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2012年1月13日 (金)

橘孝三郎について何冊か

 農本主義という思想の位置づけは大まかに言って、第一にファシズム論の観点から体制支配を農村の末端にまで浸透させたイデオロギーと捉えるもの、第二に資本主義の進展によって解体されつつある農村社会の立て直しを通して共同体における自治を実現させようとした試みと捉えるもの、こうした二通りがある。丸山真男以来の戦後政治学は前者で批判的なスタンスを取るのが一般的だが、後者の観点からは右翼ばかりでなく農民運動やアナキスト系の人たちからの支持もある。いずれにせよ、権藤成卿と橘孝三郎の二人が代表的とされる。

 こちらにも書いたことがあるが、五・一五事件という血なまぐさいクーデター未遂と平和志向の理想主義者・橘孝三郎という取り合わせには奇妙なミスマッチがあって、私は以前から関心を持っていた。保阪正康『五・一五事件──橘孝三郎と愛郷塾の軌跡』(草思社、1974年/中公文庫、2009年)はまさにそこに注目して、橘と事件との関わり方を中心に当時の時代相を浮き彫りにしていく。政治史的な分析としては松沢哲成『橘孝三郎──日本ファシズム原始回帰論派』(三一書房、1972年)があり、橘を革命派と捉えている。斎藤之男『日本農本主義研究──橘孝三郎の思想』(農山漁村文化協会、1976年)は農政学の立場から橘が農作業の具体的な現場を知った上で農業経営構想をしっかり立てていることに驚きながら、彼の思想を通して農本主義のアウトラインを描き出そうとしている。新しい著作としては長山靖生『テロとユートピア──五・一五事件と橘孝三郎』(新潮選書、2009年)があり、基本的に保阪書の枠組みをなぞっているだけという印象もあるが、取っ掛かりとして読みやすいだろう。

 橘孝三郎は天皇中心の国家主義を掲げていた点では右翼思想に分類される。しかし、彼の本意は、土にまみれて農作業を行う一人ひとりが互いの個性に敬意を払って認め合いながら有機的な共同体=コミューンを作り上げていこうという点にあり、愛郷塾の前身である兄弟村は同時代における武者小路実篤の「新しき村」と並び称されていた。橘は西洋近代へのアンチとして東洋の精神性を謳いあげてはいたが、他方でミレーの絵画に感銘を受け、トルストイに共鳴し、思想的にはロバート・オーウェンの協同体論やウィリアム・ジェイムズの哲学、とりわけアンリ・ベルグソンのエラン・ヴィタールの観念から強く影響を受けており、漢学的教養を基に社稷の思想を組み上げた権藤成卿と比べるとかなりバタくさいという印象もある。晩年の橘に会ったことのある松沢哲成、保阪正康、立花隆(『天皇と東大』[文藝春秋]によると縁戚にあたるらしい)は異口同音に、過激派右翼という先入観とはまったく違って穏やかな人柄であったことを証言している。

 現代の社会において、いや、橘たちが生きていた昭和初期という時代にあってすらも、農本主義が成立する余地はもはやなかっただろう。社会的条件を欠いたまま田園生活への憧憬を語っても所詮はノスタルジックな幻想に過ぎない。とは言え、人間関係が切り離され、アトム化した疎外感に苛まれているという自覚があるとき、何がしかのユートピアを見出したいという願望が芽生えるのも無理からぬところで、それが絶望的な焦燥と結びつくと、「テロとユートピア」という長山書のタイトルが示唆するように、ある種の暴発につながりかねない。時代が過ぎても形態が変わっても、いつでもあり得るそうした心情を考え直す上でも、橘という人物は不思議な関心をそそられる。

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