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2012年1月16日 (月)

藤原帰一・永野善子編著『アメリカの影のもとで──日本とフィリピン』

藤原帰一・永野善子編著『アメリカの影のもとで──日本とフィリピン』(法政大学出版局、2011年)

 歴史的背景も社会的条件も異なる日本とフィリピン、現代史における両者の歩みを比較するとなると一体どんな話題が出てくるのか、本書を読む前には全く見当がつかなかった。ところが、アメリカという第三者の存在を議論の軸にすえたとき、これほど興味深い論点が出てくるとは、正直、驚いた。本書は内外の研究者による共同研究の成果で、以下にメモを箇条書き。私がとりわけ関心を持った論点は、①アメリカがフィリピンで実施した恩恵的同化政策はその後の日本におけるGHQの統治の先行モデルと考えられること、②アメリカによる占領/日本による占領、こうした二つの体験をめぐって、その時の支配体制に都合が良いように記憶の忘却、イメージ操作などによって歴史の語り口が変えられたという指摘(例えば、ホセ・リサールの神格化と象徴天皇制との類似点と相違点の分析)。

・植民地主義のレイトカマーとしての日本とアメリカ→制度化が徐々に強められていったイギリス・フランス・オランダの伝統的な植民地支配とは異なり、日米は植民地支配の当初から多額の費用を投下する国家的プロジェクトとして始まった点、地政学的要因が大きかった点で共通する。他方で、アメリカが領土的支配への依存度が小さい非公式の帝国を推進したのに対して、日本は汎ナショナリズムへの希求から領土的拡大→これは後発植民地主義の二つのモデルと把握できる。第二次世界大戦後における世界秩序の原型としてアメリカの非公式の帝国が現われたとき、日本の帝国は自滅→日本はアメリカに従属→アメリカのGHQによる恩恵的支配は、フィリピンで先行したアメリカの植民地支配と著しい類似性が認められる。(藤原帰一「二つの帝国の物語:後発植民地主義としての日本とアメリカ」)

・アメリカのリベラル例外主義をどのように捉えるか?→アメリカの価値や国民性に求められるのではなく、むしろ支配を受けたフィリピン人側の自由・民主主義・自治政府といった要求→アメリカは支配の永続化のためフィリピン人側の願望を植民地国家の構造に埋め込んだ。(ジュリアン・ゴウ「フィリピンと合衆国の帝国意識」)

・フィリピンでは戦争によって解き放たれた新しい社会経済的勢力はなぜ伝統的なエリート支配に対抗できなかったのか?という問題意識から、政治エリート層の継続性について日本とフィリピンを比較。マッカーサーの指令→日本では戦時期の支配エリートの破壊、フィリピンでは旧来秩序の復活(対日協力問題は行き詰る)→日本では構造改革が実施されたが、フィリピンではそうした改革が欠如。(テマリオ・C・リベラ「戦後日本とフィリピンのエリートの継続性:アメリカの影響」)

・1898年の米西戦争でアメリカはスペインに勝利、フィリピンの領有権を得たが、フィリピン人自身の独立運動は終息せず、1899年1月にマロロス内閣(第一共和国)が成立、アメリカ軍とフィリピン革命軍とが衝突し、フィリピン・アメリカ戦争が始まる。1902年7月にはアメリカ軍によって全土が平定されるが、その後も抵抗は続いた。日米開戦によって日本軍はフィリピンへ上陸、1943年にはラウレルたちを中心に独立宣言(第二共和国→フィリピン・アメリカ戦争においてアメリカが独立運動家を弾圧した記憶が掘り起こされた)。日本敗戦後の1946年、アメリカのかねてからの約束により、改めて独立宣言(第三共和国→侵略者としての日本イメージ)。アメリカによる占領、日本による占領、二つの記憶をめぐる歴史の語り方、忘却とイメージ操作が大きな論点となる。例えば、日本とフィリピンそれぞれにおける「社会のアメリカ化現象」、アメリカによる恩恵的同化の中での植民地近代性を考察。地元エリートの協力の下、フィリピンではホセ・リサールの神格化(フィリピン革命における抵抗のシンボル→穏健な改革主義者としてイメージの作り変え)、日本では象徴天皇制の成立という共通性。他方、前者ではフィリピン革命のエネルギー遮断が目的だが、後者では戦後日本統治の必要性。(レイナルド・C・イレート「日本との戦争、アメリカとの戦争:友と敵をめぐるフィリピン史の政争」、永野善子「象徴天皇制とホセ・リサールの神格化との比較考察」など)

・フィリピン知識人による文学作品等に表れた〈日本〉イメージと〈アメリカ〉イメージとの相剋。反日/親米と親日/反米という二つの認識がどのような対抗関係にあるのか、三世代にわたって検討。(アウグスト・エスピリトゥ「対抗する陰影 〈日本〉と〈アメリカ〉:フィリピン系アメリカ人の想像のなかで」)

・フィリピン人女性と日本人男性との結婚という事例を取り上げ、お互いの関係上のポジショナリティやアイデンティティに「アメリカ」という第三者の存在が及ぼす影響を検討。日本、フィリピンともアメリカの圧倒的な影響を受けている点で異種混淆的な性格を帯びている→属性の選び方によって「アメリカ人」「西洋人」ともなり得るが、現実にはそうではないという二面性→アイデンティティの翻訳過程において、相互関係のポジショニングが場面によってどのような権力関係を持ちうるか。(鈴木伸枝「権力の三重奏:フィリピン人、日本人、植民地権力の場所」)

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