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2011年2月13日 - 2011年2月19日

2011年2月19日 (土)

【映画】「洋菓子店コアンドル」

「洋菓子店コアンドル」

 恋人を追って田舎から出てきたナツメが転がり込んだのは、最高の洋菓子を安くお客様に提供しようというこだわりの洋菓子店コアンドル。実家のケーキ屋で手伝いをしてきた自信も、ここでケーキを作ってみんなに食べさせた途端粉々に崩されてしまった。彼氏にもふられ、ようやく本腰を入れてパティシエを目指そうとした矢先、コアンドルの女シェフが怪我して再起不能。予定されていた晩餐会はダメになりそうな雲行き。そこでナツメは事情があって菓子作りを断念していた伝説のパティシエを説得、みんなで晩餐会の準備に挑む。

 パティシエ修行というモチーフはオシャレな印象を与えるかもしれないが、個性的な少女が周囲とぶつかりながら人情の機微に触れ成長していくというストーリーはオーソドックスというか、ある意味古典的。だからこそ、なかなか悪くないと思った。蒼井優めあてで観に行ったのだが、こういう強情でふてくされながらも素直さのあるキャラクターにはぴったりだ。

【データ】
監督:深川栄洋
出演:蒼井優、江口洋介、戸田恵子、江口のりこ、佐々木すみえ、加賀まりこ、鈴木瑞穂、ほか
2010年/115分
(2011年2月19日、ヒューマントラストシネマ有楽町にて)

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【映画】「ポンヌフの恋人」

「ポンヌフの恋人」

 パリ市内の川にかかる橋、ポンヌフは改修工事中。ここで寝泊りしていたホームレスのアレックスが事故で怪我して収容された警察から帰ってきたら、自分の寝床には見知らぬ者がいた。失明寸前で家出した絵描きの女性ミシェル。アレックスは彼女が自分を描いた絵に興味を持ち、徐々に愛する気持ちが芽生えていくのだが…。

 失明の恐怖から絵描きとしての将来を悲観しているミシェル、ホームレスとしてまともな愛情を得ることのかなわないアレックス、境遇の異なる二人がそれぞれに先の見えない絶望感の中で出会った純愛物語と言えるだろうか。私が興味を持ったのは、この二人の目線を通すと華麗な印象の強いこのパリという都市がまた違った相貌で浮かび上がってくること。夜空に花火が激しく打ち鳴らされる中、橋の上で狂ったように踊りまくるミシェル。地下鉄構内のポスターに火をつけて回るアレックス。悲観と絶望をかき消そうとするかのようにこの一瞬をパセティックに燃え上がらせようとする姿、それが街並と呼応したときの独特な光景が実に美しく、印象に強い。

 なお、外国人監督に東京を撮らせようという趣旨のオムニバス映画「TOKYO!」でレオス・カラックス監督が「メルド」という短編を撮っており、観たことがあった。おそらく、この「ポンヌフの恋人」でパリを異界のように描いたところが関心を持たれてのオファーだったのだろう。東京に現れた怪人(アレックス役のドニ・ラヴァンが演じていた)が手榴弾を投げまくって街を破壊するという筋立てだが、最後の文明批判的な裁判シーンが何だかいけてなくて、こちらの方はつまらなかった覚えがある。

【データ】
原題:Les Amants du Pont-Neuf
監督・脚本:レオス・カラックス
出演:ドニ・ラヴァン、ジュリエット・ビノシュ
1991年/フランス/125分
(2011年2月18日、新宿・武蔵野館レイトショーにて)

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2011年2月18日 (金)

藤森照信『看板建築』

藤森照信『看板建築』(写真:増田彰久、三省堂、1994年)

 中央区、千代田区あたりの下町商店街を歩いていると、道路に面した二階壁面の銅版が緑青をふいた、いい感じに古いたたずまいを見せる建物を今でも時折見かけることがある(もはや絶滅危惧種ではあるが)。よくよく目を凝らしてみれば独特なデザインが面白い。看板建築である。

 「看板建築」の名付け親である著者がフィールドワークで昔を知る人に聞いて回ったところ、たいていは昭和3,4年頃に建てられたのだという。震災復興期である。銀座・日本橋などのメイン・ストリートではアール・デコ調のビルディングが建てられたのに対し、周辺商店街にはこの看板建築が広がった。骨組みは木造だが、道路に面して人目につく平坦なファサードには銅版やタイル貼り。平べったいので素人でもデザインしやすく、このファサードをカンバスとみなす遊び心をくすぐられたようだ。商店だから人を呼び込むためできるだけ目立つ必要もあった。建築を自分たちの表現=作品とみなす考え方は明治より前の時代の伝統的建築にはあまりなかったが、こうした発想がこの震災復興期には町場の商店街にもすでに及んでいた。他方、モダンな中にも自分たちの愛着がある江戸趣味のデザインが描きこまれているのもなかなか風流である。
 
 写真や平面図がふんだんに収録されている。特に建物写真と一緒に当時の人々の生活光景も映し出されているのは、眺めているだけでも面白い。著者が調査を始めたのは1970年代、それから20年を閲した本書刊行時点でもこうした建物はすでに消えつつあった。いくつかは江戸東京たてもの園に移築されたものの、やはり街中に息づいている姿をじかに見るには今がそろそろ最後のタイミングであろうか。

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2011年2月16日 (水)

ダナ・H・アリン、スティーヴン・サイモン『第六の危機:イラン、イスラエル、アメリカ、そして戦争の噂』

Dana H. Allin and Steven Simon, The Sixth Crisis: Iran, Israel, America and the Rumors of War, Oxford University Press, 2010

 第二次世界大戦後、中東においてアメリカが何らかの形で関与した紛争が五つある。すなわち、スエズ危機、イスラエルと周辺諸国との武力紛争(第三次及び第四次中東戦争)、イラン・イスラム革命、湾岸戦争、ブッシュ政権のイラク戦争。そして続く第六の危機が仮にあるとしたら核開発疑惑のあるイランに対してイスラエルが攻撃を仕掛けたときで、その時にはアメリカも否応なく巻き込まれることになるだろう、そうした事態は何としても防がねばならないというのが本書の問題意識。これを踏まえて、中東情勢が潜在的にはらむ危機の複雑な背景、具体的にはイランの核開発問題、パレスチナ問題、イラン革命に脅威を感じたアラブ諸国の権威主義体制や王政とアメリカとの結び付き、アメリカ自身の問題(例えば、イスラエル・ロビーと結び付いたキリスト教右派の存在)などが検証される。分析というよりも政論的な筆致。要するに、駄々をこねるイスラエルを抑えながら、つっかかってくるイランとどのように向き合うのかがアメリカの対中東政策の中心というわけか。

 アメリカのオバマ大統領はイスラム世界との関係改善を図りたいという意図によるスピーチをした。しかしながら、ブッシュ前大統領のイラク攻撃ばかりでなく、長年行なわれた対中東政策の積み重ねによって反米のナラティヴがすでに出来上がってしまっており、それを解きほぐすのは至難の業だ。とりわけイランとの交渉が重要であるが、アメリカはハタミ政権のときに関係改善のチャンスをみすみす逃がしてしまったし、現在のアフマディネジャド政権は聞く耳など持たないだろう。情勢を見れば見るほど解決策の見当たらないジレンマにぶつかってしまうが、本書はむしろ時間稼ぎをしながら情勢の変化を見極めることが必要だとして、それを目的としたイランに対する封じ込め政策を提起、旧ソ連に対する政策が参照できると指摘する。アフマディネジャドのアジテーションは強烈ではあるが、他方でイラン政治は多元的な性質を持ち、2009年の大統領選挙での不正をきっかけに改革派の勢いがあることに本書は注意を促す。下手に刺激して情勢を悪化させるよりは、時間稼ぎをしながら潮目が変わるのを待つのも、自覚的に戦略として採用するなら一つの考え方ではあるのだろう。

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2011年2月13日 (日)

たまには植草甚一でも読んでみようか

 先日読んでいた川本三郎のエッセイ集『それぞれの東京──昭和の町に生きた作家たち』(淡交社、2011年)に植草甚一が出てきて、今さらながらの感もあるが、ふと思い立って読んでみた。植草をほめそやす人たちのある種の傾向性があまり好きではなかったこと、植草というとジャズとセットになって名前をよく見かけたが私はジャズには興味ないなどの理由もあって、今まで読まず嫌いというか、読む機会がなかった。で、いざ読み始めてみると、これがまた結構はまるな。

 図書館で借りてきて今日一日で何冊か読んでみた。『ぼくの東京案内』(晶文社、1977年)は植草自身の思い出を絡めた街歩き的なエッセイを集めているが、歩くのは繁華街だけ、求めるのは喫茶店、ジャズ、色々な小物、そして古書。特に気の利いた場所を回っているわけでもない。『映画だけしか頭になかった』(晶文社、1973年)。映画についてもっともらしいことを語るよりも、個々の印象的なシーンを細かく語るところが多いのが目についた。1950~60年代の洋画に私はあまり馴染みはないのだが。『ぼくは散歩と雑学が好き』(晶文社、1970年)には原書で読んだ欧米の小説の紹介が多い。それぞれ文字は小さく分量は膨大なもので、こういう本は最近見かけないな。映画にしても小説にしても、年代からして私には馴染みのないものが多いので、パラパラめくりながら拾い読み。雑文的なものでこれを読んだからといって何か得るものがあるというわけでもないが、それなりのリズムがあって、何となく植草の語り口に入り込んでしまう。それにしてもこれだけの博識はやはり並大抵ではない。自由で気ままな仙人のような人間という印象が強かったが、もちろん自身が好きでやっていることとはいえ、勉強量はかなりのものだ。

 私が関心を持つのは、彼が何を書いたかよりも、彼がどんな人間なのかというところ。『植草甚一自伝』(新装版、晶文社、2005年)というのがあるが、自伝とはいうものの脱線ばかりで、むかしを回想してくれという注文に応じて自由気ままに連想を働かせて書いたという感じ。興の向くものは書く、それはきっかけに応じて自然と沸き起こるものであって、強迫的になると書けないということだろう。人物像の一端をうかがい知る上で、津野海太郎『したくないことはしない──植草甚一の青春』(新潮社、2009年)が面白かった。世間から注目されるまでの植草の生い立ちをたどっている。彼の人気は1970年代頃から急上昇して本人も驚いていたようだが、植草という人間そのものは基本的には変わらず、彼を見つめる社会の雰囲気が変わったからのようだ。気ままな人間という印象を持たれがちだが、そんな彼にも表面には出てこないところで、これまでの屈折した人生の中で引きずっているものがあったのではないか、ともほのめかされる。

 まあ、ダラダラ書いても仕方がない。植草は東京下町、日本橋の生まれ。知的能力は極めて高いが、世間様から見ればその能力の使い方を間違えたというか、身を持ち崩しただらしない男ということになってしまうのだろう。だけど、自分は自分なりのものを追求しながら生きていくしかないと腹をくくっている。こうした点で、それぞれ趣味の方向性はやや異なるにしても、永井荷風、辻潤、植草甚一とどこか共通したにおいを感じる。山本夏彦の表現を借りれば「ダメの人」といったところか。私が言いたかったのはこれだけ。価値観的にマイナスという意味での「ダメ」とは違うので、念のため。これを理屈で説明するのは難しいので省略。

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