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2011年10月10日 (月)

張玉萍『戴季陶と近代日本』

張玉萍『戴季陶と近代日本』(法政大学出版局、2011年)

・戴季陶は孫文の秘書、蒋介石の親友(戴季陶が日本人女性との間にもうけた子供は蒋介石の養子となり、これが後の蒋緯国)、『日本論』を著した第一級の知日家として国民党の対日政策にも影響を及ぼした。共産党と国民党との対立が歴史理解にも大きな影響を及ぼしてきた研究状況下、複雑な思想的変遷を経た人物を取り上げる場合、政治的立場に都合よく一部分だけをピックアップして賞賛もしくは非難するという形に陥ってしまう傾向があり、それは日本と密接な関係を持っていた彼にはなおさらのこと当てはまる。本書は、彼の日本理解の原点を青年期の日本体験に求めつつ、その後の時局的変動に伴って彼の日本認識がどのような振幅を示し、そこにはどのような苦悩があったのかを彼自身の生涯に即して捉えようとしている。
・戴季陶は1891年、四川省漢州に生まれ、伝統的教育を受けた。1902年、東游予備学校で日本語を学び、日本人教員の通訳も務めるほど上達。1905年、憧れていた日本へ留学し、1902年には日本大学専門部法律科に入学。庶民生活に馴染むことで日本事情を感性的レベルで体験。また、大学の授業を受けた筧克彦に強い印象を受けたらしい。1909年、経済的事情からやむを得ず退学。この頃、朝鮮王族の女性と恋愛、婚約したが、政治的背景の中で無理やり解消させられショックを受ける。こうした体験から日本の帝国主義への反感、併合された朝鮮への同情心。
・上海に渡り、1910年には「中外日報」記者。1911年には辛亥革命に参加して、孫文と接点を持つ。
・辛亥革命期には、日本の海外拡張の要因を検討し、本来なら南進すべきところを実際には北進政策をとり、やがて中国へ侵略すると指摘→「日本敵視論」。当初は憧れていた日本を「第二の故郷」とまで言っていたが、中国が直面する「第一の敵」へと日本像の変化。
・1913年2月、孫文の日本語通訳兼秘書として来日、日本の人々と交流。第二革命失敗後は日本へ亡命、中華革命党員となる。この頃、蒋緯国が生まれた。種族論的な考えから日本も中国も共に西欧から圧迫を受けていると指摘→「日中提携論」。この頃には、中国の視点で日本批判に終始するのではなく、日本の視点に立ち、その長所・短所を客観的に把握しようという姿勢が見られる。
・広東軍政府の頃、日本から援助をしてもらおうと交渉していたが、日本の対中外交に翻弄されて失敗。
・中国が自ら実力を養成する必要→日中両国が対等な関係になった上でアジアの振興。辛亥革命期には「敵」、討袁期には「友」という認識→こうした二分法ではなく、日本を中国のモデルかつライバルと認識するようになる。日本の侵略性を批判すると同時に、日本人の中にも積極的に中国の革命運動を支援してくれる人々がいることを評価。批判的提携という発想。
・五・四運動期には、日本の神権思想に由来する侵略性を批判、日中提携論は後退。他方で、日本経由の社会主義理解、大逆事件への批判。日本人自身の社会革命を期待し、日中平民連合を唱える。「対決・連合論」。
・国民革命期には、信仰心→尚武の精神、尚美→平和・互助、こうした二側面が調和しているところに日本が近代化に成功した要因を見いだし、日本の統一性・独自性を評価。これが翻って、中国自身の日本依存、ソ連依存を批判。日中提携の発想がより狭まり、日中対決の不可避性を自覚。「幻滅的日本論」と「中国自強論」。
・日中戦争期には、日本人との直接的接触は意識的に断ち切った(ただし、日本の友人たちの安否は気遣っていた)。日中の文化的親近性→日本は完全に独立した文化を持っていないので敵というには値しない、むしろ問題は中国自身の混乱にある。日本の敗北は必然で、中国は必ず勝つが、次にはソ連という「敵」がいる。日本は「敵」ではなく「仇」であり、戦争が終わったら「仇」は消えて「友」になる→「日本非敵論」。
・戴季陶の日本との特殊な関係が中国革命に貢献した。「しかし同時に、戴季陶は批判・対決・提携・連合などさまざまな日本観を持ち、より良い対日関係を模索しながらも、結局はすべてが徒労に終わり、日本に対して幻滅感を抱かざるをえなかった。それ以後、日中関係が悪化する一方で、彼の対日政策は国民に理解されず、最大のジレンマに陥った戴は、対日外交と中国政治の第一線から理性的に身を引いた。」中国随一の知日家であり国民政府の要人でありながら、日本の中国侵略を防げなかったために抱いた無力感と失望感。「総じていえば、日本という存在は戴季陶の「立身出世」を促したが、他方で、日本の中国侵略は彼の政治生命を滅ぼしたのである。」(248~249ページ)

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