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2012年5月29日 (火)

一青妙『私の箱子(シャンズ)』

一青妙『私の箱子(シャンズ)』(講談社、2012年)

 「風を聴く~台湾・九份物語」という映画を以前に観たことがあった。金鉱のおかげでかつては活況を呈し、ひところは「小香港」とも謳われた九份、そこに暮らす人々の現在を写し撮ったドキュメンタリーである。一青妙はそのナレーションをしていた。彼女が一青窈の姉だと知ったのはこの映画を観たときだったと思う。

 一青姉妹は九份にちょっとしたゆかりがある。日本による台湾統治の初期、九份の金鉱経営で財を成した顔雲年は台湾でも有数の財閥を形成、今も顔一族は台湾五大家族の一つに数えられる名家として続いている。ところで、一青妙、窈姉妹の台湾名はそれぞれ顔妙、顔窈という。彼女たちの父・顔恵民は顔一族の御曹司であった。なお、母親は日本人で、姉妹の日本名・一青は母方の名字である。

 まだ子供の頃に亡くなった父の面影。自らについて多くを語らなかった母のこと。記憶のつまった箱子を開けてみると、幼い頃の思い出と共に両親の姿が脳裡にまざまざと立ち上ってくる。矢も盾もたまらず両親を知っていた人々に話を聞きにいき、旅路は日本、台湾、そしてアメリカにまで及んだ。なつかしさをかみしめるだけではない。子供心には不思議だった何気ないことに、そんな事情があったのか、と今さらながら分かることもある。

 ガンに侵された父、頑ななまでに告知をこばむ母。告知しないというのは当時において日本人的な思い遣りであったと言えるが、逆に本当のことを知りたいと父は苛立ち、二人の仲が気まずくなっていたこと。父はスキーに山登り、そして本が大好きな高等遊民だったが、顔一族を背負って立たねばならないというプレッシャーに負け、精神的に行き詰っていたこと。東京に留学して日本の風物に馴染みのあった父は日本の敗戦を機に台湾へ戻る。しかし、二二八事件、白色テロと続く台湾社会の変化に絶望し、日本へ密航してきた(犬養家の息子と親友で、その父・犬養健の家に一時期居候していたらしい)。妙は、自らが育った1970年代の台北で過ごしたのどかな日々を思い返しながらも、そうした風景の背後に戒厳令が敷かれていたなんて実感が湧かない。

 年齢的に言って私は一青妙と一青窈の間に挟まるから、同世代である。だが、ここで描かれる光景はちょっと別世界と感じる。一つはもちろん台湾だからということもあるが、それ以上に、台北の大きな邸宅など、やはりお嬢様の生活だ。

 ただし、妙さんのさらっとした筆致は全く嫌味を感じさせない。顔一族の「お家騒動」を面白がっているところなど、むしろ別世界に紛れ込んでしまった者の視点で見てくれている感じ。何かを説明するよりも、目に焼きついた風景、鼻に感じたにおいなど素直に描写しているところに好感を持てる。例えば、日本とは違って茶色っぽい台湾のお弁当。見かけではなく、食べておいしいという実質重視の描写が、やけに食欲をそそった。

 日本と台湾との狭間に立った体験的作品としては、温又柔『来福の家』(集英社、2011年)も以前に読んだ。日本育ちで台湾人なのに日本語の方が得意、改めて中国語を学び、二つの言語に翻弄された困惑を通して感じた言葉の不思議をモチーフとして織り込んでいるところが興味深い。

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