« 2011年3月27日 - 2011年4月2日 | トップページ | 2011年4月10日 - 2011年4月16日 »

2011年4月3日 - 2011年4月9日

2011年4月 9日 (土)

白戸圭一『日本人のためのアフリカ入門』

白戸圭一『日本人のためのアフリカ入門』(ちくま新書、2011年)

 アフリカと一言でいっても、北アフリカはアラブ圏に入るし、サハラ以南にしても数多くの国々がひしめきあっており、単純に概括するにはあまりにも多様かつ複雑でありすぎる。全体を概観するのは新書レベルのボリュームでは難しい。最近はアフリカ関連の書籍も次々と出てきているので個々の問題についてはそれぞれ類書を参照する方がいいだろう(本書の巻末にもブックリストがある)。

 むしろ本書がテーマとするのはこのアフリカへと投げかけられた日本人自身の眼差しのあり方そのものである。たとえ悪意はなくとも日本からは縁遠い地域だけに、実状とはかけ離れた偏見すら抱かれやすい問題点をひとつひとつ解きほぐす作業を通じてアフリカ認識を深める糸口を提示してくれる。著者が新聞社の特派員として取材した見聞はアフリカの今をヴィヴィッドに伝えるレポートになっているが、同時にアフリカをケーススタディとしたメディア・リテラシーの試みに見立てるともっと奥行きのある読み方ができるだろう。

 とりあえず関心を持った論点を箇条書きにすると、
・「貧しくてかわいそうなアフリカ」イメージ→援助すべき、啓蒙すべき対象と位置付けるパターナリスティックな視点の問題点、これによってゆがめられたアフリカ認識。
・記者が記事を書いてもアフリカ事情は本社で取り上げてくれない→欧米(特にアメリカ)で話題になってようやく追随する形で日本のメディアも関心を持ち始めるというニュースの形成過程。
・「部族対立」という表現を使うと長年にわたる伝統的な抗争が政治的停滞をもたらしているようなイメージを読者に与えかねない→実際には利害配分等における政治的不公正が民族対立を煽っているという構造的問題が見落とされやすい。
・アフリカ開発会議(TICAD)の東京開催→アフリカ連合(AU)は対等な共同開催者と認めてくれないことに不満。
・国連安保理改革(常任理事国増加の提案)をめぐってAUの支持を取り付けたつもりだったところ、中国から切り崩しを受けたジンバブエのムガベ大統領の主導で失敗。中国のアフリカ進出をどう受け止めるか。
・いじめ、自殺、タイトな仕事スケジュールなど日本の問題→アフリカは比較対象のための別の視座ともなり得る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 8日 (金)

マックス・ホルクハイマー/テオドール・アドルノ『啓蒙の弁証法──哲学的断想』

マックス・ホルクハイマー/テオドール・アドルノ(徳永恂訳)『啓蒙の弁証法──哲学的断想』(岩波文庫、2007年)

・要するに、人間を呪縛してきた不合理な世界観が科学的知識や合理的思考方法(=「理性」)によって解体されてきたこと(=「啓蒙」)が近代の一つのプロセスだと言える。ところで、この合理的思考方法によると、この世のありとあらゆるものが平板化・画一化して把握され、理性的主体の働きかけによって操作可能なものへと位置付けられていく。それは他ならぬ人間自身も例外ではなく同様に客体化されていく過程でもあった。結果、質的相違が一切捨象された中で社会システムのみが自己目的的に作動し始め、人間はかえって自らの主体性を喪失していく。こうした「啓蒙」による進歩が同時に人間自身の精神的退歩を意味するという二律背反的な展開(=「弁証法」)を把握するのが趣旨。
・ナチズムの台頭を目の当たりにしている危機感の中から本書は書かれたわけだが、全体主義は単に野蛮だというにとどまらず、そもそも「理性」「啓蒙」の逆機能として現われた人間疎外が背景に伏在している、これは全体主義だけの問題ではなく近代社会全般にわたって再考すべき問題だという課題を提起。

・「啓蒙のプログラムは、世界を呪術から解放することであった。神話を解体し、知識によって空想の権威を失墜させることこそ、啓蒙の意図したことであった」(23ページ)。
・「市民社会は等価交換原理によって支配されている。市民社会は、同分母に通分できないものを、抽象的量に還元することによって、比較可能なものにする。啓蒙にとっては、数へ、結局は一へと帰着しないものは仮象とみなされる。」「事象が科学的に計算されるものになると、かつて神話のうちで思想が事象について与えていた説明は、無効を宣言される」(30ページ)。
・「神々は人間から恐怖をとり去ることはできない。神々は恐怖の硬直化した響きを、自らの名前として担っている。人間が恐怖から免れていると思えるのは、もはや未知のいかなるものも存在しないと思う時である。これが非神話化ないし啓蒙の進む道を規定している。こうして神話が生命なきものを生命あるものと同一視したように、啓蒙は生命ある者を生命なきものと同一視する。啓蒙はラディカルになった神話的不安である。その究極の産物である実証主義がとる純粋内在の立場は、[経験の外へ出ることを禁ずるという意味で]いわば普遍的タブーにほかならない。外部に何かがあるというたんなる表象が、不安の本来の源泉である以上、もはや外部にはそもそも何もあってはならないことになる」(43ページ)。
・「啓蒙にとっては、過程はあらかじめ決定されているということのうちに、啓蒙の非真理があるのである。数学的方法においては、未知のものは方程式の未知数になるとすれば、ある価値がまだ代入される前に、未知のものは、前から知られていたものという徴しづけを帯びていることになる。自然は量子力学の出現の前後を問わず、数学的に把握されなあければならないものである。わけのわからないもの、解答不能や非合理的なものさえ、数学的諸定理によって置き換えられる。…啓蒙は思考と数学とを同一視する。それによって数学は、いわば解放され、絶対的審級に祭り上げられる。」「思考は物象化されて、自発的に動きを続ける自動的過程になり、その過程自身がつくり出した機械を手本にして努力するために、ついには機械が、その自動的過程にとって代りうるようになる」(58~59ページ)。
・理性=「計算的思考は、自己保存という目的に合わせて世界を調整し、対象をたんなる感覚の素材から隷従の素材へとしつらえる以外にいかなる機能をも知らない。…存在は、加工と管理という相の下で眺められる。一切は反復と代替の可能なプロセスに、体系の概念的モデルのたんなる事例になる」(183ページ)。
・「理性は、目的を欠いた、それ故にまさしくあらゆる目的に結びつく合目的性になった」(191ページ)。
・「理性がいかなる内容的な目的をも設定しない以上、情念はすべて、ひとしなみに理性とはほとんど無縁同然のものとなる。…啓蒙にとって理性とは、事物の固有の実体を自らのうちに吸収し、理性そのものの純粋な自律のうちに揮発させる化学的動因である。」…(理性による神話からの解放→)「しかしその解放は、人道的だったその創始者たちが考えていたよりは、はるか先にまで到達した。鎖を解き放たれた商品経済は、理性の実現過程であると同時に、また理性を亡ぼす原因となる力でもあった」(192~193ページ)。
・「文化産業においては、批判と同じように尊敬も消失する。つまり批判は機械的な鑑定に、尊敬はたちまち忘れ去られる有名人への崇拝に、とって代わられる」(326ページ)。
・「唯々諾々とたゆむことなく現実に適応することの非合理性は、個々人にとっては理性よりも理性的なものになる」(416ページ)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 7日 (木)

ユルゲン・ハーバーマス『公共性の構造転換──市民社会の一カテゴリーについての探求』

ユルゲン・ハーバーマス(細谷貞雄・山田正行訳)『公共性の構造転換──市民社会の一カテゴリーについての探求』(第2版、未來社、1994年)

・私的自律性を備えた個人が公開の場における討論を通して合意を形成していく、いわゆる討議倫理的なあり方が民主主義の基盤=市民的公共性であるという考え方を前提に、こうした意味での公共性がヨーロッパ史の中でどのように形成され、近代に入って解体されたのかを検討するのが趣旨。
・近世以来のイギリス、フランス、ドイツの歴史を検討→自由市場の進展、ブルジョワ階級の成立、読者層の拡大→私的コミュニケーションの範囲が拡大→国王・貴族中心の国家権力と対峙する形で公共圏の成立、国家と社会の分離。公共圏の担い手は有産階級中心という限定つきだが、少なくとも自律的個人によるコミュニケーションという理念型が成立したことによる可能性の広がりを強調(このあたり、何となくハンナ・アレントの議論も想起される)。
・「公共性は、それ自身の理念によれば、その中で原理的に各人が同じ機会をもって各自の好みや願望や主義を申告する権利をもったというだけでは、民主主義の原理となったのではない。このようなものは、ただの意見(opinions)にすぎない。公共性は、これらの個人的意見が公衆の論議の中で公共の意見、公論(opinion publique)として熟成することができたかぎりでのみ、実現されえたのである。万人の参加可能性の保証ということの意味も、はじめから、とにかく論理の法則に従う賛成弁論と反対弁論のための真理保証の前提という意味で理解されていたのである」(288ページ)。
・有産階級中心に成立した公共圏だが、19世紀以降、無産階級の台頭→具体的利害をどのように配分するかが公共圏における中心課題となった。自律的個人同士の討論によって合意を形成するよりも、公論を強制権力へと転化させようとする動き、多数者の専制(トクヴィル)。
・国家と社会とが相互浸透するようになり、公共圏の範囲は拡大したが、他方で質的に変容していくという逆説→福祉国家。
・「社会圏への国家的介入に対応して、公的権能を民間団体へ委譲するという傾向も生じてくる。そして公的権威が私的領域の中へ拡張される過程には、その反面として、国家権力が社会権力によって代行されるという反対方向の過程も結びついてくるのである。このように社会の国有化が進むとともに国家の社会化が貫徹するという弁証法こそが、市民的公共性の土台を──国家と社会の分離を──次第に取りくずしていくものなのである。この両者の間で──いわば両者の「中間から」──成立してくる社会圏は、再政治化された社会圏であって、これを「公的」とか「私的」とかいう区別の見地のみからとらえることは、もはやできなくなっている」(198ページ)。
・「かつては私生活圏の自立性が法律の普遍性を可能にしていたが、国家と社会の相互浸透によってその私生活圏が解消されるにつれて、論議する私人たちから成る比較的同質の公衆のよって立つ地盤もゆるがされた。組織された私的利害の間の競争が、公共性の中へ侵入してくる。かつては個別利害は私有化され、それゆえに階級利害という公分母の上で中和されて、公共的討論の或る種の合理性と有効性をも可能にしていたのであるが、今日では合理的討論の代りに、競合する利害の示威行動が現れる。公共の論議において達成される合意は鳴りをひそめて、非公共的に戦いとられ、或いは力づくで貫徹された妥協に席をゆずる」(235ページ)。
・「討論はいつのまにか独特の変質をとげたのである。つまり討論そのものが消費財の形態をとってくる」(220ページ)。「マス・メディアが作り出した世界は、もうみかけの公共性にすぎない。しかしまた、それが消費者に保証している私生活圏の充実感も、幻想的なものである。…今日ではマス・メディアが文学的外被を市民の自己理解から剥ぎとり、それを消費者文化の公共サーヴィスのための便利な形式として利用しているために、その根源的意味は錯倒されている」(227ページ)。マス・メディアは討論の場ではなく、広告の手段となった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 4日 (月)

王徳威『叙事詩の時代の叙情──江文也の音楽と詩作』

王徳威(三好章訳)『叙事詩の時代の叙情──江文也の音楽と詩作』(研文出版、2011年)

 日本の植民地支配下にあった台湾に生まれ、日本に留学して音楽家としてデビュー、日中戦争の最中に日本軍占領下の北京へ渡って師範大学教授となり、戦後はそのまま北京に留まったものの、漢奸として指弾されて文化大革命で迫害を受ける──江文也(1910~1983年)がたどった波瀾に満ちた生涯の軌跡はそれ自体がドラマティックで関心がかき立てられるし、台湾、日本、中国と渡り歩いた越境的な道のりからはアイデンティティの相剋という現代的関心もまた呼び起こされる。実際、1980年代以降、台湾や中国で江文也が再び注目を集めたときにそうした問題関心が見られたが、彼は台湾人なのか、中国人なのかという不毛な議論がかわされたらしい。しかしながら、モダンな感性を持った芸術家であった彼にとって政治的帰属意識など問題にはならず、強いて帰属先を求めるならば音楽そのものだったとしか言いようがないだろう。そもそも彼が中国文化へ関心を寄せたきっかけは民族意識回帰とは無縁で、亡命ロシア貴族の音楽家アレクサンドル・チェレプニンの示唆により芸術的インスピレーションを得るためであった。

 タイトルで端的に示された本書の問題意識は、チェコの中国学者ヤロスラフ・プルシェクが近代中国文学を考察するに当たり個の立場で情感を歌い上げる抒情と政治的集団意識を意味づける叙事詩との区別として行なった議論を踏まえている。すなわち、「抒情は個人の主体性の発見と解放への熱望であったのに対し、叙事詩は集団主義の構築と革命への意思を指していた。したがって、抒情と叙事詩は一般的な意味で異質なのではなく、むしろ様式(モード)や語り方のちがい、感情の起伏の度合いの差、そして最も重要なことは社会的政治的なイメージのちがいを意味している」「リアリストが、現実をありありと反映する道具として言葉を見ているのに対し、抒情の書き手は精緻な言葉の形式を用いながら、そうした擬似現実主義の試みにとどまらずに、言葉の音響効果から心象を表現する強大な可能性を実証する。言葉のオーケストレーションを通じて、抒情主義は歴史のカオスにひとつの明晰な形式を与えることで、生来備わっている人間の巨大さや、人間の不確実性の外にある、美学的倫理学的秩序を認めるものである」「江文也の音楽、詩作そして儒教音楽学の理論的考察は、1930年代から40年代中国における抒情のディスクールの一部をなすものと理解されるべきである」(70~80ページ)。

 江文也の中国への関心にはむしろオリエンタリズムとも言うべき動機が潜んでいたかもしれない。しかし、彼が交響曲「孔廟大成楽章」や論文「上代支那正楽考」に取り組みながらつかもうとしていたのは、時代は違っても同じ音楽家として共鳴する孔子のイメージであり、そこにある種純粋で超越的な法悦を見出していた。本書の問題意識で言うなら抒情である。他方で、儒教的イメージは多様な立場からの読み込みが可能であり、例えば日本の儒学思想理解では王道→大東亜共栄圏と結びつける契機もまた同時にはらまれていた。彼が生きていたのは叙事詩の時代、政治的社会的大動乱の時代であった。彼自身の音楽への思いとは関係のない位相で、彼がまなざしを向けた抒情は叙事詩のロジックに絡め取られてしまった。

 江文也は20世紀における東アジアの文化史を考える上で非常に興味深い人物だと思うのだが、日本語で読める一般的書籍は少ない。彼を取り上げた単行本としては井田敏『まぼろしの五線譜──江文也という「日本人」』(白水社、1999年)があるが、遺族とトラブルになった経緯があって現在絶版となっている。そうした中、本書のように江文也を考察した単行本が刊行されたのは嬉しい。なお、彼の文章は『上代支那正楽考──孔子の音楽論』(平凡社・東洋文庫、2008年)で読める。片山杜秀による解説論文は政治史的背景も踏まえて1945年までの江文也の足跡をたどっており、とりわけチェレプニンとの関係に注目しているところが興味深い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

王育徳『「昭和」を生きた台湾青年──日本に亡命した台湾独立運動者の回想 1924─1949』

王育徳『「昭和」を生きた台湾青年──日本に亡命した台湾独立運動者の回想 1924─1949』(草思社、2011年)

 台湾語研究で名高い言語学者であり、かつ亡命先の日本で台湾独立運動に生涯を捧げた王育徳(1924~1985年)。彼の死後、蔵書の整理中に見つかった遺稿をもとにまとめられた回想記である。彼が生まれた時点で日本による植民地統治はすでに30年ほど経っていたが、生家にはまだ清朝期の遺風や台湾土着の習俗が色濃く残っていた。植民地的近代化過程で変容しつつある台湾社会の世相を見る彼の観察が興味深いだけでなく、1937年以降の皇民化運動、1945年の日本敗戦、続く国民党による台湾接収、こうした時代的転換に翻弄される彼自身の運命はまたドラマティックですらある。

 王育徳は古都・台南で生まれた。商売で成功した裕福な家だったようだが封建的遺風もまた強く、三人の夫人たちやそれぞれの子供たちの間でのいさかいには家庭内の複雑な人間関係がうかがえる。進学熱が強いが、公学校の小学校に対するコンプレックス、体罰は当たり前のスパルタ教育などが目を引く。台湾社会ではもともと台湾人自身の言葉や習俗も許容されていたが、皇民化運動が始まってから台湾人と日本人との関係がギクシャクし始め、台湾人意識が強まったという指摘もあった。後にアラビア学の泰斗として著名になる前嶋信次が若い頃に台南一中で教師をしていたことは知っていたが、王育徳も彼の授業を受けている。また、同級生に葉盛吉の名前もあった。邱永漢も台南の出身だが学校は異なり、台北高校尋常科受験で台北へ出たときに兄・育霖の紹介で初めて知ったらしい。

 日本の敗戦により、ようやく自分たちの台湾語で自由におしゃべりできると思ったが、やって来た国民党政権によって事実上禁止されてしまう。二・二八事件では公開銃殺された湯徳章の遺体を目の当たりにし、さらには慕っていた兄・育霖もまた殺害されてしまった。このとき台南の学校で教壇に立っていた彼の身辺でも一人また一人と連行されていき、身の危険を感じた彼は先に香港に移住していた邱永漢を頼って亡命する。以後、故郷の土を踏むことは二度と出来なかった。

 なお、まだ新来の中華民国に期待を抱いていた頃、光復記念の演劇をやろうという企画が持ち上がり、頼まれて彼は脚本を書いた。台湾語で書いたのだが、台湾語には漢字起源意外の語彙も多く、漢字では表記しきれないことを実感、これが後に彼独自の台湾語表記方法を考案するきっかけになったという。いずれにせよ、若き日の苦難をたどりかえすと、篤実な言語学徒と情熱的な独立運動家という一見相反するような彼の二つの顔がしっかり結び付いて見えてきて興味深い。

 日本亡命後の王育徳については、次女で本書の編集に当たった近藤明理による「おわりに」で紹介されており、亡命の経緯(東大の中国文学者・倉石武四郎が世話している)、台湾独立運動、台湾人元日本兵補償問題などに触れられている。また、日本への亡命後、一時期中河與一のもとで小説の勉強をしていたこと、1961年に李登輝(当時は台湾大学助教授、農業経済学専攻)が密かに訪ねてきて話がはずんだことなどは初めて知った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

黄自進『蒋介石と日本──友と敵のはざまで』、関榮次『蒋介石が愛した日本』

 黄自進『蒋介石と日本──友と敵のはざまで』(武田ランダムハウスジャパン、2011年)は、スタンフォード大学フーヴァー研究所で公開された蒋介石日記等の史料を踏まえ、彼の視点を軸にしながら日中関係の政治外交史を描き出している。日本留学経験から近代化・国民国家形成など中国自身の課題について学ぼうとしていた一方、日本の大陸侵略に直面して当の日本と戦わざるを得ないはめに陥ってしまった。さらに国民党内の政敵、軍閥、共産党、国際情勢の変動などの絡み合った複雑の局面の一つ一つに対して彼がどのような判断を下したのかがたどられていく。反共という立場からであるにせよ戦後日本の早期復興をうながしていたことが強調される。また、日本の近代化に関心を示しつつも、その視点は軍事的効率性に重きが置かれ、立憲体制や産業政策などへはあまり注意が払われていなかった点も指摘されている。コンパクトながらも全体としてバランスのとれた政治的伝記となっている。

 関榮次『蒋介石が愛した日本』(PHP新書、2011年)も同様に日本との関係に注目した蒋介石の伝記である。女性たちとの関係やエピソード的なことも散りばめられ、オーソドックスな伝記としては読みやすい。ただし、日本との関係を深く掘り下げているわけではない。もしこのようなタイトルをつけるならば、単に親日的だったというレベルではなく、彼の人生観なり政治構想なりに日本という要因がどのような形で入り込んだのかを描いて欲しかったのだが、タイトルからずれているという印象を持った。版元から考えると、ある読者層を当て込んでつけられたタイトルだとは思うけど。

 なお、蒋介石日記を駆使した伝記としてはJay Taylor, The Generalissimo: Chiang Kai-shek and the Struggle for Modern China(The Belknap Press of Harvard University Press, 2009)があり、中国社会の近代化を目指して奮闘した生涯という視点で描き出している(→こちらで取り上げた)。他にも蒋介石関連で読んだ本をいくつかこちらでも取り上げた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 3日 (日)

大澤真幸『生きるための自由論』、橋本努『自由の社会学』

 自由な存在としての私の意志はいったいどこに由来するのか。心の中に生ずるのか、それとも外的要因によって動かされているのか。脳科学の進展は後者の説得力を強めているようにも見える。だが、科学的研究成果がいくら精緻化してきたとはいっても、そこにこだわっているだけでは問いの論理構造そのものは結局のところいわゆる「スピノザの石」のレベルと全く同じ地点で堂々巡りするだけになってしまうようにも思われる。

 大澤真幸『生きるための自由論』(河出ブックス、2010年)では、第三者の審級という著者独自の用語を用いながら社会的関係性の中で自由が把握されている。「他者の視点から捉えたときに、私の行為は、承認や否認の対象になる。他者(第三者の審級)は、私の行為を肯定的若しくは否定的に評価する。他者(第三者の審級)に承認されるような行為を採用したとき、私は、妥当な行為を選択したことになる。逆に、他者(第三者の審級)に否認されたとき、私は、不適切な行為を選択したことになる。他者の肯定・否定のまなざし、他者の審問から独立に、私の行為の「選択」という現象自体がありえないのだ。それゆえ、自由は、本来的に社会的な現象である。」「私は、その他者(第三者の審級)の承認(・否認)のまなざしを、信用取引のように、先取りしながら行為することも可能になる。その場合、私の行為は、他者(第三者の審級)の審問への応答responseという形式をとることになる。したがって、私の行為は、他者の意志や欲望に、つまり想定された他者の欲望・意志に規定される、まさにそのことにおいて、自由な選択たりうるのである。」「…自由は、自己と他者との狭間、二つの視点の狭間に生ずる。私が、他者の視点、私の行為を承認したり否認したりするかもしれない第三者の審級の視点を内面化した行為したとしたらどうであろうか。その場合こそ、私は、自分の行為をモニタリングしながら、つまり意識しながら、行為を選択していることになるだろう。意識とは、このように、他者の視点の自己への内面化の産物である。それは、自由な行為の前提条件ではない。むしろ、意識は、自由な行為の帰結である」(80~83ページ)。だが、不本意な出来事に遭遇したときそこに意味を持たせる参照枠組み=第三者の審級が撤退し、したがって自由そのものの基盤が失われつつあるところに現代社会の特徴を指摘、行動面での自由が増している一方、空虚感・閉塞感が感じられているという逆説が見いだされる。

 橋本努『自由の社会学』(NTT出版、2010年)は、自由な社会を構想する上で必要な三つの条件を提示し、それぞれを踏まえて思考実験的な代替提案も検討しながら現代社会が抱える個別イシューを一つ一つ考えていく。第一の「卓越(誇り)」原理は尊厳→誇り→卓越という連鎖をとり、各自それぞれが自らの尊厳を持って生きていけるような条件を整備することで、消極的な自由を積極的な自由へと転成させていくように促すことが意図されている。第二の「生成変化」原理は偶有性→変化→生成→成長→進化という連鎖をとり、社会環境が固定的に停滞して抑圧的にならないよう常に新たなものへと変化を促していくこと。「自由な社会は、人生も社会システムも、他であり得る可能性に開かれていなければならない。諸々の潜在的可能性は、実際には現実化できないとしても、理論的には発見していくことができる。少なくともそのような発見は、自由な自我と自由な社会の統治力の両方を育んでいくだろう。自由は、現実的な制約のもとで、機能的代替物の可能性を探るという、思考実験的な性質を帯びている。自由な社会とは、人々が現行のアーキテクチャーを疑い、他のアーキテクチャーを選択肢として構想できるような社会である。自由な社会は、現行のアーキテクチャーが不完全かどうかに関わりなく、代替的なアーキテクチャーが多様に構想され、可視化され、討議されるような社会でなければならない」(148ページ)。第三の「分化」原理は画一的社会批判→分散統治→その補完術→創造的多様性という連鎖をとる。各自が未知の可能性を模索していくところに自由の本意が見いだされており、かなりポジティブな議論だという印象を受けた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年3月27日 - 2011年4月2日 | トップページ | 2011年4月10日 - 2011年4月16日 »