デイヴィッド・レムニック『レーニンの墓──ソ連帝国最期の日々』
デイヴィッド・レムニック(三浦元博訳)『レーニンの墓──ソ連帝国最期の日々』(上下、白水社、2011年)
著者が『ワシントン・ポスト』のモスクワ特派員として派遣されていた1988年以降、1991年にソ連が崩壊するまでの取材をもとにしたノンフィクション。前半はスターリズム体制をロシア人がどのように受け止めているかがテーマとなっている。過去の“記憶”を何とか掘り起こそうとするかつて弾圧・粛清された人々及びその遺族たちの肉声を聞き取る一方、スターリンを誇らしげに賞揚する保守派の人々からも話も聞く。スターリン側近の最後の生き残りカガノヴィッチには執拗にも取材を試みたものの、頑なな拒絶に結局失敗してしまったが(彼は1991年7月に死去)。ペレストロイカの進行に伴い権力闘争は激化、いくつかの政治的事件を経ながら1991年8月の共産党保守派による無様なクーデター未遂、そして“帝国”の崩壊へと事態は収斂していく(なお、本書ではクーデター未遂の記述は保守派、ゴルバチョフ側、エリツィン側それぞれをトータルで俯瞰する構成になっているが、この辺りの類書としては当時ソ連に駐在していた外交官の佐藤優『自壊する帝国』(新潮社)がブルブリスとエリツィンのラインを中心にじかに見聞したことを書きとめており興味深かった覚えがある)。
登場人物も話題も多岐にわたるが、ソ連が終焉へと向かう重層的なプロセスが多彩な人物群像を通して描き出されており、読み応えはあった。原書の刊行は1993年で、翌94年にはピュリッツァー賞を受賞。ソ連崩壊の記憶がまだ生々しい時期であれば興味を寄せる日本の読者もさらに多かったろうに(私自身も高校生の頃で新聞の国際欄を毎日丹念に読んでおり、とりわけクーデター未遂前後の部分では久しぶりに見かけて妙に“懐かしさ”を覚えた人名がいくつも出てきた)、邦訳刊行まで18年もかかったのはどうしたわけだろう。
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