« 余英時『中国近世の宗教倫理と商人精神』 | トップページ | 『章炳麟集──清末の民族革命思想』 »

2012年2月14日 (火)

革命詩僧・蘇曼殊のこと

 革命、愛国主義といったもっともらしい「正義」を基準に人物を賞賛(もしくは断罪)する傾向はすでに過去のものと思うが、こうした安易なやり方で評価が固まってしまったケースもある。だが、そうした表層的な観点では見えてこない、その人をもっと深奥のレベルで衝き動かしていく核心としてのパッション、そうしたレベルまで分け入りながら捉えなおしてみると、人物像は再び活き活きとした表情を取り戻す。どんな主張をしたのか、そのロジカルな整合性を求めるのはアカデミックな手順としてはもちろん必要だが、それだけで完結してしまうと索漠として味気ない。むしろ、矛盾が見えてきてこそ、その人がこの世の現実と向き合った葛藤の迫力が現われてくる。思想史というのはそういうものだと思っている。

 清末民国初期、革命運動に飛び込んでいった人々の悲憤慷慨の調子に、例えば陳天華が絶望のあまり自殺してしまったように、極めて激しい情念がみなぎっていたことには目をみはる。人によって程度の差こそあれ、一様に見られるこうした激しさは一体何なのだろうか。社会変動期に解き放たれた「個」の強烈な自覚、他方で列強に侵食されつつある国際情勢や腐敗した国内政治の不甲斐なさに歯軋りするような焦燥感、個人と公、文学と政治、相反する傾向に分化しているように見えて、実は双方が一人の個人の内面において違和感なく結びついている何か──ロジックとして何を主張したかよりも、彼らの内面で“何か”を主張したいと促していったパッションの正体の方に私としては興味が引かれる。

 蘇曼殊という人の心情面では純粋でありつつ、行動面では屈折を見せた短い生涯は、そうした意味での不思議な魅力を感じる。

 蘇曼殊の作品は飯沼朗訳『断鴻零雁記──蘇曼殊・人と作品』(東洋文庫、平凡社、1972年)で読める。自伝的要素をにじませ、葛藤を抱えた主人公と理想化された女性との悲恋をテーマとしたロマンチックな作品が目立つ。胡適から鴛鴦蝴蝶調として批判されたり、他方で周作人からは個人の表出として高く買われるなど、評価は分かれていたらしい。彼の実の母は日本人らしく、彼自身は日中のハーフなのか、日本人なのかという出生の謎も彼の葛藤の大きな原因であったが、本書の解説ではそのあたりの考証もなされている。

 1884年、蘇曼殊は貿易商だった蘇傑生を父として横浜に生まれた。広東省中山県で育ったが、15歳のとき横浜の大同学校に入学、卒業後も東京に遊学して革命家たちと交わる。章炳麟、劉師培、陳独秀などから教えを受けながら文筆で認められ、英語もよくできたのでバイロンなどの翻訳・紹介でも注目された。

 1903年、革命運動に身を投ずべく中国に戻り、革命派と対立する保皇派の康有為暗殺の刺客になろうと決心したり色々あったが、恵州で出家して僧になった。他の修行僧の度牌(出家の証明書のようなもの)を盗んで出奔した、いわばニセ坊主であるが、これがそのまま通用してしまっているのも彼のパーソナリティーの面白さだろう。ところで、彼はなぜ仏門に入ったのだろうか? 日中の混血というアイデンティティーの混乱を超えていく思想的なものを求めたという解釈もあり得るし、章炳麟の「革命的菩薩」というイメージの影響も指摘されるが、実のところよく分からない。ここが蘇曼殊を考える上で一番のカギになると思う。この時代の中国は近代思想の摂取に熱心だった一方、章炳麟、梁啓超、梁漱溟など仏教思想の再評価の動きも同時に見られたことには興味を持っている。まだ勉強不足でどういう事情があったのか把握しきれていないが。

 蘇曼殊は、よく章炳麟と一緒にインドへ行こうと語らっていたらしい。彼は東京にいた頃からサンスクリットの学習に以前から励んでおり、中国に戻ってからも仏教をしっかり学ぼうとタイを目指し、東南アジア各地をめぐる旅に出た。

 中薗英助『櫻の橋──詩僧蘇曼殊と辛亥革命』(河出文庫、1984年)は蘇曼殊の詩的なパッションをランボーになぞらえているが、この南遊もランボーのアフリカ行きにたとえている(なお、章炳麟はヴェルレーヌ)。中薗の作品では彼自身がかつて「淪陥期」北京にあって文学面での親友を求めても支配/被支配の関係が壁にぶつかってしまった矛盾や困難の原体験がテーマとして一貫している。この作品でも蘇曼殊の文学的パッションを汲み取ろうとしているだけでなく、中薗自身の思いも行間からにじみ出てくるところが読ませる。

|

« 余英時『中国近世の宗教倫理と商人精神』 | トップページ | 『章炳麟集──清末の民族革命思想』 »

中国」カテゴリの記事

人物」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197828/53986246

この記事へのトラックバック一覧です: 革命詩僧・蘇曼殊のこと:

« 余英時『中国近世の宗教倫理と商人精神』 | トップページ | 『章炳麟集──清末の民族革命思想』 »