西澤泰彦『植民地建築紀行──満洲・朝鮮・台湾を歩く』『東アジアの日本人建築家──世紀末から日中戦争』
近代日本の対外的膨張による支配地の拡大、それは人的移動を促しただけでなく、人が住んだり公共的拠点とするための建築の広がりともつながっており、西洋から近代建築を学んだばかりの日本人建築家たちが東アジア各地へと渡っていった。西澤泰彦『植民地建築紀行──満洲・朝鮮・台湾を歩く』(吉川弘文館、2011年)と同『東アジアの日本人建築家──世紀末から日中戦争』(柏書房、2011年)は、こうした建築をめぐる活動の広がりを個別地域別ではなく東アジアというレベルで横断的に解説してくれるのが特徴だ。メインテーマは「海を渡った建築家たち」ということになる。
建築は単に物理的に存在するというだけでなく、歴史的ドラマが繰り広げられた舞台でもある。必ずしも楽しいものばかりではなく、むしろ日本の対外的侵略という不幸な出来事の記憶の方が強く想起されることになろう。朝鮮総督府をめぐって生じた論争が端的に表しているように、現地の人々にとっては植民地支配という忌まわしい記憶のモニュメントとなる。他方で、当時における日本人建築家たちの技量の到達点を示した建築史的な意義も認められる。こうした二面性はなかなか解きがたい矛盾をはらんでいるが、近年は長い時間的経過をたどってきた中で歴史的価値にも配慮され、現地でも文化財指定を受けている場合も多くなってきた。
著者は建築史家であるから建築としての構造や技法の話題がメインとなるのはもちろんだが、そればかりでなく、そもそもその建築がこの地に造営されたのはどのような歴史的背景によるのか、造営に携わった建築家たちはどんな人たちだったのか、こうした事情も合わせてトータルに考察が進められていくところが興味深い。
『植民地建築紀行』は「広場と官衙」「駅舎とホテル」「学校・病院・図書館」「銀行」「支配者の住宅」などテーマ別に特徴ある建物を一つ一つ見ていく。東アジアを縦横に歩き回っているような気分でなかなか楽しい。本筋から外れるが興味を持ったところをメモしておくと、
・戦前、京城帝国大学本部を設計したのは当時の総督府営繕課に勤務していた朝鮮人建築家の朴吉龍で、彼は和信百貨店新館も設計。
・外国の支配地域近くにある中国人主体の市街地に目立つ中華バロック→西洋建築を見た中国人商人たちが同じような建物を建てたいと考えて中国人の職人に建てさせるが、彼らは外観を見ただけで誤解も多かったため奇妙な形になった。明治期日本の擬洋風建築と同様。
『東アジアの日本人建築家』は、ともすれば存在の忘れられがちな建築家たち22人の人物群像を通して東アジア近代史の一側面がうかがえる。設計した建築の様式、用途、活動拠点、所属組織などを考えながらおおまかに6つのグループに分けて考察される。
①台湾、朝鮮の総督府の建設に関った野村一郎、国枝博。鉄筋コンクリート造の採用。
②満鉄所属の建築家:小野木孝治、太田毅、横井謙介、青木菊治郎、安井武雄、岡大路、太田宗太郎。満鉄の多様な事業に合わせて大連港、撫順炭坑、鞍山製鉄所など鉄道附属地の経営に関る建物。防寒性・耐火性の観点から煉瓦造建築→洋風建築。
③植民地銀行(朝鮮銀行、台湾銀行、横浜正金銀行、満洲中央銀行):中村與資平(植民地で建築したときの経験→日本へ還流)、西村好時(日本国内での経験→植民地銀行の本店を手がける)、宗像主一。
④在外公館:片山東熊、三橋四郎、真水英夫、平野勇造、福井房一。
⑤満洲国政府の建築組織:相賀兼介、石井達郎。
⑥ゼネコンを設立した岡田時太郎、高岡又一郎。
・建築を学んでも日本本国では仕事がなかったから海を渡ったと考えられていたが、実際にはむしろ転職対象として魅力があった。
・日本の敗戦で引き揚げた建築家たちは、帰国してからは活動基盤が一切ない状態で再起→支配地での建築活動で蓄積してきた経験が戦後の日本へ還流された。
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