« 橘孝三郎について何冊か | トップページ | 柴田直治『バンコク燃ゆ──タックシンと「タイ式」民主主義』 »

2012年1月14日 (土)

保阪正康『農村青年社事件──昭和アナキストの見た幻』

保阪正康『農村青年社事件──昭和アナキストの見た幻』(筑摩選書、2011年)

 昭和10年、長野県を中心とした武装蜂起計画の容疑で一斉摘発された「農村青年社事件」。疲弊しきった農村の惨憺たる状況に心を痛め、農村でコミューンを作ろうと考えた青年たちは理想と情熱ばかりが先行する一方、資金も手立てもない中で窃盗事件をおこし、刑事犯として捕まって運動は挫折。さらには功名心にはやった思想検事によって「大逆事件以来」という鳴り物いりで事件がフレームアップされた。アナキズム運動史の中でもあまり取り上げられることのないこの事件の経過と青年たちの人間模様を本書は描き取っていく。

 著者が取材をしていた1970年代、事件の当事者たちはまだ存命で、彼らにじかに話を聞いてまわったときの取材メモが本書のもとになっている。当時、著者は農本主義にも関心を持って『五・一五事件──橘孝三郎と愛郷塾の軌跡』(草思社、1974年/中公文庫、2009年)を著している。農村における自治主義という点で農村青年社と橘孝三郎の愛郷塾との思想的近さを見立てたようで、実際に農村青年社には橘のもとへ話をしに訪れた者もいた。しかし、愛郷塾に右翼や海軍軍人などが出入りしていることに胡散臭さを感じ、橘の方としても農作業の実体験もない彼らアナキストに農民の気持ちが分かるのかと不信感を隠さなかったという。(蛇足になるが、1970年代、右翼・左翼を問わず対抗思想としてコミューンに関心を持つ傾向があったような印象を受けるが、当時の流行か? 例えば、松本健一などは左翼土着主義という感じだ)

 ロシア革命期、ウクライナの農村地帯でアナキズム運動の指導者として活躍、やがてボルシェヴィキによって弾圧されたネストル・マフノになぞらえ「マフノの末裔」として書くつもりだったが、その時はあきらめたらしい。窃盗事件をおこしていたこと、自分たちの名前を歴史に残すんだという功名心が思想検事の「大逆事件以来」という思惑と奇妙な共犯関係にあること、1970年代の世相で暴れまわっていた過激派とオーバーラップされてしまいかねないことなどに違和感があって、その時は書く意欲が失われてしまったと説明している。

 裁判の経過を検討して、事件を強引にフレームアップしていった当時の思想検事のあり方を問うのが本書のテーマであるが、それ以上に特徴的なのは、事件に関った青年たちがどのような思いを抱いていたのか、そこに視点を置いてるところだ。著者はアナキズムを政治運動としてではなくあくまでも個人的な信条の問題として捉えており、その点では距離を置いて考えようとしている(当時は出版社をやめて物書きとして立とうとしていた時期で、組織から離れた自立的な生き方とはどのようなものかという点でアナキストに関心を持っていたらしい)。だが、彼らは彼らなりの善意でひたむきに生きようとしていた。そのことを思い、30年以上前の取材メモを改めて読み返しながら胸に迫ってくるものを色々と感じたであろうことは行間からうかがえる。著者自身の、遅まきながらも青春の書であろうか。

|

« 橘孝三郎について何冊か | トップページ | 柴田直治『バンコク燃ゆ──タックシンと「タイ式」民主主義』 »

近現代史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197828/53736391

この記事へのトラックバック一覧です: 保阪正康『農村青年社事件──昭和アナキストの見た幻』:

« 橘孝三郎について何冊か | トップページ | 柴田直治『バンコク燃ゆ──タックシンと「タイ式」民主主義』 »