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2012年3月 1日 (木)

山内昌之『中東 新秩序の形成──「アラブの春」を超えて』、ジル・ケペル(池内恵訳)『中東戦記──ポスト9・11時代への政治的ガイド』

 チュニジアにおけるジャスミン革命をきっかけに澎湃として沸き起こった民衆運動による一連の政変劇は世界中の目を釘付けにした。ところで、「アラブの春」と一括りに通称されるが、その後の動向は各国ごとに大きく異なり、この地域における多様な条件の相違もまた浮き彫りになった。山内昌之『中東 新秩序の形成──「アラブの春」を超えて』(NHKブックス、2012年)は、そうした中東情勢に絡まりあった複雑な力学的変動について、現時点における横軸にパースペクティヴを設定して整理してくれる。その中から建設的な動向を見出していくのが本書の興味深いところだ。

 比較的平和裏に政権転換が進んだチュニジア、エジプトに対して、リビアでは激しい内戦の末にカダフィの無残な末路を目の当たりにしたし、シリアでも厳しい弾圧による市民の犠牲者が増え続けている。他方、湾岸の君主国が割合と安定した政治運営を行っている点について本書が高く評価しているのが興味深い。民生の安定が政治の第一の目的である以上、形ばかり民主主義の体裁を整えた革命独裁国家が倒れていくのを見ると、「共和国が善で、君主国は時代錯誤な悪」などの単純な思い込みは通用しない。ある意味で民本主義的な捉え方と言えるだろうか。下からの要求も汲み取りながら漸進的な改革を進めているバーレーンやオマーンなどを取り上げ、立憲君主制として一つの政治モデルになり得ると指摘される。

 中東世界の中の非アラブ国家としてイランとトルコの存在感も大きい。ところで、イランではかつては蜜月の関係にあったハメネイ最高指導者とアフマディネジャド大統領との確執が取りざたされている。厳格なイスラーム体制が表看板だが、大統領はむしろポピュリズムとナショナリズムの色彩を強め、「法学者の統治」が揺らいでいる。他方、イランとは対照的に世俗主義を国是としてきたトルコで現在政権を担っている公正発展党(AKP)のエルドアン首相はもともとイスラーム主義に出自を持つ。しかし、世俗主義に立つ体制派からの弾圧を受けながらも共和国の体制に順応、民主主義等の価値観を内面化していった。こうした現実感覚は、例えば議会でムスリム同胞団が多数を占めるエジプトにとって一つのモデルとなり得ると高く評価される。

 ジル・ケペル(池内恵訳)『中東戦記──ポスト9・11時代への政治的ガイド』(講談社選書メチエ、2011年)はフランスの著名なイスラーム政治研究者による中東紀行。と言っても、もちろん単なる旅行記ではない。9・11直後の時期、エジプト、シリア、レバノン、湾岸諸国、そしてアメリカを回り、9・11以前にパレスチナを訪れた記録も合間にはさまれる。各地で有名無名多くの人々と語らった記録であり、そうした断片的シーンを通して中東社会の揺れ動く姿が描き出されていく。

 アブダビでは、ハンチントン『文明の衝突』がイスラム主義者によって歓迎され、「西洋」の他者として自分たちを正当化するロジックに活用しているのが目を引いた。他方で、「今や「9・11」のレンズを通してのみアメリカは世界を見る。シャロン一派は「対テロ戦争」の論理を自らの利益にために流用する。イスラエル国内で自爆攻撃を行うことによって、アラブ人はアメリカでのイメージ戦争に敗れる危険を冒している。」と記したり、また、アメリカの大学でパレスチナ問題に無関心な学生を見て「「対テロ戦争」のマニ教的善悪二元論を疑うことはほとんど不可能になっている。「善玉」対「ならず者」という「白か黒か」の世界観の中で、パレスチナ人がその代償を支払っている。」と記している。様々な潮流がうごめいている社会的動向に対しても、双方ともに二項対立に押し込めた世界イメージに結びつけようというズレが浮き彫りにされているところに興味を持った。

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