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2011年10月 2日 (日)

笹川裕史『中華人民共和国誕生の社会史』

笹川裕史『中華人民共和国誕生の社会史』(講談社選書メチエ、2011年)

・日中戦争や国共内戦という形で近代中国が初めて体験した総力戦。その戦時負担が社会の底辺レベルまで及ぼした影響によって、共産党が実権を掌握する「革命」の社会的条件が生み出されたというのが本書の趣旨。最も大きな負担を強いられた四川省に視軸を置いて定点観測する。中国の伝統的特質や階級闘争史観に寄りかかった議論枠組みではなく、総力戦という近代特有の現象によって生じた社会変容として捉えるところに本書の特徴がある。
・日本と比較する視点が出されているのも興味深い。日本は国民国家的統合が進んでいたため末端レベルまで国家との一体感→戦時統制は比較的スムーズに行われた。対して中国では上からの統制が行きわたらず「自由」な人々が多かった→違法行為などですり抜ける者が多く、戦時負担の不平等が問題となった。統制が強まるのは中華人民共和国成立以降。
・富裕層は戦争遂行のための食糧徴発や徴兵といった戦時負担を回避するため権力の末端と結び付き、利己的、場合によっては暴力的に収奪を強化→負担は相対的に立場の低い社会的弱者にしわ寄せされ、一部の富裕層を除き社会全体が窮乏化→富裕層自身にとっても戦時体制による矛盾が押し付けられて経営維持のためやむを得ずという事情があるにせよ、その性格が利己的・暴力的なものへと変容、同時に社会全体から彼らに向けられる眼差しも敵意あるものに変容。こうした富裕層に対する社会的な敵意の眼差しが、地主階級打倒という共産党のイデオロギー的文脈の中で読み替えられ、政策展開の中で活用された。
・四川省で挑発された兵隊たちは戦争が終わってもすぐには帰れず、流亡せざるを得なくなった。多数の難民の発生。
・旧来の社会秩序崩壊による混乱の中、戦後処理としての意味合いを持った中国の土地改革の特質→内戦末期には安定的な生計の手段を失った貧困層が増大しており、彼らの社会的定着・救済が緊急課題だったため、農業発展の論理よりも社会政策的性質が色濃くなった→生産性の低い農業はその後もしばらく足かせとなった。

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