田原牧『中東民衆革命の真実──エジプト現地レポート』、臼杵陽『アラブ革命の衝撃──世界でいま何が起きているのか』、酒井啓子編『〈アラブ大変動〉を読む──民衆革命のゆくえ』
チュニジア、エジプト、そしてリビアでも事実上政権が崩壊し、さらにシリア、イエメン、バハレーンなど周辺国にも波及した中東民衆革命の動向をどのように捉えたらよいのか、関心はあっても日頃馴染みがない地域だけに判断が難しい。ひと頃は民主化ドミノ、フェイスブック革命といった点が注目されたが、そういった表面的な見方がどこまで通用するのか心もとないと感じながら、現地を熟知している専門家による本を何冊か手に取った。
田原牧『中東民衆革命の真実──エジプト現地レポート』(集英社新書、2011年)はエジプト民衆革命の結集点となったカイロのタハリール広場に潜り込んだジャーナリストの見聞の記録。旧世代の冷ややかな反応の一方、若者を中心に様々な人々が集まって一つにまとまった秩序が現れているのを見て「タハリール共和国」と呼び、新しい何かへの希望を見いだそうとする眼差しは、新左翼シンパ的なメンタリティーの著者に独特なものだろうか。
臼杵陽『アラブ革命の衝撃──世界でいま何が起きているのか』(青土社、2011年)のタイトルは時事解説的なものを予想させるが、実際の内容は中東の歴史的背景の概説である。「中東」概念の再検討、ヨーロッパによる植民地化体験の影響、アラブ・ナショナリズムの重層性、アラブ・イスラエル紛争が中東全体の情勢に与えた影響、イスラームにおいて「民主主義」はどのように把握されるか、民族・宗教紛争などのテーマを軸としている。人によっては羊頭狗肉の印象を受けるかもしれないが、現在進行中の出来事に底流する大きな流れを見据えるにはやはり歴史的背景をしっかりおさえておかねばならず、そうした面での理解を得るのに適切なレベルの入門書になっている。
酒井啓子編『〈アラブ大変動〉を読む──民衆革命のゆくえ』(東京外国語大学出版会、2011年)は中東における民衆革命の進展を踏まえて急遽開催された公開ワークショップの成果を基にした論集であり、冷静で着実な視点による論考が並んでいて勉強になる。関心を持った指摘をメモしておくと、
・現実問題として政治は権力関係の再編によって動くものであり、一般市民の抗議だけで動くわけではない。エジプトの場合、市民の抗議活動ではなく国軍がムバーラクを見限ったから政変が起こった。ただし、一般市民の「自分たちがムバーラクを退陣に追い込んだのだ」という思いそのものは彼ら自身の主体性確立、すなわちエンパワーメントという面で重要(松永泰行「エジプト政変をどう考えるか──比較政治の視座から)。
・従来は、逆らったら酷い目に遭わされるという恐怖感によって独裁政権は存続していたが、チュニジアのジャスミン革命以降、こうした恐怖心を克服できたことが政治的大変動を生んだ最大の原因ではないか。それから、民主化できないなどの問題点すべてをイスラームという要因に帰してしまう視点の誤謬(飯塚正人「イスラームと民主主義を考える」)。
・チュニジアやエジプトでデモの人々は治安警察には敵対したが、国軍には逆に信頼感→国軍を「自分たちのもの」と考える意識→この「自分たち」意識に着目してネイション(国民)形成のあり方の違いによって国ごとの事情を捉え返す視点(黒木英充「アラブ革命の歴史的背景とレバノン・シリア」)。
・エジプト革命の成功は、政権をひっくり返しすぎなかったから。つまり、大統領だけ退陣させて、国軍などそれ以外の部分は残して事態を収拾させたのは反体制運動側のうまさ(酒井啓子「エジプトの「成功」とリビアの「ジレンマ」──自力の政権交代パターンはアラブ社会に定着するか」)。
・ヨルダンのハーシム王家は首相に責任を擦り付けて交替させることで国民の不満が噴出しないよううまくガス抜き調整をしている(錦田愛子「ヨルダン・ハーシム王国におけるアラブ大変動の影響」)。
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