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2012年2月 8日 (水)

余英時《中國近代思想史上的胡適》

余英時《中國近代思想史上的胡適》(台北:聯経出版、1984年)

 1917年、陳独秀の依頼で『新青年』に発表した「文学改良芻義」が評判となり、蔡元培の招聘で同年9月から北京大学で教鞭を執り始め、五四運動直前の中国言論界に大きな影響を与えて「新文化運動」の重要な立役者の一人となった胡適。アメリカ留学から帰国したばかりの彼がなぜこれほどまでに名声を轟かせたのか、中国近代思想史のコンテクストの中で考察される。

 著者の余英時はハーヴァード大学教授も務めた思想史家で、現代新儒家の一人に数えられることもある。少々古い本ではあるが、胡適の思想史的な位置づけについて参考になる格好な邦語文献が見当たらなかったので、仕方なく本書を取り寄せて読んでみた次第。

 五四運動の直前期における思想的空白状態、当時の気分にぴったりする表現がなかなか見当たらない中、彼がデューイのプラグマティズムをもとに展開した議論や白話運動の提唱は従来の「中体西用」論という古い議論枠組みを突破、トーマス・クーンの表現を借りるならばパラダイム転換を成し遂げた。しかし、そうした役割は胡適だからこそ果たせたというわけではなく、当時の中国思想界に広がっていた趨勢に的確な表現を与えたのがたまたま彼だったと本書では捉えられる。

 胡適が提示した科学的方法は「大胆的仮設、小心的求証」(大胆に仮設を立て、注意深く実証を進める)という言葉に要約される。しかし、懐疑論にせよ、実証的方法論にせよ、彼自身がデューイを知る前から、清代考証学などからヒントはすでに受けていた。むしろ、こうした発想がもともと彼にあったからこそデューイに関心を向けた、つまり中国において考証学以来、内発的に展開してきた実証的方法論にデューイのプラグマティズムが接合されたものと解される。実証的方法論を用いた点では厳復、章炳麟、梁啓超、王国維といった先学たちからも胡適はヒントを受けており、彼らこそ先にパラダイム転換を果たしても良さそうなものだが、胡適が『中国哲学史大綱』で示した包括的・体系的な分析の鮮やかさの方に史学革命とも言える大きなインパクトがあった。

 中国の伝統思想の代表たる儒学には、傍観者的に「世界を解釈する」だけでなく、積極的に「世界を変える」という「経世」の目的意識が強い。例えば、康有為の『孔子改制考』には経世の意欲が漲っており、厳復が『天演論』を訳したときには「世界を変える」ための科学的根拠を求めるという意図があった。胡適が紹介したデューイのプラグマティズムもこうした「世界を変える」思想として当時の中国で受け入れられやすかったという。同様にマルクス主義も「世界を解釈する」のではなく「世界を変える」ことを求めた点で受容されたと指摘される。

 しかし、胡適が提示した議論は当時の中国思想界に新時代を画すほど大きなインパクトを与えたにもかかわらず、結局マルクス主義の興隆を前にして凋落してしまったのはなぜなのか? 胡適の啓蒙思想は旧世界の思想秩序を崩すのに大きな力があった。では、その後には何が来るのか?と疑問が寄せられても、具体的な対案を胡適は提示することができなかった。マルクス主義の革命論が流行を見せ始めた当時、階級闘争理論に反対していた梁漱溟は「敬以請教胡適之先生」で、現在の中国社会を考察してあなたはどのように考えるのかと問いただしたが、胡適は批評的態度から踏み越えることはなかった。農村に基盤を置く毛沢東は「半封建、半植民地的」と主張、陳独秀は中国はすでに資本主義段階に入ったとして都市に活動の場を求め、中国社会に階級はないと考えた梁漱溟は郷村建設に取り組むなど、現実の中国社会に関するそれぞれの分析をもとに実践活動に入ったのと対照的な胡適の姿が浮かび上がる。

 デューイもまた具体論を語らなかったので同様に左派へ走った弟子たちがいたこと、著者自身が1970年代にクワインと話をしたとき当時の学生たちに人気のあったマルクーゼを軽視する口調が見られたことなども挙げ、分析哲学が価値観の問題を排除する傾向に他の学派から批判があった点を指摘。この問題は中国伝統思想における理性主義的な程・朱の流派(朱子学)と直観主義的な陸・王の流派(陽明学)との対立とも比較され、考証学から出発した胡適には陸・王を批判する傾向があったという。従って、胡適が科学的慎重さを期するあまり、それが傍観者的態度と受け止められてしまったところに彼の思想が当時の中国で広がらなかった内在的限界があったと指摘される。(本書では指摘されていないが、胡適を批判した梁漱溟がベルグソンに傾倒していたことも比較の論点となり得るだろうか。)

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