最近の中国の小説を何冊か
郭敬明(泉京鹿訳)『悲しみは逆流して河になる』(講談社、2011年)を読んだ。原題は《悲傷逆流成河》。郭敬明は中国の八〇后世代の作家としてカリスマ的人気を誇る。
リリカルな文体にしっかり練られた翻訳はとても上手なのだが、肝心のストーリーはありがちな学園もの。『セカチュー』系の青春小説、ラノベといった感じ。上海が舞台なのだが、描きこまれている心情描写を見ていると、固有名詞を入れ替えればそのまま日本のラノベといっても通用しそうな錯覚すら覚える。同様に八〇后世代の田原(泉京鹿訳)『水の彼方』(講談社、2009年)を読んだ時にも思ったが、日本人にも読みやすい。それだけ若年層では共通した感性が醸し出されつつあることは非常に興味深いのだが、逆に考えると、この手のラノベは日本には掃いて捨てるほどあるから、日本人がわざわざこの作品を読む必然性はないとも言える。
余華(泉京鹿訳)『兄弟』(上・文革篇/下・開放経済篇、文春文庫、2010年)は刊行当初から話題になっていたのは知っていたが、確かに面白い。公衆トイレ(ボットン便所)で女の尻を覗き見してたら肥溜めに落っこって窒息死した父。その息子である主人公もやはり覗き見してたら捕まって吊し上げられたが、その時に見た村一番の美少女の尻の話をネタに商才を発揮して…って、なんだこのシュールな出だしは(笑)
しかし、読み進めていくと文革時の悲劇の描写が続き、改革開放の気運に乗じて出世していく過程では金儲けに浮かれた世相がたくみに織り込まれている。世相諷刺が直截的だと正義感の臭みで興醒めするものだが、この小説の場合、荒唐無稽なファルスだからこそ人間の欲望のむき出しになった姿があられもなく描き出されていく。そこが面白い。
余華(飯塚容訳)『活きる』(角川書店、2002年)を読んだ時にも思ったが、彼の作品は、第一に中国ならではの歴史的背景を踏まえた内容を持ち、第二に人生の哀歓を感じさせるストーリーは老若男女を問わず鑑賞できる。だから、書評でも頻繁に取り上げられ、読者層も広がったのだろう。
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