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2012年2月 8日 (水)

山下重一『スペンサーと日本近代』

山下重一『スペンサーと日本近代』(御茶の水書房、1983年)

・ちょっと古い本だが、スペンサー社会進化論の思想史的位置づけについて何か手頃な本はないかと探していて、本書を見つけたので通読。
・スペンサーの社会進化論は明治日本の思想にも大きな影響を与えたが、個人の自由を主張した点で自由民権運動に、社会を有機体的に捉える側面は明治政府の国権主義に、それぞれの形で受容された二面性をどのように考えるのかが従来から議論されてきた。スペンサーには進歩的・保守的の「二つの魂」(清水幾太郎)があったと捉えるのか、スペンサーの前期と後期の思想的相違に原因を求めるのか。本書では統一的な把握が試みられる。
・ハーバート・スペンサー(1820~1903)の最初の著作『社会静学』(1850年):人間の「平等自由の原則」を前提。「すべての人間は、他のすべての人々の平等の権利を侵害しない限り、自分の欲するすべてのことをする自由を持つ」→こうした考え方を社会進化という歴史的必然性で論証することを意図した。進化の極致としての完成社会は、個々人の自由な個性の発揮と自発的な協力関係による秩序の維持とが完全に調和する社会→自由放任の前提。こうしたアイデアを普遍的進化の法則として体系化に向けて努力していく中でその後の執筆活動。なお、ダーウィン『種の起源』が刊行されたのは1859年で、この時点ではスペンサーの綜合哲学はすでに出来上がっており、ダーウィン進化論からの影響で成立したわけではない。むしろ、ラマルクの影響。
・日本では1877(明治10)年前後から翻訳され始めた。
・馬場辰猪の翻訳:軍事型社会(強制的協同)→産業型社会(自発的協同)、この転換を示しているところに自由民権論者は関心を寄せた。また、徳富蘇峰『将来之日本』:「腕力社会」と「武備社会」についてのペシミズム→日本の将来としての「平民社会」化のオプティミズム、こうしたあたりにはスペンサーの社会進化論を「宇内の大勢」として全面的に受容することによる調和。
・東京大学ではフェノロサ、外山正一、彼らの弟子の有賀長雄がスペンサーの社会進化論によって講義。有賀の社会進化論理解には英米志向からドイツ国家学を学んだことによる国家有機体説への志向という転換が見られる。なお、加藤弘之はかつて天賦人権説に基づいて発表した『真政大意』『国体新論』をスペンサーの社会進化論を知ったことにより自己批判して絶版にしたと言われているが、残されている当時の彼の読書記録を見ると必ずしもスペンサーの影響とは言いがたい。
・直接面会した森有礼や金子堅太郎に対して、スペンサーは今後の日本の制度について保守的なアドバイスをしたことをどのように考えるか。スペンサーは晩年になって保守化したと言われるが、それは政府による干渉政策への批判が保守的とみなされたのであって、自由放任主義は一貫して堅持している。つまり、彼が変わったのではなく、彼を取り巻く社会の方が変わったことによる。むしろ、社会制度は社会進化の段階にふさわしい形が望ましいという、社会進化論に内在する漸進主義によるものと考えられる。
(※かつては社会進化論に基づいて進歩的な言論を展開した一方、この思想に内在する漸進主義の立場から急激な制度変革に慎重な態度を取ったため「保守化した」とみなされた点では、『天演論』で社会進化論を紹介した厳復も同様と言える。)

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