ローレンス・C・スミス『2050年の世界地図──迫りくるニュー・ノースの時代』
ローレンス・C・スミス(小林由香利訳)『2050年の世界地図──迫りくるニュー・ノースの時代』(NHK出版、2012年)
世界的な人口構造の変動(とりわけ先進国を中心に進展する高齢化や都市の過密化)、資源供給の逼迫、こうした問題に加えて地球全体の温暖化による影響も懸念される中、将来の見通しには楽観を許す余地はない。だが、何がしかでもプラスの要因を見出すことはできないものだろうか?
サブタイトルにある「ニュー・ノース」とは、北緯四五度線以北の環北極圏に位置するNORCs8カ国、すなわちロシア、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、アイスランド、グリーンランド(デンマーク)、カナダ、アラスカ(アメリカ)を指す。著者は水文学、氷河・氷床、永久凍土融解の影響などを専門に研究する地理学者で、カリフォルニア大学ロサンゼルス校ではジャレッド・ダイアモンドの同僚らしい。もともとは気候変動の研究のため環北極圏に関心を持っていたという。
本書は、①急速な科学技術の進歩はない、②現在の地政学的状況が根本的に変わることはない、③突発的な気候変動、世界的大不況、疫病の大流行などはない、④理論モデルの信頼性、こうした前提を置いた上で、コンピュータ予測や現地におけるフィールドワーク経験の知見を駆使、気候変動が「ニュー・ノース」にもたらしつつある変化を明らかにする。単に自然科学の議論にとどまるのではなく、社会経済的なポテンシャルも提示されるのが本書の強みだ。
地球全体の平均気温の上昇は多くの地域にマイナスの影響をもたらすのは確かだが、他方で北極圏における温暖化の増幅、北の高緯度地方周辺での冬の降水量の増加といったメガトレンドも見て取れる。北部高緯度地域では温暖化効果が最も表れるのは冬の時期で、極寒の「シベリアの呪い」がやわらぎ始めているという。こうした傾向を踏まえて予測すると、2050年の時点で「ニュー・ノース」は湿潤で人口が少なく、天然資源が豊富、今ほど酷寒ではない地域へと変化することになる。ただし、今後も住みやすい場所になるわけではない。著者はアメリカのネバダ州のイメージにたとえる。つまり、土地の大半には何もないが、いくつかの定住都市での産業の発達によって経済が成長し、豊富な資源の供給元としてグローバル経済につながっていく可能性が指摘される。ただし、「ニュー・ノース」の可能性がそのまま世界規模の問題の解決に直結するわけではない。その点では本書の論旨は慎重だ。
これまで権利や尊厳が無視されてきた北方先住民の問題を取り上げた第8章に関心を持った。ノルウェイのサーミ人議会議長との対話で「気候変動のおかげで、北方の石油やガスや鉱物資源にアクセスしやすくなる。だから、資源管理を掌握することが重要になる」と話したところ、「自分たちには中央の議会に代表がいないのに、どうやって資源管理に影響を及ぼせるのか?」という反応があった。地球温暖化、天然資源の需要、政治的影響力の綱引き、こうした中で北方先住民の自治拡大、権限強化の要求もまたクローズアップされていく。
| 固定リンク
「国際関係論・海外事情」カテゴリの記事
- ジェームズ・ファーガソン『反政治機械──レソトにおける「開発」・脱政治化・官僚支配』(2021.09.15)
- 【メモ】荒野泰典『近世日本と東アジア』(2020.04.26)
- D・コーエン/戸谷由麻『東京裁判「神話」の解体──パル、レーリンク、ウェブ三判事の相克』(2019.02.06)
- 下斗米伸夫『プーチンはアジアをめざす──激変する国際政治』(2014.12.14)
- 最近読んだ台湾の中文書3冊(2014.12.14)
「自然科学・生命倫理」カテゴリの記事
- 速水融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ 人類とウイルスの第一次世界戦争』(2020.04.26)
- 岡田晴恵・田代眞人『感染症とたたかう──インフルエンザとSARS』(2020.04.21)
- ローレンス・C・スミス『2050年の世界地図──迫りくるニュー・ノースの時代』(2012.04.01)
- 福岡伸一『生物と無生物のあいだ』『世界は分けてもわからない』『動的平衡』(2011.05.25)
- 武村雅之『地震と防災──“揺れ”の解明から耐震設計まで』(2011.03.20)
コメント