の宮沢賢治や萩原朔太郎を見出したのは辻潤であり、そのことからも窺えるように彼の詩的な言語感覚には独特な鋭さがある。さらに、ネット上で適当なことを書き散らすには意味的にも通じると思ったのが、この「ものろぎや・そりてえる」を採用した理由の一つ。

 ただ、そればかりでなく、私が辻潤その人に強い関心を持ち続けていることも動機として働いている。

 酒と女にだらしないダダイスト、それにもかかわらず妻の伊藤野枝を大杉栄に寝取られただらしないコキュ、そのように男女関係の乱雑さも許容される文学的サークルの中で騒ぎまわっていた日々──辻潤の一般的なイメージはそんなところだろうか。彼については評伝も何冊か出されている。ただ、辻潤について書かれたそのような本は意外と奥行きが感じられない。誰もが彼について語りたがる「自由人」なるイメージそのものが意外と型にはまってしまっているという奇妙な皮肉が実にもどかしく、私はほとんど感心できなかった。

 私自身が辻潤について描くとしたら、存在論的な人生そのもの、という捉え方になると思うが、それがどういうことなのかはまた別の機会に。

 辻潤について書かれた文章で唯一、私が的確だと思ったのは、息子・辻まことの残した断片的なエッセイである。ただし、彼は父親について書くことに躊躇いを感じており、求められてもあまり書かなかった。それは気恥ずかしいからではない。辻潤について語ろうにもふさわしい言葉が見つからない。ただこの世に存在する、というこの端的に不可思議な真実を表わすべき十全な言葉を、誰もが見出し得ないのと同様な困難を感じざるを得なかったからだ。そうした戸惑いの中でも彼が何とかつむぎ出した次の評言は、私もまさにその通りだと思う。

「自分自身を生命の一個の材料として最も忠実に観察し、そこに起る運動をありのままに表現する作業、つまり、客体としての自己を透して存在の主観を記述したのが辻潤の作品なのだ。最も確実な個性を、個性的な忠実さで個性的に追求したために、ついに個性などというものを突抜け、人間をつきぬけ、生物一般にまでとどこうとしてしまった存在なのだということができるかも知れない。」

 以下は『辻まことセレクション2 芸術と人』(平凡社ライブラリー、1999年)から抜粋。

 彼は短い人生の長かった闘争の最後に狂気によって救済された。辻潤は佯狂だという人がいる。しかし佯狂もまた狂気であると私はおもう。佯狂のように見えたのは、彼の場合に百パーセントの狂人ではなく、狂気と正気が共棲していたためだ。器能障害による狂気ではないからだ。おそらく精神が自衛上採用した最后の手段だったとおもう。
 最初の発作が起こったとき(不眠不休が三日も続いた)ついに慈雲堂病院に入院させるために、やっとのおもいで自動車に乗せた。そのとき私は、行先きを彼にはっきりとは告げなかったのだが、彼は私にこういった。
 ──お互いに誠実に生きよう。
 異常に高揚した精神につきあって私も不眠が続いていて、こっちもすこしはオカシクなりかけていたのだが、この言葉とそのときの冷静な辻潤の面持ちのなかには一片の狂気のカケラもなかった。そして、この言葉は私の心に深く刺さりこんだ。
 直観的に、この言葉が、お互いの関係の誠実という意味ではないことを悟った。彼は私に「自分の人生を誠実に生きる勇気をもて」といっていたのだ。そして自分は「誠実に生きようとしているのだ」といっていたのだ。
 一寸まいったのである。
(「父親と息子」241~242ページ、初出:松尾邦之助編『ニヒリスト』オリオン出版社、1967年)

 「汝の運命を愛せ!」という言葉は賢いものの言葉として知られている。確かにその通りであろう。親爺は自殺を否定していたから、或は自分自身の運命を肯定していたかも知れない。しかしこのような人間の運命を見せつけられた者にとっては、その世界観と人生観が、一行の箴言では片付けられない重さを持ってくる。
(「父親辻潤について」253ページ、初出:『本の手帖』1962年6月)

 一体辻潤の人や作品を解説すること自体がかなりナンセンスだと、本当のところ私はおもっている。そのことは少しでも辻潤の書いたものを読めば解ることだ。
 そもそも辻潤の思想のコツは一切の解説的知性を転覆しているところなので、その文学的意図は読者の悟性をいかに切捨てさせてしまうかにある……といってもいいくらいのものだ。
 すでに「ニヒリスト」という表題で何人かの人々が、辻潤の人や作品について興味ある文章を寄せているし、そのほか、これまでにいろいろな人が書いたものを読んだ。だが私の眼にふれた限りでは、どれもこれも、及ばないのだ。なにに及ばないかといえば、辻潤に関する限り、辻潤その人の書いたものに匹敵する深みまでは及ばないのだ。
 自分自身を生命の一個の材料として最も忠実に観察し、そこに起る運動をありのままに表現する作業、つまり、客体としての自己を透して存在の主観を記述したのが辻潤の作品なのだ。最も確実な個性を、個性的な忠実さで個性的に追求したために、ついに個性などというものを突抜け、人間をつきぬけ、生物一般にまでとどこうとしてしまった存在なのだということができるかも知れない。
 私は、いつか「辻潤は理解される必要のない人物だ」となにかに書いた。理解されるという言葉の意味がどういうものなのかを辻潤を読んだ人でも解らない人がいて、文句をいわれたことがある。「辻潤を理解する」といえるほど、私は辻潤を軽蔑することができないのだ……と私はその人に答えた。
 すべての方法論を放棄して自分を生きる……この容易であり最も困難でもある辻潤流をそのまま移せば、「すべての解説を飛躍して直接読め」……ということになる。死んだ辻潤はどんな顔付、どんな声だったかは、読者当然の興味かも知れない。だが本当の興味は、汚染されない読者によって辻潤がどんな顔付で、どんな声で、その読者のうちによみがえるか?ということだとおもう。
(「辻潤の作品」264~265ページ、『辻潤著作集 第三巻 浮浪漫語』解説、オリオン出版社、1970年)

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2012年6月 7日 (木)

下川裕治『日本を降りる若者たち』『「生き場」を探す日本人』

 私自身はタイへ行ったことはない。興味はあるのでいずれ行ってみたいと思ってはいるのだが、なかなかその機会を得ないままだ。

 タイについてまず思い浮かぶイメージは、「微笑みの国」に漂う穏やかさ。ある種のいい加減さが規律正しい日本人には理解できず、ビジネスでトラブルになるという話もよく聞くが、他方でそれをギスギスしていない「ゆるさ」と捉えて居心地良く感じる日本人もいる。同じ社会に対してであっても人によってこのように受け止め方が違ってくるのは、各々の人自身が背景として負っている日本社会への感じ方の相違と考えることもできるだろう。

 下川裕治『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書、2007年)に登場する若者たちはみんなどこか不器用だ。生真面目だが繊細で傷つきやすい性格は、決して否定されるようなものではない。ただ、日本で会社勤めをしていても周囲と馴染めなかった彼らは、たまたま訪れたタイに、自分の居場所を見出した。

 日本で一気に稼ぎ、お金が尽きるまでタイで暮らす。タイの物価は安いとはいえ、資金を長持ちさせるために切り詰めた生活は決して優雅ではない。日本ではイヤイヤ働き、タイに到着した途端、気分が晴れやかになる。しかし、タイで何か特別なことをしているわけでもない。安宿やアパートでゲームをしたり、道端でぼんやりビールを飲んだり。日本人同士でつるんで話が盛り上がっても、派遣で行く工場の賃金や労働条件の話。

 日本社会の生きづらさを嫌悪、タイのゆるやかな生活へと逃避した人びとの姿。ひきこもり、ならぬ「外こもり」である。彼らの反応をうかがっていると、日本社会の姿もまた逆照射される形で浮かび上がってくる。仕事も生活もスムーズな軌道に乗っていれば何の問題も感じないが、いったん軌道から外れてしまった場合、周囲から不寛容なまなざしにさらされる生きづらさ。日本社会のエアポケットにはまってしまった苦しさから脱出したい、そうしたもがきがうかがえる。しかし、タイに行ったからといって問題が解決されるわけでもなく、不安を抱えたまま生きていかざるを得ないのではあるが。そうしたあたり、どうにも切なく感じてしまう。自分自身もスピンアウトしたらこうなるのかと、どこか他人事ではない気がして。

 上掲書が若者を取り上げているのに対して、下川裕治『「生き場」を探す日本人』(平凡社新書、2011年)が焦点を合わせるのは、現地駐在の途中で敢えて転換を図った中堅社会人や、老後の第二の人生を考えるリタイア組など。景気が落ち込み閉塞感も漂う日本社会に見切りをつけ、成長著しいアジアへと活路を見出したシニアたち。

 彼らとて必ずしも成功しているわけではないが、やる気満々なところに上掲書の若者たちとの対照的な印象を受けるのは、やはり世代的な問題なのだろうか。しかし、どんな生き方をしようと人それぞれ。他人の人生に良い悪いの判断を下すなんて本来的にはできない。彼らがそれぞれに悩みながらもこうした生き方をしている。時に共感しつつも、距離を置いて淡々と描き出している落ち着いたバランスが、下川さんの筆致の良いところだろう。

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2012年6月 6日 (水)

阿部真大『搾取される若者たち──バイク便ライダーは見た!』『働きすぎる若者たち──「自分探し」の果てに』『居場所の社会学──生きづらさを超えて』

 流動的な雇用情勢の中、企業は利益確保のため人材のアウトソーシングを進め、それは自己実現のためという理念的掛け声によって社会的にも正当化されている。しかし、被雇用者側においてある種の心情的なモチベーションがかき立てられていく一方、企業側はそれを利用することで過剰労働を強いるメカニズムが出来上がってしまっている。自己実現のための働きすぎなら本人も納得済みなのだから一概に悪いと断定はできない。ただ、非正規雇用という形態で将来に不安を抱えた立場にある人々の場合、憔悴しきった結果としてそのまま使い捨てにされてしまうことがあり得るところに社会問題としての深刻さがある。

 もちろん労働問題として専門家に相談すべき事例もあろうが、それ以上に深刻なのは、必ずしも特定の経営者の策略などといった性質の問題ではないことだ。社会関係的に生成した職場の落とし穴であるという側面をどのように考えるのか。ある意味、みんな(社会)の思い込みで成立っている、ならばみんなの考え方を変えていけば職場も改善されるであろう。そのためには、まずこうしたメカニズムの生成過程を把握しておかなければならない。

 例えば、バイクが好きだから、趣味が仕事になる…? そんな簡単に言えるものだろうか。阿部真大『搾取される若者たち──バイク便ライダーは見た!』(集英社新書、2006年)はバイク便での就労体験をもとに、まさに「好きだから」「カッコいい」という動機がテコとなって不安定就業の中でもワーカホリックになっていく構造を分析する。視点は社会学だが、筆致はノンフィクションのノリ。

 上掲書の分析対象が労働×趣味とするなら、対して阿部真大『働きすぎる若者たち──「自分探し」の果てに』(NHK生活新書、2007年)で示される構図は労働×良心となる。老人介護の現場では利用者へのサービス向上のため、従来の「集団ケア」から「個別ケア」に移行しつつあるが、そのしわ寄せはケアワーカーたちにのしかかる。しかも、彼らの給与水準はかなり低い。だが、きつい上に労働対価に見合わないからと言って、目の前にいるお年寄りを見捨てるわけにはいかない。そうした良心が否応なく過剰労働へと駆り立てていく。

 従来の福祉政策においては介護に関わる人材はあくまでも補完的なもの、具体的には主婦のパートなどが想定されていた。ところが、近年、福祉現場における人材難と社会一般における就職難とが合わさって新卒の若い人びともこの職場に入るようになってきた。しかし、ケアワークだけで生計を立てていくのは難しい。主婦パートは経済的に余裕があるので「家庭にいた私が役に立てる自己実現の場所」となるが、経済的に将来へ不安を抱えている若年層とは意識が全く異なり、労働条件等に関しても一枚岩にははれないという問題があるという。また、ケアの場面におけるコミュニケーション能力は「専門性」として明確化できるのか?という問題も指摘されている。

 ベストセラーになった『13歳のハローワーク』では、好きを仕事につなげるというコンセプトが示された。しかし、実際には、大多数の人びとにとって「仕事での自己実現」は難しい。ポストフォーディズム社会における知識集約型産業とそれに従属する第三次産業とに分化しつつある中、仕事で自己実現できるのはほんの一握りに過ぎない。そうでない人は自己実現の場をどこに求めたらいいのか? 学校や職場以外の場面においても自己実現を可能にする場所としての中間集団を確保し、それらの中で重層的な自己を築き上げていく。そうした「ふところ」のある社会が求められているのではないか?という問いが示される。
 
 自己実現の場とは、突き詰めていくと自分の存在を他者から承認してもらえる関係性の問題である。承認感や肯定感があって、はじめてこの世界の中で生きているという実感を確証できる。「仕事」を通じた承認だって、様々にあり得る承認のスタイルのあくまでも一つだと割り切って考えた方が生きやすい。阿部真大『居場所の社会学──生きづらさを超えて』(日本経済新聞出版社、2011年)はそうした承認にまつわる関係性を「居場所」と表現している。本書は、不安定な雇用形態にある人々を対象とした社会的包摂を如何に実効的なものにするかという問題意識から、考えられる手順を12の命題にまとめている。承認の強弱によって「居場所」を使い分けていく必要はあるだろう。また「居場所」を受け身で考えるのではなく、自分自身の条件を考えた上で能動的にぶつかりあいながら作り上げていく必要があり、その点でのヒントになりそうだ。

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土井隆義『友だち地獄──「空気を読む」世代のサバイバル』

土井隆義『友だち地獄──「空気を読む」世代のサバイバル』(ちくま新書、2008年)

 子供たちの生きづらさの分析が本書のテーマであるが、そこを通して見えてくる現代日本社会論として重要なポイントをついた本だと思った。①現代の若者の問題点はコミュニケーション能力の未熟さではなく、むしろ過剰なほどの適応にある。それを裏返すと、自己肯定感の脆弱さが見出される。②また、社会的に公認された言説が力を失ったため、物事の判断基準が内発的な衝動や生理的な感覚へ求められる(社会的に公認された言説への反発ではない。反発なら、裏返すとそれだけの拘束力を感じているということだから。反発すれば対抗的な形で別の言説を自ら求めて、それを基準とした「自律」意識が芽生えるが、そうした自我とは別種の問題)。③新自由主義では本来、可能的な存在としての人間の主体的選択が前提とされる。ところが、近年の日本における新自由主義の浸透は、生得的な属性にウエイトを置く決定論的な人間観の広がりと密接に連動している。以上の論点に関心を持ったので、以下にメモ書き。

・現代の若者についてコミュニケーション能力の未熟さがよく指摘される→実際は逆で、むしろ過剰なほどに適応。「彼らは、複雑化した今日の人間関係をスムーズに営んでいくために、彼らなりのコミュニケーション能力を駆使して絶妙な対人距離をそこに作り出している。現代の若者たちは、互いに傷つく危険を避けるためにコミュニケーションへ没入しあい、その過同調にも似た相互協力によって、人間関係をいわば儀礼的に希薄な状態に保っているのである。」(47ページ)
・「自律したい私」から「承認されたい私」へ。
・「現代の若者たちは、自己肯定感が脆弱なために、身近な人間からつねに承認を得ることなくして、不安定な自己を支えきれないと感じている。しかし、「優しい関係」の下では、周囲の反応をわずかでも読みまちがってしまうと、その関係自体が容易に破綻の危機にさらされる。その結果、他者からの承認を失って、自己肯定感の基盤も揺らいでしまう。だから彼らは、この「優しい関係」の維持に躍起とならざるをえない。きわめて高度で繊細な気くばりが求められるこのような場の圧力が、彼らの感じる人間関係のキツさの源泉となっている。」(99~100ページ)
・コミュニケーションへの過剰な圧力。
・「善いこと」から「いい感じ」へ。判断基準の身体感覚化→「現代の若者たちは、自らのふるまいや態度に対して、言葉で根拠を与えることにさしたる意義を見出しにくくなっている。言葉以前の内発的な衝動や生理的な感覚こそが純粋な自分の根源であると感じ、言葉によって作り上げられた観念や信念に根ざすものとは考えにくくなっている。自らの身体的な感覚を重視し、心や感情の動きといったものも、それと同様のものとして捉える傾向を強めている」(115~116ページ)。「自分の意思でもコントロールできないような、内部からふつふつと湧き上がってくる抑えがたい感覚である」(116ページ)。「上から目線」でものを言うな、という反発。
・「「善いこと」の根拠は自分の内部にあるわけではなく、社会的に存在するものである。だから、社会と自己のあいだに葛藤も生じうるし、その葛藤をめぐって、反社会的な物語や非社会的な物語も成立してきた。しかし、「いい感じ」の基準は自分そのものである。結局は同義反復にすぎないから、葛藤の生まれる契機はそこにない。こうして、物語も脱社会的なものとなる。ベラーが説くように、「行為はそれ自身では正しいとも間違っているともいえない。ただ、行為のもたらした結果が、また行為が引き合いに出したあるいは表出した「いい感じ」が行為の善し悪しを決める」のである。」(118ページ)
・「言葉によって作り上げられた思想や信条が、時間をこえて安定的に持続しうるのに対して、自らの生理的な感覚や内発的な衝動は、いまのこの一瞬にしか成立しえず、まったく刹那的なものである。状況次第でいかようにも変化しうるものである。社会という土壌に根を下ろさない浮き草のようなものだから、風向き次第でどちらへも簡単に流され、一ヵ所に留まることがない。当然ながら、その直感に根拠づけられた純粋な自分は、一貫性を保ち続けることが難しくなる。その時々の気分に応じて、自分の根拠も揺れ動くからである。だから彼らは、その不安定さを少しでも解消し、不確かで脆弱な自己の基盤を補強するために、身近な人びとからの絶えざる承認を必要とするようになる。現代の若者たちに見られる人間関係への依存度の高さはここから生まれている。」(120~121ページ)
・「自分の純粋さを脱社会的に求める人間にとって、他者からの評価は絶対である」→ナルシシズム。それに対して、「かつての若者たちが人間関係の強い絆にからめとられているように見えながら、その一方で孤独にも強く、むしろ孤高にふるまうことすら可能だったのは、自分の判断に客観的な色彩を与えてくれる社会的な根拠を自己の内面に取り込んでいたからである。その根拠が、つねに一定方向を示しつづける羅針盤の役割を果たして、彼らの自律性を支えてくれていたからである。」「いわば一般的・抽象的な他者による承認を感じとることができていたので、具体的な他者からの承認を現在ほどには必要としなかったのである。」
・純粋な自己への憧れ→「むしろ理解不可能性を前提とした人間関係を築いていく必要性が高まっている。彼らは、じゅうぶんには分かりあえないかもしれないことを、じゅうぶんに分かりあっている。「優しい関係」とは、このようなアイロニカルな状況を乗り切るために、互いの対立の回避を最優先の課題として、彼らが身につけた人間関係のテクニックである。その意味において、この現代社会に適応するために編み出された工夫の産物である。」
・「本来のリバタリアニズムが決定論に否定的な立場をとっていたのに対して、我が国おける新自由主義の浸透は、生得的な属性にウエイトを置く決定論的な人間観の広がりと密接に連動している。」(230ページ)

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見田宗介『まなざしの地獄──尽きなく生きることの社会学』

 苅部直『ヒューマニティーズ 政治学』(岩波書店、2012年)を読んでいたら、日常生活において直面する「権力」のあり様を描き出した作品として見田宗介『まなざしの地獄──尽きなく生きることの社会学』(河出書房新社、2008年)が取り上げられていた。以前から気になっていた論文なので、この機会に読んでみた。

 私が読んだのは新装版だが、初出は1973年。永山則夫(本書中では匿名でN・N)の生い立ちをたどりながら、当時の日本が抱え込んだ社会構造的な問題点に見通しをつける内容である。解説を執筆した弟子の大澤真幸は、統計調査では一般的傾向は把握できてもヴィヴィッドな実感がない、他方でライフヒストリーに着目しようとするならどんなサンプルに代表させるかが難しい、そうした中、見田のこの論文は両者の手法を見事に架橋させている、と評価している。社会構造的な連鎖の中に絡みとられたときの自己疎外の問題点を完結に表現し得ている点では今の時代にも通用しそうな印象も私は受ける。しかし、大澤の解説では、西鉄バスジャック事件や秋葉原事件を例に取り、むしろ「まなざしの不在」が現代の問題であり、それを時代的に対照させていく上でこの論文は有効だという視点を示している。

 近代資本制の原理によって故郷が解体され、東京という都会に出てきた人々。根無し草的感覚を抱いている彼らは「都市のまなざし」にさらされる。そうした状況下で自らのアイデンティティ的な安定を確保しようとするなら、表面的な記号を通して自分を主張する、つまり演技するしかなくなる。それは言い換えると自身の内面の否定に他ならない。自分の存在感を主張しようとすればするほど都会的ロジックに自らを合わせていかなければならなくなるという矛盾。そこにおいて、地方出身で家庭環境も貧困であったという階級の実存構造の否定的自覚がますます強まってしまう。そうしたあたりを一つの技術と割り切って乗り切る、あるいは敢えて拒否ことも可能ではある。しかし、残念ながら自らが抱え込んだギャップにルサンチマンを鬱積させていくこともあり得る。永山則夫がまさにそうであった。外から強制される基準に翻弄されながら、自分自身を見失って自己否定を繰り返さざるを得ないしんどさ、それが「まなざしの地獄」と表現されている。

(メモ書き)
・転職理由の「理由のなさ」
「一方において彼らがこのように〈ささいな理由〉で生活を変えてしまうということは、都会における彼らのその時どきの生活の、必然性の意識の稀薄、存在の偶然性の感覚、関係の不確実性、社会的アイデンティティの不安定、要するに社会的存在感の稀薄を暗示する。」その一方で、大人たちがただ不可解な〈理由なき理由〉しか見出さないというギャップ。

・都市のまなざしの表相性
服装、容姿、持ち物、出生(の事情)、学歴、肩書…様々な表相性が、その人の存在を規定してしまう都市のまなざし。他方で、自由な存在であろうとすればするほど、こうしたまなざしにがんじがらめになっていく。「都市が人間を表相によって差別する以上、彼もまた次第に表相によって勝負する。一方は具象化された表相性の演技。他方は抽象化された表相性の演技。おしゃれと肩書。まなざしの地獄を逆手にとったのりこえの試み」でもがく。

・〈演技の陥穽〉
「自己をその表相性において規定してしまうまなざしのまえで、人はみずからの表相性をすすんで演技することをとおして、他者たちの視線を逆に操作しようと試みる。…ところが、この〈演技〉こそはまさしく、自由な意思そのものをとおして、都会がひとりの人間を、その好みの型に仕立てあげ、成形してしまうメカニズムである。人の存在は、その具体的な他者とのかかわりのうちにしか存在しないのだから、彼はまさしくそのようにして、その嫌悪する都市の姿に似せておのれを整容してしまう。他者たちの視線を逆に操作しようとする主体性の企図をとおして、いつしかみずからを、都市の要求する様々な衣裳をごてごてと身にまとった、奇妙なピエロとして成形する。」(59~60ページ)

・精神の内部に外部から異物として挿入されてくる憂鬱
「自己の内なる他者でありながら、どうしようなく自己自身である自己としての憂鬱。自己・疎外の構造としての関係の絶対性」(64ページ)→否定の実存のみがむきだしとなる。

・「われわれはこの社会の中に涯もなくはりめぐらされた関係の鎖の中で、それぞれの時、それぞれの事態のもとで、「こうするよりほかに仕方なかった」「面倒をみきれない」事情のゆえに、どれほど多くの人びとにとって、「許されざる者」であることか。われわれの存在の原罪性とは、なにかある超越的な神を前提とするものではなく、われわれがこの歴史的社会の中で、それぞれの生活の必要の中で、見すててきたものすべてのまなざしの現在性として、われわれの生きる社会の構造そのものに内在する地獄である。」(73ページ)

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2012年6月 3日 (日)

【映画】「11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち」

「11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち」

 三島作品に思い入れはないし、若松映画もそんなに観ていない私としては、結局、自己陶酔したコスプレ集団の気恥ずかしさしか印象に残らなかった。そんな私は所詮、愛国心も情念も純粋さも失った悪しき近代人なんでしょうね。ニーチェ風に言えば「末人」か。

 この映画では、三島由紀夫と森田必勝の関係を軸に、楯の会結成から自衛隊市谷駐屯地立てこもり事件までの軌跡が描かれる。

 東大全共闘との討論会で「君たちの熱情は認める。ただ天皇の一言さえあれば私は君たちに合流した」という三島の有名な発言。よど号ハイジャック事件を見て「先を越された」。こうしたシーンの描写からは、純粋な情熱に根ざした直接行動主義への渇求という点で、左右両翼の政治的立場を超えたメンタリティーに注目する視点が見出される。ただし、これを裏返すと、「動機さえ純粋であれば何でもやり放題」の無責任主義に過ぎないのだが。詳細は、小島毅『近代日本の陽明学』(講談社選書メチエ)を参照のこと。

 左右両翼を問わず、利害打算を超えた純粋なパッションへの礼賛は若松監督の好みのようだ。それにしても、楯の会幹部が脱退のあいさつに三島のもとを訪れた際、「就職先が内定したんです…」「君はサラリーマンになるつもりか!」って、文字に起こすとあまりにベタな会話で笑ってしまった。もちろんこうした発想は、「軍人は公務員じゃない」と自衛隊員に向かってアジ演説をする論理にもつながっているのだが。

 一人ひとりの人間が機械的システムの歯車になりおおせてしまった時代、その中にあって人間はただその日その日を生き延びることだけに専念するよう迫られる。「やむにやまれぬ」というピュアな心性は抑圧されてしまい、自分がいまここに存在することの意義が確証できなくなってしまった近代社会の矛盾。三島が指弾した、自主防衛の意志を放棄した平和憲法や戦後民主主義は、自分自身の内発的なパッションを見失い、外から押し付けられた状況へ制度的に適応したニヒリスティックな欺瞞に過ぎない、ということになろう。三島が伝統やら天皇やらとアジり、まなこキラキラの森田が三島についていくという行動には普通に考えられる意味での合理性はないが、そうした飛躍した超論理に則った滅びの美学にこそ、人間に平準化を強いるシステムに対する叛逆としての実存的回復が意図されている。

 …小難しく言えばそんなあたりがテーマとして読み取れるとは思うのだが、それでもやっぱりアホにしか見えないな、私には。左翼でも右翼でもどうでもいいが、彼らの思い込みがどうしてこんなに独りよがりというか、独善的なのかはいつも気になってしまう。ところが、心情の純粋さ、ひたむきさを称揚する言説に組み込まれると、さも気高く美しいものであるかのように演出されていく。それを真に受けて感動するのか、或いははた迷惑だと感じるかは人それぞれだろう。私のようなひねくれ者には、単に滑稽なファルスとしか思えないわけだが。

 堕落した仲間や自衛隊員、自分たちの危機感を理解しようともしない大衆への絶望感を募らせて三島や森田らは暴走していく。しかし、自分たちの直観的なパッションを理解しないからと言って他者を拒絶・非難していく彼らの「思い込みの共同体」のあり方が私にはひっかかる。他者との共感可能性を最初から閉ざしてしまっている点で、島宇宙的に閉じこもったいまどきの若者が生理感覚に根ざした「むかつく」という感情を基に「キレル」のと(彼らも彼らなりにピュアである)、本質的なメンタリティーの構造には意外と大差ないのではあるまいか。たとえ天下国家のためとレトリックが凝らされてはいても、表面的な行動に相違はあるにしても。少なくともどのように違うのかが私にはいまいち分からないのだ。

 三島由紀夫役・井浦新のさわやかさには好感を持ったのだが、優しすぎる感じもする。ちなみに、旧名のARATAから本名の井浦新に変えたのは、映画のエンドクレジットに三島役で横文字が流れるのは申し訳ないからだそうな。からごころを排する国学を気取ってるんですか? こういう安直な発想も好きじゃない。是枝裕和映画、例えば「ワンダフル・ライフ」「ディスタンス」「空気人形」に出ていたときのARATAは結構好きだったんだがな。

【データ】
監督:若松孝二
2011年/119分
(2012年6月2日、テアトル新宿のレイトショーにて)

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【映画】「先生を流産させる会」

「先生を流産させる会」

 やかましく響き渡る蝉の声は夏の開放感を思い起こさせる。なつかしい風情の校舎、青々とした田んぼが広がるのどかな風景。しかし、そこにかぶさるノイズ系の音楽は、一見平穏そうに見える退屈の中に鬱積した暗いルサンチマンをあぶりだすかのようだ。

 妊娠した女性教師の給食に生徒が毒物を入れた、という実際にあった事件を基にストーリーをふくらませているらしい。

 女性教師のお腹がふくらんでいくのを見た中学校の女生徒5人組。妊娠から「性」の淫靡なイメージを嗅ぎ取り、「気持ち悪い」と感じる思春期の女の子らしい潔癖さ、そこに子供っぽい残酷さも絡まっていたずらを画策する。「先生を流産させる会」を結成するのが廃墟となったラブホテルというのは象徴的な設定である。

 いたずらがエスカレートしていく女生徒たちと女教師とのバトルロワイヤル的な展開になるのかと思っていたら、意外と真摯な問いかけにつながっていく。先生への嫌がらせとしてその子供を攻撃する生徒たち、モンスター・ペアレントといったモチーフでは湊かなえのベストセラーを中島哲也監督が映画化した「告白」とも共通するが、単なる復讐劇に終わらないところが違ってくる。

 5人組の中でもリーダー的な少女には複雑な事情がありそうだ。顔立ちは日本人とはちょっと違う。保護者呼び出しの時、彼女の親だけ来なかった。連絡を取ろうとしても不通。ブラジル系の人々が集まるお店でかっぱらいをするシーンもあった。おそらく彼女は出生にまつわるトラウマを抱えているであろうことが暗黙のうちにほのめかされている。「気持ち悪い」と言うのも、本当は妊娠した女教師に対してではなく、この世に存在することを肯定できない自分自身に対する苛立ちなのだろう。しかし、それは誰のせいだと言うこともできない。まさに自分の問題なのだから。そうした自己否定感情が、生まれてくるであろう胎児に投影され、攻撃衝動として表出したと捉えられる。

 胎児ならまだ「人間」じゃないのだから殺したって罪にならない、「最初からいなかったことにすればいい」と彼女は言う。映画のラスト(ネタバレだな)、女教師が自身の水子供養の際、彼女を見つめながら「いなかったことにはできないの」と言うシーンには、二重の意味が込められている。生まれることのなかった自らの胎児と、その胎児を殺した他ならぬ彼女と。彼女はお腹の中の子供を殺した憎い仇のはずだが、同時に彼女自身が見捨てられた孤独感からこの世界に憎しみを抱いている事情をも見通しながら。

 自己肯定できずに不適応を起こした中学生に「あなたはここにいてもいいのよ」と呼びかけるのは、何かエヴァンゲリオンの最終話とかぶる気もするが、子供たちの自己肯定感の欠如は社会学的に大きなテーマだから決して変な話ではない。
 
 自主制作映画のレイトショーで上映だが、満員どころか立ち見までいた。私が観に行ったとき(6月1日)は映画の日で千円均一ということもあったろうが、意外と話題になっているのかな?

【データ】
監督・脚本:内藤瑛亮
2011年/62分
(2012年6月1日、渋谷・ユーロスペースにてレイトショー)

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