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2012年3月22日 (木)

大田俊寛『オウム真理教の精神史──ロマン主義・全体主義・原理主義』

大田俊寛『オウム真理教の精神史──ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社、2011年)

本書はオウム真理教を一つの取っ掛かりとして近代日本社会が構造的にはらんでいるアポリアを照射していく。分析視角として採用されるロマン主義、全体主義、原理主義という3つのキーワードはそれぞれ多義的で問題含みの概念ではある。しかし、本書では近代思想史のコンテクストを踏まえて理念型的にきちんと整理され、それらを概念道具として使いこなす手並みが実に鮮やかで感心した。堅実な枠組みの中で議論が進められるので、結論的に示される見通しへの賛否は別として、少なくとも巷のオウム真理教論にありがちな浮ついた軽さは感じさせない。

・生きて死んでいく存在としての人間、しかしそれは肉体的な死を以て消滅するような一過性のはかないものではなく、死後もなお他者との「つながり」の中で生きていく存在であり、「つながり」によって共同体が成立していた。その「つながり」を物語るところに宗教の役割がある。ところが、苛酷な宗教戦争の反省からヨーロッパで政教分離の原則が生成するにつれて主権国家という「虚構の人格」が確立されるが、これには3つの問題点がはらまれていた。①権威としての至高性と世俗の軍事力との一致→限界なき暴力装置としての主権国家、②彼岸と此岸との分離→葬儀の公的性質の剥奪、「死」の問題の私事化、③近代の主権国家はその来歴から見ると社会統合のための「新たな宗教」と見なすべきだが、政教分離原則により国家の「非宗教性」、宗教は主観的内面性と考える矛盾→私的妄想と区別のつかない「宗教」が、「信教の自由」の下で保護されたり、「政教分離原則」で弾圧されたりというダブルバインド的状況→歪んだ「宗教」が数多く発生しやすい構造。

・近代における啓蒙主義へのアンチテーゼとしてのロマン主義:①感情の重視、②自然への回帰、③不可視の次元の探究、④生成の愛好、⑤個人の固有性、⑥民族の固有性。
・社会の巨大化・流動化・複雑化、誰とでも代替可能な自分という存在の軽さ→「世界の全体像を知りたい」「自分が生きている意味を知りたい」という人々の欲求の困難→「複雑な社会のなかで一つの部品のように生きている自分は「偽りの自分」に過ぎず、「本当の自分」は見えないところに隠れている」と考える→ロマン主義への志向性。

・全体主義の特質:①幻想的世界観、②カリスマ的支配、③二元論的基準、④神秘的融合、人格改造、⑤自閉的共同体、⑥暴力的精鋭組織、⑦強制収容、⑧異分子排除、情報防衛。
・根無し草として生きる群衆の孤独、日々の不安、そして自分自身を含めた人間や社会への嫌悪→「淀んだ快楽と倦怠に満ちた孤独の生を過ごすか、あるいは、ある全体性のなかに身も心も没入してゆくか──近代の群衆の前にしばしば突きつけられるのは、このような究極的な二者択一である。そして、前者の生活に耐えることができなくなった群衆は、やむなく後者を選び取る。自由の基盤であると同時に、苦悩の源泉でもあった自律的自我を放棄して、カリスマの人格や閉鎖的コミュニティの秩序に深く没入することは、それまでに経験したことのないほどに強烈な恍惚的享楽の感情を、彼にもたらすことになる。彼は幻想的な充溢感のなかで、自分自身が新たな存在に生まれ変わったかのように錯覚する。そして彼は、かつて自分がそうであったような生のあり方、すなわち生きていようが死んでいようがさして実感のない淀んだ生、無用な生のあり方に鋭い敵意を向け、その存在を抹消するために、歯止めの利かない暴力性を発動することになるのである。」(167ページ)

・原理主義概念については終末思想の系譜として整理。

・「…ロマン主義、全体主義、原理主義という思想的潮流が発生し、社会に対して大きな影響力を振るうようになったのは、近代という時代の構造、より具体的に言えば、国家が此岸の世界における主権性を獲得し、宗教や信仰に関わる事柄が「個人の内面」という私的な領域に追いやられるという構造そのものに起因していると考えることができる。」(276ページ)
・「…ロマン主義は「本当の自分」という生死を超えた不死の自己を、全体主義は他者との区別を融解させるほどに「強固で緊密な共同体」を、原理主義は現世の滅亡の後に回復される「紙との結びつき」を求めることによって生み出される幻想なのである。」(277ページ)

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