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2011年9月22日 (木)

時刻表で時間旅行に出かける本

 どうにも気分が滅入って、すべてをかなぐり捨ててどこか遠くへパーッと飛び出してしまいたいと思ったとき、実際にはそうもいかないから、時刻表を眺めて擬似逃亡旅行に思いを馳せることが時々ある。まあ、そんなことはともかく、時刻表は出版物である。日本初の時刻表は1894年に福沢諭吉門下の手塚猛昌という人が発行した『汽車汽船旅行案内』(庚寅新誌社)らしいが、それ以来、日本の鉄道運行の状況は紙媒体で記録され続けてきているというわけである。鉄道は当然ながら空間的移動の手段であるが、残された古い時刻表を紐解けば、タイムトリップもまたできるという次第。

 古い時刻表をみつけてパラパラめくったりすると、これがまた実に楽しい。自分の幼い頃のものであれば思い出のいくつかも記憶の奥底から手繰り寄せられるし、生まれる以前のものであれば、路線図を見てこんなところにも昔は列車が走っていたんだという驚きもある。ダイヤ改正が過ぎればもう用済みなのだから、普通は古い時刻表などいちいちとってはおかない。もったいないとは思っても、そんな束を保管するスペース、普通はない。ましてや今やネット検索で済む時代なのだし。だが、そんな邪魔者の時刻表も丹念に集めてくれている殊勝な御仁も世の中にはいる。マニアが古時刻表の読みどころをピックアップしてくれると、お手頃なタイムトラベルのようで面白い。

 時刻表というとすぐ思い浮かべるのは宮脇俊三『時刻表昭和史』(増補版、角川文庫、2001年)。時刻表をもとに昭和初期の鉄道風景を描写しつつ、若き日の著者自身の回想録ともなっている名著である。余談だが、この本を読んで俊三の父親が宮脇長吉であることを初めて知った。長吉の兄は政友会の大物政治家・三土忠造で、長吉自身も政友会から代議士となった。彼は陸軍軍人出身だがリベラルな考え方の持ち主で、国家総動員法の趣旨説明をしていた陸軍の佐藤賢了が議場で「黙れ!」と怒鳴った事件があったが、これは旧知の長吉に向けられたものだったらしい。

 所澤秀樹『時刻表タイムトラベル』(ちくま新書、2011年)は、それこそ昔の時刻表を手掛かりに在りし日の鉄道の長旅を体験してみようという趣旨。色々な薀蓄がつぎ込まれているが、食堂車にまつわる話題、とりわけ車内食の値段の変遷など興味を引く。曽田英夫『幻の時刻表』(光文社新書、2005年)は路線と沿線光景の記述が詳しい。

 この2冊とも古時刻表を眺めながら注目するのは、戦前・戦中の日本の時刻表の意外な「国際性」である。つまり、当時は植民地とされていた台湾・朝鮮半島、満州国、日本軍占領下の中華民国などにまで時刻表が網羅する範囲が広がっており、さらにはシベリア鉄道経由でヨーロッパへ行く経路もきちんと掲載されている(こうした「国際性」は無論、日本の大陸侵略という歴史的事情によるものであるが…)。

 それでは、一挙に日本という枠を超えて世界レベルで時刻表を見てみたいと思ったら、曽我誉旨生『時刻表世界史──時代を読み解く陸海空143路線』(社会評論社、2008年)という本がある。実はこの本を編集された濱崎誉史朗さんとお会いした際にいただいた本なのだが、だから宣伝するというのではなく、なかなか面白いと思ったので取り上げる次第。著者は稀代の時刻表収集マニアで、世界中の時刻表が図版としてふんだんに収録されている。上掲2冊が時刻表をネタにした紀行文的な読み物とするなら、こちらは世界の時刻表を通して見えてくる薀蓄がデータベース的に並べられている感じだ。視点のとり方によっては歴史的・国際関係的脈絡も読み取れる。手元に置いて折に触れて読み進めるといいだろう。

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