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2011年12月23日 (金)

【映画】「無言歌」

「無言歌」

 青く澄み渡った無窮の空、ゴツゴツと広がるゴビ沙漠の荒涼たる茶褐色、この二つの色合いに画然と分かたれた空間には冷たい緊張感が張りつめ、その近寄りがたいほどの峻厳さは畏怖と同時に不思議な美しさすら観る者の胸奥に引き起こす。一人、また一人とちっぽけな人間たちを呑み込んでいっても、この冷たくも美しい大地は身じろぎもしないかのようだ。

 1960年、中国・甘粛省の夾辺溝。いわゆる「反右派闘争」で「右派」として指弾された人々が思想再教育という名目で労働改造所に集められてきたが、農場労働とは言っても辺りには荒野が延々と広がっているのみ。

 「百花斉放・百家争鳴」で束の間に味わった言論の自由。しかし、政策批判の声があまりにも大きすぎることに驚いた毛沢東は態度を一変させ、むしろこの「言論の自由」によってあぶりだされた不満分子に対する圧迫を強め、「反右派闘争」へとつながっていく。労働改造所へ送られた人々を待ち受けていた運命は実に過酷であった。ほぼ同じ頃、毛沢東の指令で発動された「大躍進政策」は無惨な失敗に終わり、この時の混乱によって生じた飢饉は数多くの人命を奪った(この問題については、フランク・ディケーター『毛沢東の大飢饉』がアクセス可能な記録を渉猟して実証的に研究しており、最近邦訳された)。その極限状態は労働改造所においても悲惨な形で現出していた。

 荒野の中、黙々と働き続ける人々の姿。しかし、彼らの動きは緩慢だ。食糧不足から極度の栄養失調に陥っているからだ。最初は、ソルジェニーツィン『イワン・デニソヴィッチの一日』のような感じだろうかと思いながら観始めたが、飢饉という要因が加わると様相がまた違ってくる。例えば、病で倒れた人が出たとき、そばにいた仲間はまず彼の吐瀉物から食べられるものをより分け、口の中に入れてから、ようやく介抱するというシーンがあったが、これなど序の口である。仲間の衰弱死が日常光景の中にすっかり溶け込んでおり、その様子が何の感動もないかのように淡々と描写される。毎朝の点呼では何人の死者が出たのか確認され、飢えをしのぐため人肉食も横行。亡くなった者の妻が来訪したとき、仲間が彼女を墓へ連れて行くのを拒んだのは、食べるために死体の一部が削ぎ取られた無惨な姿を見せたくなかったからだ。

 この映画は中国政府の許可を得ずに撮影されたため、中国本土で上映されることはない。労働改造所での出来事を記録した楊顕恵『告别夹边沟』が原作となっているが、王兵監督はさらに当時の生き残りの人々を探し出して会いに行き、その生々しい話を基に再構成しているという。複数の人々の証言を踏まえてクロスチェックされており、リアルに再現された光景はドキュメンタリーに近い。特定の政治傾向を帯びたメッセージをここから読み取るというよりは、むしろこのような悲劇があったという厳粛な事実への端的な驚きをそのままに受け止めていくしかない。

【データ】
原題:夹边沟/The Ditch
監督・脚本:王兵
2010年/香港・フランス・ベルギー/109分
(2011年12月23日、ヒューマントラストシネマ有楽町にて)

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コメント

 
観るべきなんでしょうねぇ。

地平線出されただけで、「うわぁ〜、きっつ〜」ってなりそうですが。
「新田開発」の血筋が染み込んでるものの自然観からすると。


王兵監督の「鉄西区」も観たいのですが、9時間越え。Youtubeで「Tie Xi Qu」と検索すれば、全編英語字幕入りを観ることができるようですが、何分かの細切れを観るのもきついなぁ。

投稿: 山猫 | 2011年12月24日 (土) 09時44分

王兵監督「鉄西区」は噂では聞いていましたが、youtubeは確かにつらそうです。DVDを出してくれないものか。いや、DVDでも9時間越えはちょっときついかなあ。

投稿: トゥルバドゥール | 2011年12月26日 (月) 16時03分

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