« 2011年1月23日 - 2011年1月29日 | トップページ | 2011年2月6日 - 2011年2月12日 »

2011年1月30日 - 2011年2月5日

2011年2月 5日 (土)

【映画】「冷たい熱帯魚」

「冷たい熱帯魚」

 埼玉愛犬家連続殺人事件に題材をとっているらしい。映画が始まるやいなや、実話に基づく、という字幕が出るが、おそらく前作「愛のむきだし」と同様、アイデアのきっかけを実際の事件に求めつつ、あとは個人的な体験なども絡めてイマジネーションをふくらませたということだろう。

 富士山麓の地方都市、小さな熱帯魚店を経営している社本は娘、再婚したばかりの妻との三人暮らし。気弱な性格で、非行に走った娘に何も言えない。ある日、娘がスーパーで万引きしたが、居合わせた村田という男のとりなしで許してもらった。彼も大きな熱帯魚店のオーナーで、同業者のよしみで仲良くしようと言われ、娘も更生のためという理由で彼の店で働くことになる。ところが、儲け話があると呼び出され村田夫妻が平然と人を殺すのを目の当たりにした社本。お調子者だった村田の態度は豹変、その圧倒的な呪縛から逃れられなくなり、死体処理の手伝いをさせられる。

 インモラルな猟奇的スプラッターだが、村田という殺人鬼を演ずるでんでんの存在感が強烈だ。とぼけた田舎のおっちゃんの風貌から繰り出されるマシンガン・トーク、最初はお調子者のおどけだったものが、殺しを正当化する恫喝に早変わり、軽口と正論とが奇妙に混じりあった独特なリズムは、善悪の判断を突き抜けた凄みを噴出させてくる。村田が社本に浴びせる「お前には父親の威厳がない。俺は好き放題やってるが、そのかわり後始末もきちんと自分でやってる、ところがお前は自立していない」といった罵倒は、表面的な意味での正論以上のものが込められているのだろう。それは、一切のモラルを剥ぎ取り、むき出しになった裸の実存が、この不条理で過酷な世界にそのままで耐えられるのかという根源的な問いかけである。社本の脳裡に浮かぶプラネタリウムのモチーフも踏まえると、この宇宙のただ中での絶対的な孤独というイメージすら重ね合わせることができる。それでもこの不条理に耐えきれるのか。然り! 最後のどんでん返し、社本の娘の哄笑こそその答えであろう。エロもグロも完全に突き放した視点で描くと爽快ですらある。下劣でむごたらしいスプラッターをここまで哲学的に昇華させてしまうとは、おそるべし。

【データ】
監督:園子温
出演:吹越満、でんでん、黒沢あすか、神楽坂恵、梶原ひかり、渡辺哲、諏訪太郎、ほか
2010年/146分
(2011年2月4日、テアトル新宿にて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

佐々木信夫『都知事──権力と都政』

佐々木信夫『都知事──権力と都政』(中公新書、2011年)

 経済力ではカナダを上回って優に一国レベルの規模を持つ東京、都知事には一千万有権者から直接選出されるという大きな存在感がある。この都知事を軸にしながら東京都政の仕組みと問題点を概観。都知事、都議会、都庁官僚、政策決定プロセス、財政、都と特別区との関係、石原都政の総括などの項目に分けて叙述されている。都議会が政策論争の場として有効に機能していない、2000年の地方分権一括法で機関委任事務が廃止されたにもかかわらず独自の政策運営がされていない、財政危機といった論点に関心を持った。

 東京都の財源は法人二税(法人事業税、法人都民税)にほとんど依存しているが、これは景気の影響を受けやすく、財源がなかなか安定しない問題に歴代都知事はなやまされてきた。高度経済成長のパイを受けて福祉政策の充実を図った美濃部都政だが、石油ショックで財政悪化、財源確保のため法人二税の超過課税に踏み切ったほか、債権を発行しようとしたところ政府(自民党)からの嫌がらせで認可権をたてにつぶされた→自治体の財政自主権の侵害→起債訴訟。続く鈴木都政は財政立て直しで評価が高いが、美濃部都政の遺産としての法人二税超過課税も実は役立っていたらしい。せっかく財源立て直しに成功した鈴木都政だが、ハコモノ行政に走り、再び財政悪化。石原都政の銀行への外形標準課税は、美濃部都政における法人二税超過課税と同様の試みだったと言えるのも興味深い。

 東京都は1943年、戦時下の首都防衛、戦費捻出のため二重行政解消という理由で東京府と東京市とが合併して成立、当初は東京都長官が置かれた。戦後初代知事の安井誠一郎は内務官僚出身の実務家、戦後混乱期の復興にあたる。二代目・東龍太郎はIOC委員で、東京オリンピック誘致のため都知事に就任、実務は鈴木俊一が取り仕切った。三代目は革新都政の美濃部亮吉、四代目の鈴木俊一、五代目の青島幸男、六代目の石原慎太郎と続く。なお、東京都政については御厨貴『東京──首都は国家を超えられるか』(読売新聞社、1996年)も政治史的な観点から論じており、歴代都知事について象徴性と実務性という観点で跡付けているのが興味深い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月 3日 (木)

水羽信男『中国近代のリベラリズム』、章詒和『嵐を生きた中国知識人──「右派」章伯鈞をめぐる人びと』

 水羽信男『中国近代のリベラリズム』(東方書店、2007年)は羅隆基、施復亮という二人の知識人の思想展開をたどりながら近代中国におけるリベラリズムについて考察、リベラリストとして思想形成をしていた彼らが中国共産党による革命指導を積極的に支持したのはなぜなのかという問いが軸となる。議論の詳細は本書を参照してもらうとして、まず社会的混乱や貧困にあえぐ当時の中国において民主化・工業化を進めるには国家権力による上からの指導が必要だという認識があり、その点で共産党を支持した。同時に、個人としての尊厳などリベラルな諸価値を守るために自律的な公共空間の形成、そうした意味での国民の創出を求めたが、この点では結果論として裏切られたことになる。彼らのような中間派は共産党対国民党の二者択一的・排他的対立に巻き込まれて切り崩されていく。

 こうしたリベラリストは共産党主導の新中国においてどのような運命をたどったのか。しばらく積読状態だった章詒和(横澤泰夫訳)『嵐を生きた中国知識人──「右派」章伯鈞をめぐる人びと』(集広舎、2007年)をようやく手に取った。章伯鈞は、羅隆基と共に「章羅同盟を倒せ!」という掛け声で反右派闘争の糾弾を受けた一人である。共産党以外の民主諸党派の一つ中国民主同盟副主席、中国農工民主党主席で、中華人民共和国成立に協力、政府のポストにも就いたことがあった。著者の章詒和はその娘で、本書はまだ少女だった頃、父親と交遊のあった人びとについての思い出をつづった回想録である。

 共産党支配による言論取締りが厳しくなりつつある中、互いに私宅を行き来しながらの語らい。彼らが目指した自律的な言論による公共空間とは、何も口角泡をとばして堅い議論をするばかりでなく、世間話や芸術論やそのほか自然に話題が出てくる様々な語らいの中にもあるのだろう。そうした互いを尊敬しあっているからこそできた語らいを可能にする私的な空間も、友人関係も、党上層部の圧力で批判闘争を促される中で徐々に崩されていく。史良、儲安平、張伯駒(袁世凱の縁戚で、一時期、袁世凱の息子・袁克定を同居させていたらしい)、聶紺弩、羅隆基、その他行き来のあった多くの人びと。底本となっている原書のタイトル『最後的貴族』は、康有為の娘である康同璧母子との交流を記した第四章にちなむ。康同璧母子の洗練された身のこなしに貴族のイメージを感じ取ったからだが、他の人々の中に精神的貴族としての誇りが見出せるとも言える。

 一人ひとりの人物の性格的特徴が生き生きと、時に意地悪なほど冷静な眼差しで捉えているのが面白い。密告は当たり前、ちょっとした言動でもつるし上げられかねない危険な時代状況の中でも互いに気遣い合ったり、逆に猜疑心が刺激されて警戒し合ったり裏切ったり、様々な人間模様の一つひとつにどこか悲哀と人間味を感じさせる情感がにじむ。そうした筆致には小説を読むような魅力があって、彼らの声が息づいたひそやかな世界へと自ずと引き込まれていく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月 2日 (水)

河原功『翻弄された台湾文学──検閲と抵抗の系譜』

河原功『翻弄された台湾文学──検閲と抵抗の系譜』(研文出版、2009年)

・長年台湾文学研究に従事してきた著者の論文集。日本統治期に日本語で書かれた台湾人・日本人の作品を対象とし、視点は主に総督府権力による取締りとのせめぎ合いに置かれている。
・第Ⅰ章「台湾人作家の抵抗」では左派系の台湾人作家による作品が対象。「新聞配達夫」で有名になったプロレタリア作家・楊逵について三本の論文。呉新栄の左翼意識を蔵書から考察。『胡志明』(戦後日本で刊行されたときは『アジアの孤児』)をもとに呉濁流の抵抗精神を考察。
・第Ⅱ章「日本人作家の視点」では、台湾を題材に作品を書いた日本人作家を取り上げる。中村古峡と佐藤春夫(「殖民地の旅」「魔鳥」「霧社」)の原住民認識を考察。台湾在地の日本人作家・浜田隼雄の作品の変化と彼自身がそれを戦後どのように捉えなおしたか。他に淡水を訪れた作家たちとして佐藤、中村地平、真杉静枝、豊島与志雄、丹羽文雄、広津和郎。
・第Ⅲ章「知られざる検閲」は総督府による検閲体制について調査した論考が集められており、資料的に大切だろう。左翼系が対象となるのは当然だが、植民地統治批判に関わるものにはより敏感で、日本内地で読めるものでも台湾では発禁処分となったケースも多い(例えば、矢内原忠雄『日本帝国主義下の台湾』や佐藤春夫「殖民地の旅」など)。また、当時の台湾の雑誌など出版状況についての紹介も参考になる。台湾文学史では『文芸台湾』『台湾文学』にはよく言及されるが、他に大衆誌として普及していた『台湾芸術』(黄宗葵、江肖梅)に興味。ただし、現存数が少なく、バックナンバーの大半が不明らしい。台湾における演劇運動についての論考もある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月 1日 (火)

適当に原敬

 日曜日、原敬に関連して色々と渉猟したのだが、気分があまりのっていないので適当にメモ。原敬をめぐっては、議会制民主主義確立に寄与したと肯定的に捉えるのか、それとも党利党略ばかりで政党政治を堕落させたと否定するのか、評価は分かれる。見方を変えると、こうした原敬評価の分裂は、戦後日本において政党政治が曲がりなりにも機能したのは昭和初期の一時期を挟んでそれ以前からの素地があったからだと政党史を連続的に捉えるのか、それとも大正・昭和初期の政党政治が失敗したから軍国主義を招いたのだと考えるのか、こうした日本近代史認識の相違とも連動している(この点では、統帥権独立など陸軍建設者としての山県有朋をどのように評価するかという議論と同様かもしれない)。私自身としては前者の観点に説得力を覚えている。見栄えの良い理想主義者とは異なって、藩閥勢力と妥協し、利益誘導を厭わず、権謀術数をめぐらした原のあくの強さに当時から世評は芳しくはなかった。しかしながら強引な政治手法を用いてでも明治憲法体制の限界内で政党政治の素地を作り出した功績はやはり看過し得ない。

 彼の政治史的経歴をたどった(ただし、原内閣成立直前まで)テツオ・ナジタ(佐藤誠三郎監修、安田志郎訳)『原敬──政治技術の巨匠』(読売新聞社、1974年)は、原が泥臭くとも「可能性の技術」を駆使しながら行った政治行動は美濃部達吉の憲法論などと相補って憲政に具体的内容を与えたと捉えている。原を現実主義者と考える点では、三谷太一郎『日本政党政治の形成──原敬の政治指導の展開』(東京大学出版会、1967年)は、「自然の趨勢」「時勢の力」といった客観状況を認識、その現実に順応していくところに原の政治的人格を捉え、こうした観点から彼の政治指導を分析している。なお、三谷太一郎『政治制度としての陪審制──近代日本の司法権と政治』(東京大学出版会、2001年)は戦前期における陪審制度が確立していく経緯の分析だが、原敬率いる政党と平沼騏一郎率いる司法との政治闘争が主軸となっている。川田稔『原敬 転換期の構想──国際社会と日本』(未来社、1995年)、『原敬と山県有朋──国家構想をめぐる外交と内政』(中公新書、1998年)は、藩閥政治から政党主導政治への転換期にあたり外交と内政とが連動した国家構想のあり方に注目しながら原敬の位置付けを行なっている。原敬を知る取っ掛かりとしては季武嘉也『原敬──日本政党政治の原点』(山川出版社・日本史リブレット人、2010年)が新しいし、叙述も簡潔なので読みやすく手頃だ。本格的な伝記として山本四郎『評伝 原敬』(上下、東京創元社、1997年)が詳しい。ただし、参考文献・年譜・索引がないのはこの手の本としては不便である。原奎一郎・山本四郎『原敬をめぐる人びと』(正続、NHKブックス、1981~1982年)は原がやり取りした書簡を基に周辺人物との関わり方を通して原の人物を浮かび上がらせる。当時の世相もうかがえるのが興味深い。服部之総『明治の政治家たち──原敬につらなる人々』(上下、岩波新書、1950~54年)は政友会関係者を中心に原と関わりのあった政治家たちを取り上げている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年1月23日 - 2011年1月29日 | トップページ | 2011年2月6日 - 2011年2月12日 »