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2011年9月18日 - 2011年9月24日

2011年9月24日 (土)

ウルリッヒ・ベック『〈私〉だけの神──平和と暴力のはざまにある宗教』

ウルリッヒ・ベック(鈴木直訳)『〈私〉だけの神──平和と暴力のはざまにある宗教』(岩波書店、2011年)

・近代社会を特徴付ける啓蒙主義や科学技術の合理性は世俗化を推し進め(ヴェーバーの表現を使うなら〈脱魔術化〉)、宗教が人々を捉える力は弱まったと考えられてきた。ところが、そうした想定とは異なり、現代社会においてはむしろ宗教回帰やスピリチュアルなものへの渇望が表面化しつつあるのはどうしてなのか? 宗教が世俗的な力を失っていくことは宗教性が力を得ていく理由になるというパラドックスに対して、本書は個人化、再帰的近代化、コスモポリタン化といったベック独特のキーワードを通して現代社会における宗教現象を捉えなおすための理論的視座を提示しようとする。

・世俗化のパラドックス:勝利したのは、ひとつは科学の世俗的合理性であり、もう一つは政治支配の現世的自己規定だった。両者は近代化の二つの主要アクターともいうべきもので、迷信の魔力と教皇による権力僭称から自らを解き放った。…しかし、キリスト教もまた迷信から、また支配の正当化という重荷から解放されたのではないか。すなわち、宗教と科学の分離および宗教と国家の分離が、宗教の解放に役立ったのではないか。宗教はこれによって、もともと果たし得ない任務の雑用から解き放たれたのではないか。そして自らの本来の仕事、すなわちスピリチュアルなものに専念できるようになったのではないか。…第一に、合理的認識や知識についての説明責任を科学ないし国家に押し付けることができた。第二に、宗教はこのようにして宗教以外の何ものでもないものになることを強いられた。…言い換えると、宗教が世俗化を強いられたことが、二十一世紀における宗教性とスピリチュアリティの再活性化の基礎になった。(38~40ページ)
・世俗化理論は、近代化が進めば進むほど宗教は退いていくと主張する。他方、宗教の個人化のテーゼは、逆の関係を想定する。すなわち近代化が進んでも宗教は消滅することなく、その相貌を変化させるに過ぎない、と。確かに実存主義的な問いにおいては、教父たちの権威が失われ、同様に組織された宗教共同体へのつながりは緩んでいく。しかしだからといって、それを別の想定と同一視して、宗教的経験や宗教的問いが個人に果たす役割はひたすら低下していくと思い込んではならない。(58ページ)

・「再帰的近代化」によるアプローチ:この立場から見れば、宗教社会学が分析すべき主たる課題は、宗教が人間の彼岸と此岸における魂の救済を主題化し、巨大なファンタジーを動員することによって、いかに個人と社会を根底から変えていきうるかを発見することだ。そのファンタジーは、人々の間の、また諸文化の間の境界線を撤廃し、同時に新しい境界線を作り出していく。そしてそれによって、寛容と暴力に間を揺れ動く宗教の根源的な葛藤が中心におどりでてくることになる。(80ページ)
・宗教の基本的特性:第一に、世界宗教は社会的ヒエラルヒーを乗り越え、またネイションの、あるいはエスニシティの間を隔てる境界線を乗り越える。第二に、宗教にそれができるのは、宗教が宗教的普遍主義をもたらすからだ。この普遍主義の前ではあらゆるナショナルな、社会的な垣根は意味を失う。ただし第三に、そこからエスニックな、ナショナルな、階級的な垣根に代わって、正しい信仰を持つ者と、誤った信仰を持つ者との間にバリケードが築かれる危険が生ずる。(80~81ページ)
・「コスモポリタン化」とは、言い換えれば、市場、国家、文明、文化、そして何よりも様々な民族の生活世界と宗教を隔ててきた明確な境界線が侵食され、同時にそこから異質な他社との意図せざる衝突が世界規模で発生してくる状態をいう。…コスモポリタン化はナショナルなもの、ローカルなもの、さらには自分の人生行路やアイデンティティの「内側で」生じる。グローバル化が前提としているのは世界の「玉ねぎモデル」、つまりローカルなものとナショナルなものが内側にあり、その周りをインターナショナルなものとグローバルなものが外皮として覆っているというモデルだ。これに対してコスモポリタン化のコンセプトは、グローバルとローカル、ナショナルとインターナショナルといった二元論を廃し、両者を経験的に分析可能な新たな形態へと溶かし込むところにある。言い換えればコスモポリタン化とは、(世界)宗教が成立当初から備えていた特徴である境界の混合、乗り越え、引き直しの特殊なあり方を捉えたものだ。…コスモポリタン化の原則は主題ごとの特殊性に合わせて──社会的、政治的行為のあらゆる水準と領域における特殊な境界線ごとに──発見され、適用されていくべきものだ。(102~104ページ)
・世界リスク社会とは、文化的他者の排除不可能性の別名にほかならない。この表現にこめられているのは現在の世界の密度であり、そこでは万人が万人とともに、あてがわれた隣人関係という新たな直接性の中で生きていいかざるを得ない。(124ページ)
・宗教の個人化とコスモポリタン化は、成育過程を介しての宗教的信仰の世襲とは縁を切る。また宗教的権威の領土的排他性を信じる正統信仰とも縁を切る。総じていえば、宗教の個人化とコスモポリタン化は集団的グローバル状況がはらむパラドックスを、すなわち各個人が様々な宗教的選択肢と成育過程での経験を交換し合い、競い合い、選び直しながら、同時に彼ら「自身」の宗教的真正さを作り出し、保持しなければならないというパラドックスを生み出す。(133ページ)

・制度化された個人化においては、各個人は自分自身の人生や、伝記的、社会的アイデンティティを作り上げていくために、あらかじめ決められた手本に頼ることはできない。その意味で、それは反省的な個人化なのだ。各個人は伝記的な物語を創造し、たえず自らの自己定義を修正していく能力を伸ばしていかねばならない。またその際、彼らは自らの決定を正当化するための抽象的原理を作り出していかねばならない。…個人化とグローバル化のプロセスの中で、個人のアイデンティティはたえず伝統から切り離され、生命力を失っていく。したがって、いずれの個人も、新しい思いつきで自分のアイデンティティを組み立てていく「プラモデル愛好家」か「日曜大工」に変身するように運命づけられている。自分自身の生は「数ある世界のうちの一つの世界」となり、そこでは何が起きても不思議ではなく、すべてのことは次から次へと手早く決定されねばならない。世界リスク社会に生きる個人には、自分自身に対して十分に反省的距離をとる可能性は失われている。彼らはもはや直線的で物語的な伝記を構成することはできない。離婚と、失業と、絶えざる自己宣伝と、変化に即応できる起業家魂の間で危ういバランスをとっている。彼らは自らを創造する芸術家ではなく、自らをとりつくろう修理屋に過ぎない。…その場その場の目的ごとに他者との連携を即興的に作り上げ、組み合わせ、構築していく。すべては、いつ破綻しても不思議ではない。…かつては省察(リフレクション)が可能であったかもしれない場所で、反射行動(リフレックス)を余儀なくさせているのは、こすいた新たな直接性、すなわち「直接性の文化」にほかならない。すべてのものが距離を失い、身近に迫っているために、遅滞なく、素早く、即座に防御し、排除し、阻止しなければならない。非常事態は陳腐な仕方で日常と化した。そこにあるのは完全に標準的なカオスであり、個人化された存在の標準的な混乱だ。…個人化とコスモポリタン化がもたらす結果は私的領域には限定し得ない。…信仰サークルとグローバル化した宗教運動の排他的な多元化と個人化はその一例であり、グローバル化した宗教運動は教会、セクト、個人的神秘主義、スピリチュアリティの境界線を取り払い、新たな結合と境界線の引き直しを不可避なものにしている。(184~186ページ)

・一方で、宗教的世界紛争の暴力的ポテンシャルを文明化するには、各世界宗教は自分自身を文明化する必要がある。しかし他方で、各世界宗教はいたるところで隣人関係を迫られることによって、自らの信仰の核心部分を明確にし、それを他から区別し、ドグマ化せざるを得なくなり、それによって宗教的な他者を同じものと認めるか、異なる者と認めるかが公言される。(206ページ)
・「自分自身の神」について語り得るための前提は、ラディカル化した宗教的自由が存在していることだ。「自分自身の」神は伝統によってあてがわれた神ではない。…自分自身の神は選択可能な個人的神であり、自分自身の生活という親密な空間の中で確固とした場所を占め、明確な声を発する神だ。こうした神の個人化は、すべてを包摂する唯一の「あれか、これか」の宗教体系に沿って人間を統一的に分類できるという基本想定とは、きっぱりと縁を切る。(208ページ)
・コスモポリタン化が生じるのは、新旧のグローバルな宗教や宗教運動がそれまでの境界線を越えてまったく異なるコンテクストに関連を持つようになったときだ。その中でそれらは、あるいは伝統となり、あるいは新たな生命力を獲得し、互いに競合し合い、統合し合い、既得権をめぐって争い、それぞれが相手の合法性や正統性を論駁し合う。つまりコスモポリタン化とは、世界宗教のマクロコスモスがネイションや地域といったミクロコスモスの中で屈折、反射する様式を意味している。その意味で近代化は──世俗化をもたらすとはいえないまでも──宗教的多様性が様々な、ナショナルなコンテクストの中で内的コスモポリタン化を経験していくという葛藤に満ちたプロセスをもたらす。…宗教的他者は、現在ではほとんどすべての人間の意識の中に存在する。それは必ずしも敵としてではなく、むしろ別の選択肢として存在している。それは宗教的なものについての別の選択肢であるのみならず、世界と人生を捉え、形成していく方法や様式の面での別の選択肢なのだ。(226~227ページ)

・現在の宗教的原理主義は、原初的な原理主義ではない。それは近代の、一部は再帰的近代化の産物としての原理主義であり、コスモポリタン化(マスメディア、インターネット、西洋市民社会のもろさ)を魚が水を求めるように利用することができる。→4つの特徴:①
疑問の余地なき確実性の回復、②自己自身の信仰確信と完全なる神との直接性、③信仰を持たざる者、異にする者の悪魔化、④トランスナショナルなネットワークとオペレーション。(254~255ページ)
・「寛容の普遍主義」がなければ、宗教的コスモポリタニズムは万人のための、すなわち信仰を持たない者、異にする者すべてのための勝手気ままな宗教へと転落してしまう危険がある。(266ページ)→真理の代わりに平和を

・19世紀中部ヨーロッパで、宗教の近代化は宗教のナショナル化を意味していた:宗教のナショナル化が外に向かうとき、異国のキリスト教徒は同じキリスト教徒としての同胞のイメージから、ネイションを異にする敵のイメージへと置き換わる。これによって、この敵が同じキリスト教徒であることは無意味になる。それが内に向かうときには宗教的他者の排除、いや殲滅という形で、神をネイションに奉仕させるようになる。…ナショナルな対立を「自然なもの」とする見方を、ネイションや宗教を異にする他者への不寛容を「自然なもの」とする見方へと転移。…このようにして神を引き合いに出すことで、本質主義化が賞揚され、それによって不寛容を、そしてそこから生じる暴力を「必要なこと」ないしは容認できることのように思わせる。なぜなら宗教もネイションと同じように現実に即して敵のイメージを作り上げていくからだ。(274~275ページ)

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冨田浩司『危機の指導者 チャーチル』

 チャーチルの人生は紆余曲折が目まぐるしく、彼に対する好悪は別として、エピソードのつなげ方、描き方によっては読み応えのあるものに仕立て上げる素材として十分な魅力がある。彼については日本でも一定数の本が出ている。中でも代表的なものを挙げるとしたら河合秀和『チャーチル──イギリス現代史を転換させた一人の政治家』(増補版、中公新書、1998年)がバランスのとれた評伝である。

 もちろんイギリスではそれこそ汗牛充棟という表現がふさわしいはずだ。私自身はチャーチルに対して特別な関心はないが、最近たまたま読んだPaul Johnson, Churchill(Viking, 2009→こちら)は、逼塞していた時期から第二次世界大戦で強力な指導者として表舞台に駆け上がる流れの描写がドラマチックでなかなか面白かった覚えがある。つい先日、惜しくもお亡くなりになった名翻訳家の山岡洋一氏がこの本の翻訳に取り掛かろうとしていたと仄聞する。危機におけるリーダーシップのあり方というテーマを打ち出したかったらしい。

 東日本大震災、原発事故という未曾有の事態に直面しているにもかかわらず政治が機能不全に陥っている状況を目の当たりにして、リーダーシップ論への関心が高くなっている。冨田浩司『危機の指導者 チャーチル』(新潮選書、2011年)はタイトルが示すとおり、チャーチルの生涯をたどる中からリーダーシップの条件を考察する構成になっている。著者は現役外交官で、多忙な業務のかたわら「日曜研究家」として本書を書き上げたと謙遜するが、筆致はしっかりしていて興味深く読んだ。

 第二次世界大戦の開戦後、1940年5月の「ノルウェー討議」」をめぐるエピソードが興味深い。首相ネヴィル・チェンバレンに対しては与党・保守党内でも不満がくすぶっていて造反が見込まれ、野党・労働党は彼を拒絶して大連立の目算は立たず、かつて第一次世界大戦でイギリスを率いた自由党のロイド=ジョージは「早く辞めたまえ」という趣旨の演説をしたり…似たような光景をつい最近見たばかりだなあ、と妙な既視感も覚えるが、それはともかく。チェンバレンは辞任したが、イギリスでは首相は国王の任命による。チェンバレンの後任にはハリファックス外相が想定されていたが、彼は辞退した。国王ジョージ6世はチェンバレンの助言も受けてチャーチルを後任に指名する。国家存亡の危機において、最もふさわしい指導者を選び出す能力が当時のイギリスにはあったと本書では評価される。イギリスは、権力の濫用に対して様々な形で歯止めをかけつつ、政治は人が行うということを正面から受け止めた仕組みを持っており、その点では「人治」の国であるという指摘は本書独特の視点であろうか。

 他方、戦争が終わった後、保守党は総選挙で敗北した。チャーチルは「労働党政権になったら統制が強まる、「ゲシュタポ」的手法で自由が抑圧される」という趣旨のネガティヴ・キャンペーンをやったらしいが、彼の目論みは完全に外れた。国家が社会経済に介入する戦時体制において、それは総力戦のための動員であった一方、一般の多くの人々は安定的な職に就くことができるようになっていた。チャーチルの張った論陣は、「自由」の擁護を建前としながらも、戦前の階級社会に戻す口実に過ぎないとしか一般には受け止められなかったらしい。戦争は終わっても戦前には戻りたくない、そうした世論の動向を読み誤っていた。非常時のリーダーと平時のリーダー、その使い分けという国民的知恵であったと言えるのかもしれない。

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2011年9月22日 (木)

『リスク化する日本社会──ウルリッヒ・ベックとの対話』

ウルリッヒ・ベック、鈴木宗徳、伊藤美登里編『リスク化する日本社会──ウルリッヒ・ベックとの対話』(岩波書店、2011年)

・リスク社会論で著名なドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックが初来日して行われたシンポジウムの成果。ヨーロッパ中心の視点ではなく、日本さらには東アジアを舞台とした多元的近代化という見通しを意識しながら、個人化、第二の近代、コスモポリタン化といったキーワードによってベックの提示した議論枠組みに対して日本や韓国の研究者が検討を加えていく構成。以下にはベックの示した論点についてメモ書き。

「個人化の多様性」
・第二の近代の仮説→ポストモダンではなく、第一の近代の徹底化の副作用の帰結として理解。これらの展開は、それが一緒に作用することで、われわれがそもそもまったく心構えができていないような状況を作り出す。(17ページ)…近代の諸原理(例えば、市場経済、個人化)のグローバルな勝利と、産業主義的近代の意図せざる副次的諸帰結(気候変動、グローバルな金融危機)とのおかげで、第一の近代における基本的は社会的諸制度は、社会にとっても個人にとっても効果がないか、あるいは機能障害をおこすようになった。(19ページ)→※前期近代と後期近代とに分けて把握するアンソニー・ギデンズ、ソリッド・モダニティとリキッド・モダニティとに分けて把握するジグムント・バウマンと同様の捉え方。
・個人化のテーゼ:①脱伝統化、②個人の制度化された解き放ちと再埋め込み、③「自分の人生」を追求せよとの強制と純粋な個人性の欠如、④システムによるリスクの内面化→理論的にはネオリベラリズムの対立命題、社会科学的には文化的な民主主義、福祉国家、古典的個人主義という諸条件の下にあるものとして、個人化過程を定義。
・第一の近代において家族は国民社会の単位。家族は第一の近代において診断されたような機能喪失ではなく、機能拡大に直面している。つまり、機能の過剰負担が際立っており、企業の社会保障機能さえも今や家族へと移されている。女性の社会進出によって家父長的なヒエラルキーは動揺→脱家族化と再家族化が同時に生じるパラドックス。→家族が安全の源泉からリスクの源泉へと変化する。家族生活は、かつては、嵐や危機によって振り回される冷たい資本主義世界における避難所であったが、今やその正反対のもの、リスクに満ちた冒険となった。結婚し、家族を形成し、子をもうけるという決定は、個人化の圧力下にある女性および男性にとって計算困難なリスクとなった。…家族は、その成員の社会保障と国民社会の再生産を同時に行う制度であったが、いずれにしてもすでに個人化によるストレスを受けている個人に、さらなる経済的および社会的リスクを負わせる制度へと機能転化した。(30~31ページ)

「リスク社会における家族と社会保障」
・「個人化」とは、人間のアイデンティティがもはや「所与」ではなく「任務」となり、その結果、この任務を成功裏に遂行するかどうか、どのような副作用を伴うかについて、行為者自身に責任が課せられるということである。さらに言い換えれば、諸個人が自分のアイデンティティ、生活史、恋愛関係・生活関係・雇用関係の「日曜大工」となり、(良い意味でも悪い意味でも)自分の生活の状態が自分に帰責される(しかも集団的な危機やシステム上の危機が問題の場合であってさえ)ということである。つまり、個人化とは法的主体としての自律を打ち立てることであって、事実上の自律はまったく含んでいない。もはや人間は自分のアイデンティティのなかへ「産み込まれる」のではない。…人は自分がそうであるところのものにならなければならない(しかも自分の決断で)、というのが原理なのである。これが個人化を──少なくともヨーロッパの近代化における──(第二の)近代の鍵概念にせしめている。再帰的近代化の過程は、この個人化の力学(もしくは近代化の力学──両者は同一のものの二つの側面である)を、階級、家族、ジェンダー役割、さらにネーション、エスニシティ、宗教といった集合的形態に対抗し、徹底化させる。しかもこれは、一部の社会的行為領域──親密性、愛、家族の私的領域など──だけでなく、社会全体──つまり例えば経済、政党、労働組合、教会など──についてもあてはまるのである。(79~80ページ)
・「個人化」は「個性化」とは違う→あくまで特定の社会的類型やモデルへと行動を規格化し、それらを適用せしめるという、能動的な順応主義をも意味するのである。未知の規範の模倣、内面化、適応であって、人々は意味ある他者による承認をめぐって格闘し、けっして「歩調を乱そう」とはしない。(80ページ)
・第一の近代における個人の「解き放ち」「脱伝統化」「脱埋め込み」という意味での個人化にはいつも「再埋め込み」のための「床」に不足しなかった。ところが、第二の近代では、解き放たれた個人を再び「埋め込む」「床」はもはや存在しない。あったとしても、持続的ではなく短期的なものにすぎず、入れ替わりやすく、自分の活動と決断に依存したものである。「フレキシブルであれ!」(81ページ)
・第二の近代においては、個人化は運命であり、選択できるものではない!…その結果、男性も女性も、問題、欲求不満、拒否、懐疑、絶望を、もはや他者に押し付けることができない。しかも、彼らは、自分がそうであり、他ではない(他とはならなかった)ところのもの全てに対して、自身で責任をもたなければならない。かくして、どのように生きるかは「かのように」となる──自分の人生を、耐えきれないほど困難なものにする何かについて、自分の責任であるかのように〔振舞わなければならない〕。どのように生きるかは、システムの矛盾に対して生活史によって答えを与えるということになる。(82ページ)
・以上はあくまでもヨーロッパ・モデルであって普遍化できない。東アジアの「圧縮された」近代化においては、第一の近代の発展と第二の近代への移行はほぼ同時に行われた。

「第2の近代の多様性とコスモポリタン的構想」
・方法的ナショナリズムで社会的不平等性をめぐる配置図を書き直す→ナショナルな境界は、政治的に関連する不平等と無関係なそれとを鋭く区別する。ナショナルな社会内部での不平等は、その認知において途方もなく誇張されるが、同時に、ナショナルな社会間の不平等は消え去っていく。グローバルな不平等の「正統化」は、制度化された「別の見方をすること」に基礎づけられているのである。ナショナルなまなざしは、世界の悲惨を見つめることから「解放」されている。それは二重の排除という方法によって作動している。すなわち、それは排除されたものを排除するのだ。(153ページ)→これが社会科学において正統化されているという問題意識→※ジグムント・バウマン『廃棄された生』と同様の論点。
・リスクとはカタストロフィーについての予想をめぐること。通常、われわれがリスクを眺めるときには、そこには計測の問題があり、計算されるべき不確実性があるが、社会学的観点からみて驚くべき事実は、グローバルなカタストロフィーに対する予想は、われわれが未来を知らない場合でも、世界を変化させつつあることだ。予想とは舞台化を意味し、つまり社会的構築を意味する。それは世論形成において、メディアがリスク・プロジェクトの翻訳と説明にかかわるようにうながす。(155ページ)→リスクの予想はあらゆる種類の巨大な動員力となる。
・コスモポリタニズムの規範とコスモポリタン化の事実という区別の必要。前者は道徳的・倫理的規範であり、後者は経験的かつ理論的な社会科学の論点。コスモポリタン社会学の構想。
・コスモポリタニズムなきコスモポリタン化、個人主義なき個人化。コスモポリタン化と個人化という概念を結びつけて第二の近代を見通していく視点。

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時刻表で時間旅行に出かける本

 どうにも気分が滅入って、すべてをかなぐり捨ててどこか遠くへパーッと飛び出してしまいたいと思ったとき、実際にはそうもいかないから、時刻表を眺めて擬似逃亡旅行に思いを馳せることが時々ある。まあ、そんなことはともかく、時刻表は出版物である。日本初の時刻表は1894年に福沢諭吉門下の手塚猛昌という人が発行した『汽車汽船旅行案内』(庚寅新誌社)らしいが、それ以来、日本の鉄道運行の状況は紙媒体で記録され続けてきているというわけである。鉄道は当然ながら空間的移動の手段であるが、残された古い時刻表を紐解けば、タイムトリップもまたできるという次第。

 古い時刻表をみつけてパラパラめくったりすると、これがまた実に楽しい。自分の幼い頃のものであれば思い出のいくつかも記憶の奥底から手繰り寄せられるし、生まれる以前のものであれば、路線図を見てこんなところにも昔は列車が走っていたんだという驚きもある。ダイヤ改正が過ぎればもう用済みなのだから、普通は古い時刻表などいちいちとってはおかない。もったいないとは思っても、そんな束を保管するスペース、普通はない。ましてや今やネット検索で済む時代なのだし。だが、そんな邪魔者の時刻表も丹念に集めてくれている殊勝な御仁も世の中にはいる。マニアが古時刻表の読みどころをピックアップしてくれると、お手頃なタイムトラベルのようで面白い。

 時刻表というとすぐ思い浮かべるのは宮脇俊三『時刻表昭和史』(増補版、角川文庫、2001年)。時刻表をもとに昭和初期の鉄道風景を描写しつつ、若き日の著者自身の回想録ともなっている名著である。余談だが、この本を読んで俊三の父親が宮脇長吉であることを初めて知った。長吉の兄は政友会の大物政治家・三土忠造で、長吉自身も政友会から代議士となった。彼は陸軍軍人出身だがリベラルな考え方の持ち主で、国家総動員法の趣旨説明をしていた陸軍の佐藤賢了が議場で「黙れ!」と怒鳴った事件があったが、これは旧知の長吉に向けられたものだったらしい。

 所澤秀樹『時刻表タイムトラベル』(ちくま新書、2011年)は、それこそ昔の時刻表を手掛かりに在りし日の鉄道の長旅を体験してみようという趣旨。色々な薀蓄がつぎ込まれているが、食堂車にまつわる話題、とりわけ車内食の値段の変遷など興味を引く。曽田英夫『幻の時刻表』(光文社新書、2005年)は路線と沿線光景の記述が詳しい。

 この2冊とも古時刻表を眺めながら注目するのは、戦前・戦中の日本の時刻表の意外な「国際性」である。つまり、当時は植民地とされていた台湾・朝鮮半島、満州国、日本軍占領下の中華民国などにまで時刻表が網羅する範囲が広がっており、さらにはシベリア鉄道経由でヨーロッパへ行く経路もきちんと掲載されている(こうした「国際性」は無論、日本の大陸侵略という歴史的事情によるものであるが…)。

 それでは、一挙に日本という枠を超えて世界レベルで時刻表を見てみたいと思ったら、曽我誉旨生『時刻表世界史──時代を読み解く陸海空143路線』(社会評論社、2008年)という本がある。実はこの本を編集された濱崎誉史朗さんとお会いした際にいただいた本なのだが、だから宣伝するというのではなく、なかなか面白いと思ったので取り上げる次第。著者は稀代の時刻表収集マニアで、世界中の時刻表が図版としてふんだんに収録されている。上掲2冊が時刻表をネタにした紀行文的な読み物とするなら、こちらは世界の時刻表を通して見えてくる薀蓄がデータベース的に並べられている感じだ。視点のとり方によっては歴史的・国際関係的脈絡も読み取れる。手元に置いて折に触れて読み進めるといいだろう。

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2011年9月19日 (月)

宮本昭三郎『源氏物語に魅せられた男──アーサー・ウェイリー伝』、平川祐弘『アーサー・ウェイリー 『源氏物語』の翻訳者』

 世界最古の長編小説とも言われることもある『源氏物語』。その世界的知名度の高さは、物語そのものの魅力というよりも、イギリスの東洋学者アーサー・ウェイリー(Arthur Waley、1889~1966)による翻訳The Tale of Genjiの英文の巧みさによるところが大きい。翻訳が単に学術的水準の高さにとどまらず、文学としてのクオリティーの高さをも示した格好のケースと言えるだろう。

 1925~1933年にかけて出版されたThe Tale of Genjiは各国語にも翻訳(重訳)され、これを読んで日本研究を志した人も多いばかりか、当時のヨーロッパ文壇にも一定の影響を与えた。ウェイリーは当時のイギリスの進歩的文化サークルとして有名ないわゆる「ブルームズベリー・グループ」(ケインズ、ストレイチー、ラッセルなどがいた)とも交友があり、例えばヴァージニア・ウルフはThe Tale of Genjiを読んでいたく関心をそそられていたらしい。『源氏物語』に現れた登場人物の感情表現は、ウェイリーの近代的な語り口を通すと、中世物語にありがちな単にプロットをたどるだけの物語構成とは異なった心情描写の豊かさが印象付けられ、そこからこの翻訳とほぼ同じ頃に登場したマルセル・プルースト『失われた時を求めて』と同様の心理主義小説に近いと捉える論者もいたようだ。また、ウェイリーは漢詩の翻訳も手がけているが、それは英文詩に独特な新しいリズム感を与えたとも指摘される。ウェイリーには李白、白楽天、袁枚に関する著作もある。フェノロサの研究をもとにエズラ・パウンドが発表した能についての本にもウェイリーは助言したらしい。

 なお、『源氏物語』の英訳はウェイリーが最初ではなく、イギリス留学中の末松謙澄によって1882年の時点で出されている。ただし、ヴィクトリア朝期の男女交際に厳しい倫理的気風を慮ってか、「淫ら」とみなされかねない箇所は大きく改変され、読んでもつまらない代物だったらしい。また、明治期日本のお雇い外国人の一人で日本研究の先駆者とされるバジル・ホール・チェンバレンは『源氏物語』などくだらないとこき下ろしていた。ウェイリー訳『源氏物語』はこうした低評価を一挙に覆すことになる。正宗白鳥などは「『源氏物語』を古文で読んでも面白くなかったが、ウェイリーの英訳を読んではじめて面白いと思った」と述懐している。ただし、欧米での日本研究がまだ深まっていなかった時代のことであり、誤訳があるのは仕方ない(ちなみに、ウェイリーは日本・中国へは一度も訪れたことがない)。戦後の『源氏物語』英訳ではエドワード・サイデンステッカーのものが有名だろう。

 ウェイリーは1889年、ロンドンのユダヤ系商人の家に生まれた。ラグビー校からケンブリッジ大学へと典型的なエリートコースを歩むが、大学卒業時には健康問題等で思うような進路を選べず、紆余曲折を経た上で大英博物館の学芸員となる。新設の東洋版画部門に配属され、日本語や中国語を集中的に勉強してマスター。翻訳の仕事に専念するため1929年に大英博物館を辞職。『源氏物語』、日本・中国の詩集のほか、『枕草子』(抄訳)、『論語』、『西遊記』(抄訳)などをはじめ多くの作品の翻訳出版を生涯にわたって続けた。

 ウェイリーの生涯をたどるには宮本昭三郎『源氏物語に魅せられた男──アーサー・ウェイリー伝』(新潮選書、1993年)がバランスよくまとまっていて読みやすい。著者自身もロンドンの図書館で晩年のウェイリーに何度か出くわしたことがあるらしい。平川祐弘『アーサー・ウェイリー 『源氏物語』の翻訳者』(白水社、2008年)は比較文学的な知見を存分につぎ込んで論じつくす議論はとても興味深いのだが、ただし「俺の博識すげーだろ!」的な押し付けがましさが鼻について閉口するなあ…。

 ウェイリーの英訳版をさらに日本語に訳しなおした佐復秀樹訳『ウェイリー版源氏物語』(全4巻、平凡社ライブラリー、2008~2009年)も刊行されている。確かにこれはこれなりにリーダブルだ。

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2011年9月18日 (日)

フィリップ・ショート『毛沢東──ある人生』

フィリップ・ショート(山形浩生・守岡桜訳)『毛沢東──ある人生』(上下、白水社、2010年)

 毛沢東をテーマとした書籍はそれこそ汗牛充棟の感があるが、毛沢東礼賛に終始するか、さもなくば彼の失政への批判が中心だったり、私生活の裏面を粗探ししたり(これはこれで面白いんだけど)といったものが多く、本書の訳者あとがきで述べられている通り、確かに彼の生涯をバランスよく概観できる書物は少ないという印象はある。イデオロギー的対立の中心の一人となった人物だから礼賛/批判の両極端な論調は仕方ないのかもしれないし、中国でも毛沢東にとって都合の悪い史料は現段階ではまだ閲覧できないだろうから、生涯の全体像を実際に即して再構成する作業はもうしばらく先のことになるのだろう。

 そうした中にあって本書は著者の外国人ジャーナリストとしての立場から党派性を出さないで時系列に従ってリーダブルに描き出している点では、中国現代史における毛沢東を考える上で一つのたたき台になり得るのかもしれない。毛沢東を主人公とした中国共産党史とも言えるし、それは同時に権力闘争や政敵粛清の歴史でもある。あくまでも政治的人間関係の話題が中心なので、外政・内政にわたる諸論点について他の本で補いながら読む方がいいだろう。

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