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2011年9月

2011年9月25日 (日)

デイヴィッド・レムニック『レーニンの墓──ソ連帝国最期の日々』

デイヴィッド・レムニック(三浦元博訳)『レーニンの墓──ソ連帝国最期の日々』(上下、白水社、2011年)

 著者が『ワシントン・ポスト』のモスクワ特派員として派遣されていた1988年以降、1991年にソ連が崩壊するまでの取材をもとにしたノンフィクション。前半はスターリズム体制をロシア人がどのように受け止めているかがテーマとなっている。過去の“記憶”を何とか掘り起こそうとするかつて弾圧・粛清された人々及びその遺族たちの肉声を聞き取る一方、スターリンを誇らしげに賞揚する保守派の人々からも話も聞く。スターリン側近の最後の生き残りカガノヴィッチには執拗にも取材を試みたものの、頑なな拒絶に結局失敗してしまったが(彼は1991年7月に死去)。ペレストロイカの進行に伴い権力闘争は激化、いくつかの政治的事件を経ながら1991年8月の共産党保守派による無様なクーデター未遂、そして“帝国”の崩壊へと事態は収斂していく(なお、本書ではクーデター未遂の記述は保守派、ゴルバチョフ側、エリツィン側それぞれをトータルで俯瞰する構成になっているが、この辺りの類書としては当時ソ連に駐在していた外交官の佐藤優『自壊する帝国』(新潮社)がブルブリスとエリツィンのラインを中心にじかに見聞したことを書きとめており興味深かった覚えがある)。

 登場人物も話題も多岐にわたるが、ソ連が終焉へと向かう重層的なプロセスが多彩な人物群像を通して描き出されており、読み応えはあった。原書の刊行は1993年で、翌94年にはピュリッツァー賞を受賞。ソ連崩壊の記憶がまだ生々しい時期であれば興味を寄せる日本の読者もさらに多かったろうに(私自身も高校生の頃で新聞の国際欄を毎日丹念に読んでおり、とりわけクーデター未遂前後の部分では久しぶりに見かけて妙に“懐かしさ”を覚えた人名がいくつも出てきた)、邦訳刊行まで18年もかかったのはどうしたわけだろう。

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2011年9月24日 (土)

ウルリッヒ・ベック『〈私〉だけの神──平和と暴力のはざまにある宗教』

ウルリッヒ・ベック(鈴木直訳)『〈私〉だけの神──平和と暴力のはざまにある宗教』(岩波書店、2011年)

・近代社会を特徴付ける啓蒙主義や科学技術の合理性は世俗化を推し進め(ヴェーバーの表現を使うなら〈脱魔術化〉)、宗教が人々を捉える力は弱まったと考えられてきた。ところが、そうした想定とは異なり、現代社会においてはむしろ宗教回帰やスピリチュアルなものへの渇望が表面化しつつあるのはどうしてなのか? 宗教が世俗的な力を失っていくことは宗教性が力を得ていく理由になるというパラドックスに対して、本書は個人化、再帰的近代化、コスモポリタン化といったベック独特のキーワードを通して現代社会における宗教現象を捉えなおすための理論的視座を提示しようとする。

・世俗化のパラドックス:勝利したのは、ひとつは科学の世俗的合理性であり、もう一つは政治支配の現世的自己規定だった。両者は近代化の二つの主要アクターともいうべきもので、迷信の魔力と教皇による権力僭称から自らを解き放った。…しかし、キリスト教もまた迷信から、また支配の正当化という重荷から解放されたのではないか。すなわち、宗教と科学の分離および宗教と国家の分離が、宗教の解放に役立ったのではないか。宗教はこれによって、もともと果たし得ない任務の雑用から解き放たれたのではないか。そして自らの本来の仕事、すなわちスピリチュアルなものに専念できるようになったのではないか。…第一に、合理的認識や知識についての説明責任を科学ないし国家に押し付けることができた。第二に、宗教はこのようにして宗教以外の何ものでもないものになることを強いられた。…言い換えると、宗教が世俗化を強いられたことが、二十一世紀における宗教性とスピリチュアリティの再活性化の基礎になった。(38~40ページ)
・世俗化理論は、近代化が進めば進むほど宗教は退いていくと主張する。他方、宗教の個人化のテーゼは、逆の関係を想定する。すなわち近代化が進んでも宗教は消滅することなく、その相貌を変化させるに過ぎない、と。確かに実存主義的な問いにおいては、教父たちの権威が失われ、同様に組織された宗教共同体へのつながりは緩んでいく。しかしだからといって、それを別の想定と同一視して、宗教的経験や宗教的問いが個人に果たす役割はひたすら低下していくと思い込んではならない。(58ページ)

・「再帰的近代化」によるアプローチ:この立場から見れば、宗教社会学が分析すべき主たる課題は、宗教が人間の彼岸と此岸における魂の救済を主題化し、巨大なファンタジーを動員することによって、いかに個人と社会を根底から変えていきうるかを発見することだ。そのファンタジーは、人々の間の、また諸文化の間の境界線を撤廃し、同時に新しい境界線を作り出していく。そしてそれによって、寛容と暴力に間を揺れ動く宗教の根源的な葛藤が中心におどりでてくることになる。(80ページ)
・宗教の基本的特性:第一に、世界宗教は社会的ヒエラルヒーを乗り越え、またネイションの、あるいはエスニシティの間を隔てる境界線を乗り越える。第二に、宗教にそれができるのは、宗教が宗教的普遍主義をもたらすからだ。この普遍主義の前ではあらゆるナショナルな、社会的な垣根は意味を失う。ただし第三に、そこからエスニックな、ナショナルな、階級的な垣根に代わって、正しい信仰を持つ者と、誤った信仰を持つ者との間にバリケードが築かれる危険が生ずる。(80~81ページ)
・「コスモポリタン化」とは、言い換えれば、市場、国家、文明、文化、そして何よりも様々な民族の生活世界と宗教を隔ててきた明確な境界線が侵食され、同時にそこから異質な他社との意図せざる衝突が世界規模で発生してくる状態をいう。…コスモポリタン化はナショナルなもの、ローカルなもの、さらには自分の人生行路やアイデンティティの「内側で」生じる。グローバル化が前提としているのは世界の「玉ねぎモデル」、つまりローカルなものとナショナルなものが内側にあり、その周りをインターナショナルなものとグローバルなものが外皮として覆っているというモデルだ。これに対してコスモポリタン化のコンセプトは、グローバルとローカル、ナショナルとインターナショナルといった二元論を廃し、両者を経験的に分析可能な新たな形態へと溶かし込むところにある。言い換えればコスモポリタン化とは、(世界)宗教が成立当初から備えていた特徴である境界の混合、乗り越え、引き直しの特殊なあり方を捉えたものだ。…コスモポリタン化の原則は主題ごとの特殊性に合わせて──社会的、政治的行為のあらゆる水準と領域における特殊な境界線ごとに──発見され、適用されていくべきものだ。(102~104ページ)
・世界リスク社会とは、文化的他者の排除不可能性の別名にほかならない。この表現にこめられているのは現在の世界の密度であり、そこでは万人が万人とともに、あてがわれた隣人関係という新たな直接性の中で生きていいかざるを得ない。(124ページ)
・宗教の個人化とコスモポリタン化は、成育過程を介しての宗教的信仰の世襲とは縁を切る。また宗教的権威の領土的排他性を信じる正統信仰とも縁を切る。総じていえば、宗教の個人化とコスモポリタン化は集団的グローバル状況がはらむパラドックスを、すなわち各個人が様々な宗教的選択肢と成育過程での経験を交換し合い、競い合い、選び直しながら、同時に彼ら「自身」の宗教的真正さを作り出し、保持しなければならないというパラドックスを生み出す。(133ページ)

・制度化された個人化においては、各個人は自分自身の人生や、伝記的、社会的アイデンティティを作り上げていくために、あらかじめ決められた手本に頼ることはできない。その意味で、それは反省的な個人化なのだ。各個人は伝記的な物語を創造し、たえず自らの自己定義を修正していく能力を伸ばしていかねばならない。またその際、彼らは自らの決定を正当化するための抽象的原理を作り出していかねばならない。…個人化とグローバル化のプロセスの中で、個人のアイデンティティはたえず伝統から切り離され、生命力を失っていく。したがって、いずれの個人も、新しい思いつきで自分のアイデンティティを組み立てていく「プラモデル愛好家」か「日曜大工」に変身するように運命づけられている。自分自身の生は「数ある世界のうちの一つの世界」となり、そこでは何が起きても不思議ではなく、すべてのことは次から次へと手早く決定されねばならない。世界リスク社会に生きる個人には、自分自身に対して十分に反省的距離をとる可能性は失われている。彼らはもはや直線的で物語的な伝記を構成することはできない。離婚と、失業と、絶えざる自己宣伝と、変化に即応できる起業家魂の間で危ういバランスをとっている。彼らは自らを創造する芸術家ではなく、自らをとりつくろう修理屋に過ぎない。…その場その場の目的ごとに他者との連携を即興的に作り上げ、組み合わせ、構築していく。すべては、いつ破綻しても不思議ではない。…かつては省察(リフレクション)が可能であったかもしれない場所で、反射行動(リフレックス)を余儀なくさせているのは、こすいた新たな直接性、すなわち「直接性の文化」にほかならない。すべてのものが距離を失い、身近に迫っているために、遅滞なく、素早く、即座に防御し、排除し、阻止しなければならない。非常事態は陳腐な仕方で日常と化した。そこにあるのは完全に標準的なカオスであり、個人化された存在の標準的な混乱だ。…個人化とコスモポリタン化がもたらす結果は私的領域には限定し得ない。…信仰サークルとグローバル化した宗教運動の排他的な多元化と個人化はその一例であり、グローバル化した宗教運動は教会、セクト、個人的神秘主義、スピリチュアリティの境界線を取り払い、新たな結合と境界線の引き直しを不可避なものにしている。(184~186ページ)

・一方で、宗教的世界紛争の暴力的ポテンシャルを文明化するには、各世界宗教は自分自身を文明化する必要がある。しかし他方で、各世界宗教はいたるところで隣人関係を迫られることによって、自らの信仰の核心部分を明確にし、それを他から区別し、ドグマ化せざるを得なくなり、それによって宗教的な他者を同じものと認めるか、異なる者と認めるかが公言される。(206ページ)
・「自分自身の神」について語り得るための前提は、ラディカル化した宗教的自由が存在していることだ。「自分自身の」神は伝統によってあてがわれた神ではない。…自分自身の神は選択可能な個人的神であり、自分自身の生活という親密な空間の中で確固とした場所を占め、明確な声を発する神だ。こうした神の個人化は、すべてを包摂する唯一の「あれか、これか」の宗教体系に沿って人間を統一的に分類できるという基本想定とは、きっぱりと縁を切る。(208ページ)
・コスモポリタン化が生じるのは、新旧のグローバルな宗教や宗教運動がそれまでの境界線を越えてまったく異なるコンテクストに関連を持つようになったときだ。その中でそれらは、あるいは伝統となり、あるいは新たな生命力を獲得し、互いに競合し合い、統合し合い、既得権をめぐって争い、それぞれが相手の合法性や正統性を論駁し合う。つまりコスモポリタン化とは、世界宗教のマクロコスモスがネイションや地域といったミクロコスモスの中で屈折、反射する様式を意味している。その意味で近代化は──世俗化をもたらすとはいえないまでも──宗教的多様性が様々な、ナショナルなコンテクストの中で内的コスモポリタン化を経験していくという葛藤に満ちたプロセスをもたらす。…宗教的他者は、現在ではほとんどすべての人間の意識の中に存在する。それは必ずしも敵としてではなく、むしろ別の選択肢として存在している。それは宗教的なものについての別の選択肢であるのみならず、世界と人生を捉え、形成していく方法や様式の面での別の選択肢なのだ。(226~227ページ)

・現在の宗教的原理主義は、原初的な原理主義ではない。それは近代の、一部は再帰的近代化の産物としての原理主義であり、コスモポリタン化(マスメディア、インターネット、西洋市民社会のもろさ)を魚が水を求めるように利用することができる。→4つの特徴:①
疑問の余地なき確実性の回復、②自己自身の信仰確信と完全なる神との直接性、③信仰を持たざる者、異にする者の悪魔化、④トランスナショナルなネットワークとオペレーション。(254~255ページ)
・「寛容の普遍主義」がなければ、宗教的コスモポリタニズムは万人のための、すなわち信仰を持たない者、異にする者すべてのための勝手気ままな宗教へと転落してしまう危険がある。(266ページ)→真理の代わりに平和を

・19世紀中部ヨーロッパで、宗教の近代化は宗教のナショナル化を意味していた:宗教のナショナル化が外に向かうとき、異国のキリスト教徒は同じキリスト教徒としての同胞のイメージから、ネイションを異にする敵のイメージへと置き換わる。これによって、この敵が同じキリスト教徒であることは無意味になる。それが内に向かうときには宗教的他者の排除、いや殲滅という形で、神をネイションに奉仕させるようになる。…ナショナルな対立を「自然なもの」とする見方を、ネイションや宗教を異にする他者への不寛容を「自然なもの」とする見方へと転移。…このようにして神を引き合いに出すことで、本質主義化が賞揚され、それによって不寛容を、そしてそこから生じる暴力を「必要なこと」ないしは容認できることのように思わせる。なぜなら宗教もネイションと同じように現実に即して敵のイメージを作り上げていくからだ。(274~275ページ)

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冨田浩司『危機の指導者 チャーチル』

 チャーチルの人生は紆余曲折が目まぐるしく、彼に対する好悪は別として、エピソードのつなげ方、描き方によっては読み応えのあるものに仕立て上げる素材として十分な魅力がある。彼については日本でも一定数の本が出ている。中でも代表的なものを挙げるとしたら河合秀和『チャーチル──イギリス現代史を転換させた一人の政治家』(増補版、中公新書、1998年)がバランスのとれた評伝である。

 もちろんイギリスではそれこそ汗牛充棟という表現がふさわしいはずだ。私自身はチャーチルに対して特別な関心はないが、最近たまたま読んだPaul Johnson, Churchill(Viking, 2009→こちら)は、逼塞していた時期から第二次世界大戦で強力な指導者として表舞台に駆け上がる流れの描写がドラマチックでなかなか面白かった覚えがある。つい先日、惜しくもお亡くなりになった名翻訳家の山岡洋一氏がこの本の翻訳に取り掛かろうとしていたと仄聞する。危機におけるリーダーシップのあり方というテーマを打ち出したかったらしい。

 東日本大震災、原発事故という未曾有の事態に直面しているにもかかわらず政治が機能不全に陥っている状況を目の当たりにして、リーダーシップ論への関心が高くなっている。冨田浩司『危機の指導者 チャーチル』(新潮選書、2011年)はタイトルが示すとおり、チャーチルの生涯をたどる中からリーダーシップの条件を考察する構成になっている。著者は現役外交官で、多忙な業務のかたわら「日曜研究家」として本書を書き上げたと謙遜するが、筆致はしっかりしていて興味深く読んだ。

 第二次世界大戦の開戦後、1940年5月の「ノルウェー討議」」をめぐるエピソードが興味深い。首相ネヴィル・チェンバレンに対しては与党・保守党内でも不満がくすぶっていて造反が見込まれ、野党・労働党は彼を拒絶して大連立の目算は立たず、かつて第一次世界大戦でイギリスを率いた自由党のロイド=ジョージは「早く辞めたまえ」という趣旨の演説をしたり…似たような光景をつい最近見たばかりだなあ、と妙な既視感も覚えるが、それはともかく。チェンバレンは辞任したが、イギリスでは首相は国王の任命による。チェンバレンの後任にはハリファックス外相が想定されていたが、彼は辞退した。国王ジョージ6世はチェンバレンの助言も受けてチャーチルを後任に指名する。国家存亡の危機において、最もふさわしい指導者を選び出す能力が当時のイギリスにはあったと本書では評価される。イギリスは、権力の濫用に対して様々な形で歯止めをかけつつ、政治は人が行うということを正面から受け止めた仕組みを持っており、その点では「人治」の国であるという指摘は本書独特の視点であろうか。

 他方、戦争が終わった後、保守党は総選挙で敗北した。チャーチルは「労働党政権になったら統制が強まる、「ゲシュタポ」的手法で自由が抑圧される」という趣旨のネガティヴ・キャンペーンをやったらしいが、彼の目論みは完全に外れた。国家が社会経済に介入する戦時体制において、それは総力戦のための動員であった一方、一般の多くの人々は安定的な職に就くことができるようになっていた。チャーチルの張った論陣は、「自由」の擁護を建前としながらも、戦前の階級社会に戻す口実に過ぎないとしか一般には受け止められなかったらしい。戦争は終わっても戦前には戻りたくない、そうした世論の動向を読み誤っていた。非常時のリーダーと平時のリーダー、その使い分けという国民的知恵であったと言えるのかもしれない。

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2011年9月22日 (木)

『リスク化する日本社会──ウルリッヒ・ベックとの対話』

ウルリッヒ・ベック、鈴木宗徳、伊藤美登里編『リスク化する日本社会──ウルリッヒ・ベックとの対話』(岩波書店、2011年)

・リスク社会論で著名なドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックが初来日して行われたシンポジウムの成果。ヨーロッパ中心の視点ではなく、日本さらには東アジアを舞台とした多元的近代化という見通しを意識しながら、個人化、第二の近代、コスモポリタン化といったキーワードによってベックの提示した議論枠組みに対して日本や韓国の研究者が検討を加えていく構成。以下にはベックの示した論点についてメモ書き。

「個人化の多様性」
・第二の近代の仮説→ポストモダンではなく、第一の近代の徹底化の副作用の帰結として理解。これらの展開は、それが一緒に作用することで、われわれがそもそもまったく心構えができていないような状況を作り出す。(17ページ)…近代の諸原理(例えば、市場経済、個人化)のグローバルな勝利と、産業主義的近代の意図せざる副次的諸帰結(気候変動、グローバルな金融危機)とのおかげで、第一の近代における基本的は社会的諸制度は、社会にとっても個人にとっても効果がないか、あるいは機能障害をおこすようになった。(19ページ)→※前期近代と後期近代とに分けて把握するアンソニー・ギデンズ、ソリッド・モダニティとリキッド・モダニティとに分けて把握するジグムント・バウマンと同様の捉え方。
・個人化のテーゼ:①脱伝統化、②個人の制度化された解き放ちと再埋め込み、③「自分の人生」を追求せよとの強制と純粋な個人性の欠如、④システムによるリスクの内面化→理論的にはネオリベラリズムの対立命題、社会科学的には文化的な民主主義、福祉国家、古典的個人主義という諸条件の下にあるものとして、個人化過程を定義。
・第一の近代において家族は国民社会の単位。家族は第一の近代において診断されたような機能喪失ではなく、機能拡大に直面している。つまり、機能の過剰負担が際立っており、企業の社会保障機能さえも今や家族へと移されている。女性の社会進出によって家父長的なヒエラルキーは動揺→脱家族化と再家族化が同時に生じるパラドックス。→家族が安全の源泉からリスクの源泉へと変化する。家族生活は、かつては、嵐や危機によって振り回される冷たい資本主義世界における避難所であったが、今やその正反対のもの、リスクに満ちた冒険となった。結婚し、家族を形成し、子をもうけるという決定は、個人化の圧力下にある女性および男性にとって計算困難なリスクとなった。…家族は、その成員の社会保障と国民社会の再生産を同時に行う制度であったが、いずれにしてもすでに個人化によるストレスを受けている個人に、さらなる経済的および社会的リスクを負わせる制度へと機能転化した。(30~31ページ)

「リスク社会における家族と社会保障」
・「個人化」とは、人間のアイデンティティがもはや「所与」ではなく「任務」となり、その結果、この任務を成功裏に遂行するかどうか、どのような副作用を伴うかについて、行為者自身に責任が課せられるということである。さらに言い換えれば、諸個人が自分のアイデンティティ、生活史、恋愛関係・生活関係・雇用関係の「日曜大工」となり、(良い意味でも悪い意味でも)自分の生活の状態が自分に帰責される(しかも集団的な危機やシステム上の危機が問題の場合であってさえ)ということである。つまり、個人化とは法的主体としての自律を打ち立てることであって、事実上の自律はまったく含んでいない。もはや人間は自分のアイデンティティのなかへ「産み込まれる」のではない。…人は自分がそうであるところのものにならなければならない(しかも自分の決断で)、というのが原理なのである。これが個人化を──少なくともヨーロッパの近代化における──(第二の)近代の鍵概念にせしめている。再帰的近代化の過程は、この個人化の力学(もしくは近代化の力学──両者は同一のものの二つの側面である)を、階級、家族、ジェンダー役割、さらにネーション、エスニシティ、宗教といった集合的形態に対抗し、徹底化させる。しかもこれは、一部の社会的行為領域──親密性、愛、家族の私的領域など──だけでなく、社会全体──つまり例えば経済、政党、労働組合、教会など──についてもあてはまるのである。(79~80ページ)
・「個人化」は「個性化」とは違う→あくまで特定の社会的類型やモデルへと行動を規格化し、それらを適用せしめるという、能動的な順応主義をも意味するのである。未知の規範の模倣、内面化、適応であって、人々は意味ある他者による承認をめぐって格闘し、けっして「歩調を乱そう」とはしない。(80ページ)
・第一の近代における個人の「解き放ち」「脱伝統化」「脱埋め込み」という意味での個人化にはいつも「再埋め込み」のための「床」に不足しなかった。ところが、第二の近代では、解き放たれた個人を再び「埋め込む」「床」はもはや存在しない。あったとしても、持続的ではなく短期的なものにすぎず、入れ替わりやすく、自分の活動と決断に依存したものである。「フレキシブルであれ!」(81ページ)
・第二の近代においては、個人化は運命であり、選択できるものではない!…その結果、男性も女性も、問題、欲求不満、拒否、懐疑、絶望を、もはや他者に押し付けることができない。しかも、彼らは、自分がそうであり、他ではない(他とはならなかった)ところのもの全てに対して、自身で責任をもたなければならない。かくして、どのように生きるかは「かのように」となる──自分の人生を、耐えきれないほど困難なものにする何かについて、自分の責任であるかのように〔振舞わなければならない〕。どのように生きるかは、システムの矛盾に対して生活史によって答えを与えるということになる。(82ページ)
・以上はあくまでもヨーロッパ・モデルであって普遍化できない。東アジアの「圧縮された」近代化においては、第一の近代の発展と第二の近代への移行はほぼ同時に行われた。

「第2の近代の多様性とコスモポリタン的構想」
・方法的ナショナリズムで社会的不平等性をめぐる配置図を書き直す→ナショナルな境界は、政治的に関連する不平等と無関係なそれとを鋭く区別する。ナショナルな社会内部での不平等は、その認知において途方もなく誇張されるが、同時に、ナショナルな社会間の不平等は消え去っていく。グローバルな不平等の「正統化」は、制度化された「別の見方をすること」に基礎づけられているのである。ナショナルなまなざしは、世界の悲惨を見つめることから「解放」されている。それは二重の排除という方法によって作動している。すなわち、それは排除されたものを排除するのだ。(153ページ)→これが社会科学において正統化されているという問題意識→※ジグムント・バウマン『廃棄された生』と同様の論点。
・リスクとはカタストロフィーについての予想をめぐること。通常、われわれがリスクを眺めるときには、そこには計測の問題があり、計算されるべき不確実性があるが、社会学的観点からみて驚くべき事実は、グローバルなカタストロフィーに対する予想は、われわれが未来を知らない場合でも、世界を変化させつつあることだ。予想とは舞台化を意味し、つまり社会的構築を意味する。それは世論形成において、メディアがリスク・プロジェクトの翻訳と説明にかかわるようにうながす。(155ページ)→リスクの予想はあらゆる種類の巨大な動員力となる。
・コスモポリタニズムの規範とコスモポリタン化の事実という区別の必要。前者は道徳的・倫理的規範であり、後者は経験的かつ理論的な社会科学の論点。コスモポリタン社会学の構想。
・コスモポリタニズムなきコスモポリタン化、個人主義なき個人化。コスモポリタン化と個人化という概念を結びつけて第二の近代を見通していく視点。

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時刻表で時間旅行に出かける本

 どうにも気分が滅入って、すべてをかなぐり捨ててどこか遠くへパーッと飛び出してしまいたいと思ったとき、実際にはそうもいかないから、時刻表を眺めて擬似逃亡旅行に思いを馳せることが時々ある。まあ、そんなことはともかく、時刻表は出版物である。日本初の時刻表は1894年に福沢諭吉門下の手塚猛昌という人が発行した『汽車汽船旅行案内』(庚寅新誌社)らしいが、それ以来、日本の鉄道運行の状況は紙媒体で記録され続けてきているというわけである。鉄道は当然ながら空間的移動の手段であるが、残された古い時刻表を紐解けば、タイムトリップもまたできるという次第。

 古い時刻表をみつけてパラパラめくったりすると、これがまた実に楽しい。自分の幼い頃のものであれば思い出のいくつかも記憶の奥底から手繰り寄せられるし、生まれる以前のものであれば、路線図を見てこんなところにも昔は列車が走っていたんだという驚きもある。ダイヤ改正が過ぎればもう用済みなのだから、普通は古い時刻表などいちいちとってはおかない。もったいないとは思っても、そんな束を保管するスペース、普通はない。ましてや今やネット検索で済む時代なのだし。だが、そんな邪魔者の時刻表も丹念に集めてくれている殊勝な御仁も世の中にはいる。マニアが古時刻表の読みどころをピックアップしてくれると、お手頃なタイムトラベルのようで面白い。

 時刻表というとすぐ思い浮かべるのは宮脇俊三『時刻表昭和史』(増補版、角川文庫、2001年)。時刻表をもとに昭和初期の鉄道風景を描写しつつ、若き日の著者自身の回想録ともなっている名著である。余談だが、この本を読んで俊三の父親が宮脇長吉であることを初めて知った。長吉の兄は政友会の大物政治家・三土忠造で、長吉自身も政友会から代議士となった。彼は陸軍軍人出身だがリベラルな考え方の持ち主で、国家総動員法の趣旨説明をしていた陸軍の佐藤賢了が議場で「黙れ!」と怒鳴った事件があったが、これは旧知の長吉に向けられたものだったらしい。

 所澤秀樹『時刻表タイムトラベル』(ちくま新書、2011年)は、それこそ昔の時刻表を手掛かりに在りし日の鉄道の長旅を体験してみようという趣旨。色々な薀蓄がつぎ込まれているが、食堂車にまつわる話題、とりわけ車内食の値段の変遷など興味を引く。曽田英夫『幻の時刻表』(光文社新書、2005年)は路線と沿線光景の記述が詳しい。

 この2冊とも古時刻表を眺めながら注目するのは、戦前・戦中の日本の時刻表の意外な「国際性」である。つまり、当時は植民地とされていた台湾・朝鮮半島、満州国、日本軍占領下の中華民国などにまで時刻表が網羅する範囲が広がっており、さらにはシベリア鉄道経由でヨーロッパへ行く経路もきちんと掲載されている(こうした「国際性」は無論、日本の大陸侵略という歴史的事情によるものであるが…)。

 それでは、一挙に日本という枠を超えて世界レベルで時刻表を見てみたいと思ったら、曽我誉旨生『時刻表世界史──時代を読み解く陸海空143路線』(社会評論社、2008年)という本がある。実はこの本を編集された濱崎誉史朗さんとお会いした際にいただいた本なのだが、だから宣伝するというのではなく、なかなか面白いと思ったので取り上げる次第。著者は稀代の時刻表収集マニアで、世界中の時刻表が図版としてふんだんに収録されている。上掲2冊が時刻表をネタにした紀行文的な読み物とするなら、こちらは世界の時刻表を通して見えてくる薀蓄がデータベース的に並べられている感じだ。視点のとり方によっては歴史的・国際関係的脈絡も読み取れる。手元に置いて折に触れて読み進めるといいだろう。

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2011年9月19日 (月)

宮本昭三郎『源氏物語に魅せられた男──アーサー・ウェイリー伝』、平川祐弘『アーサー・ウェイリー 『源氏物語』の翻訳者』

 世界最古の長編小説とも言われることもある『源氏物語』。その世界的知名度の高さは、物語そのものの魅力というよりも、イギリスの東洋学者アーサー・ウェイリー(Arthur Waley、1889~1966)による翻訳The Tale of Genjiの英文の巧みさによるところが大きい。翻訳が単に学術的水準の高さにとどまらず、文学としてのクオリティーの高さをも示した格好のケースと言えるだろう。

 1925~1933年にかけて出版されたThe Tale of Genjiは各国語にも翻訳(重訳)され、これを読んで日本研究を志した人も多いばかりか、当時のヨーロッパ文壇にも一定の影響を与えた。ウェイリーは当時のイギリスの進歩的文化サークルとして有名ないわゆる「ブルームズベリー・グループ」(ケインズ、ストレイチー、ラッセルなどがいた)とも交友があり、例えばヴァージニア・ウルフはThe Tale of Genjiを読んでいたく関心をそそられていたらしい。『源氏物語』に現れた登場人物の感情表現は、ウェイリーの近代的な語り口を通すと、中世物語にありがちな単にプロットをたどるだけの物語構成とは異なった心情描写の豊かさが印象付けられ、そこからこの翻訳とほぼ同じ頃に登場したマルセル・プルースト『失われた時を求めて』と同様の心理主義小説に近いと捉える論者もいたようだ。また、ウェイリーは漢詩の翻訳も手がけているが、それは英文詩に独特な新しいリズム感を与えたとも指摘される。ウェイリーには李白、白楽天、袁枚に関する著作もある。フェノロサの研究をもとにエズラ・パウンドが発表した能についての本にもウェイリーは助言したらしい。

 なお、『源氏物語』の英訳はウェイリーが最初ではなく、イギリス留学中の末松謙澄によって1882年の時点で出されている。ただし、ヴィクトリア朝期の男女交際に厳しい倫理的気風を慮ってか、「淫ら」とみなされかねない箇所は大きく改変され、読んでもつまらない代物だったらしい。また、明治期日本のお雇い外国人の一人で日本研究の先駆者とされるバジル・ホール・チェンバレンは『源氏物語』などくだらないとこき下ろしていた。ウェイリー訳『源氏物語』はこうした低評価を一挙に覆すことになる。正宗白鳥などは「『源氏物語』を古文で読んでも面白くなかったが、ウェイリーの英訳を読んではじめて面白いと思った」と述懐している。ただし、欧米での日本研究がまだ深まっていなかった時代のことであり、誤訳があるのは仕方ない(ちなみに、ウェイリーは日本・中国へは一度も訪れたことがない)。戦後の『源氏物語』英訳ではエドワード・サイデンステッカーのものが有名だろう。

 ウェイリーは1889年、ロンドンのユダヤ系商人の家に生まれた。ラグビー校からケンブリッジ大学へと典型的なエリートコースを歩むが、大学卒業時には健康問題等で思うような進路を選べず、紆余曲折を経た上で大英博物館の学芸員となる。新設の東洋版画部門に配属され、日本語や中国語を集中的に勉強してマスター。翻訳の仕事に専念するため1929年に大英博物館を辞職。『源氏物語』、日本・中国の詩集のほか、『枕草子』(抄訳)、『論語』、『西遊記』(抄訳)などをはじめ多くの作品の翻訳出版を生涯にわたって続けた。

 ウェイリーの生涯をたどるには宮本昭三郎『源氏物語に魅せられた男──アーサー・ウェイリー伝』(新潮選書、1993年)がバランスよくまとまっていて読みやすい。著者自身もロンドンの図書館で晩年のウェイリーに何度か出くわしたことがあるらしい。平川祐弘『アーサー・ウェイリー 『源氏物語』の翻訳者』(白水社、2008年)は比較文学的な知見を存分につぎ込んで論じつくす議論はとても興味深いのだが、ただし「俺の博識すげーだろ!」的な押し付けがましさが鼻について閉口するなあ…。

 ウェイリーの英訳版をさらに日本語に訳しなおした佐復秀樹訳『ウェイリー版源氏物語』(全4巻、平凡社ライブラリー、2008~2009年)も刊行されている。確かにこれはこれなりにリーダブルだ。

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2011年9月18日 (日)

フィリップ・ショート『毛沢東──ある人生』

フィリップ・ショート(山形浩生・守岡桜訳)『毛沢東──ある人生』(上下、白水社、2010年)

 毛沢東をテーマとした書籍はそれこそ汗牛充棟の感があるが、毛沢東礼賛に終始するか、さもなくば彼の失政への批判が中心だったり、私生活の裏面を粗探ししたり(これはこれで面白いんだけど)といったものが多く、本書の訳者あとがきで述べられている通り、確かに彼の生涯をバランスよく概観できる書物は少ないという印象はある。イデオロギー的対立の中心の一人となった人物だから礼賛/批判の両極端な論調は仕方ないのかもしれないし、中国でも毛沢東にとって都合の悪い史料は現段階ではまだ閲覧できないだろうから、生涯の全体像を実際に即して再構成する作業はもうしばらく先のことになるのだろう。

 そうした中にあって本書は著者の外国人ジャーナリストとしての立場から党派性を出さないで時系列に従ってリーダブルに描き出している点では、中国現代史における毛沢東を考える上で一つのたたき台になり得るのかもしれない。毛沢東を主人公とした中国共産党史とも言えるし、それは同時に権力闘争や政敵粛清の歴史でもある。あくまでも政治的人間関係の話題が中心なので、外政・内政にわたる諸論点について他の本で補いながら読む方がいいだろう。

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2011年9月17日 (土)

フランク・ディケーター『毛沢東の大飢饉』

フランク・ディケーター(中川友子訳)『毛沢東の大飢饉』(草思社、2011年)

 著者はオランダ出身の歴史学者でロンドン大学及び香港大学の教授。原書Frank Dikötter, Mao's Great Famine: The History of China's Most Devastating Catastrophe, 1958-62は今年度のサミュエル・ジョンソン賞を受賞した(受賞のニュース記事を見て興味を持ち、すぐアマゾンで注文して取寄せたのだが、読まないうちにこの邦訳が刊行されていた…)。

 1958年、毛沢東の指示で発動されたいわゆる「大躍進政策」の大失敗はよく知られている。これが単に経済政策面での失敗であったばかりでなく、この失敗によってもたらされた惨禍がいかにすさまじいものであったのか、本書は共産党の公文書(档案)館所蔵史料や実際に飢饉を生き延びた人々へのインタビューに基づいて詳細に描き出していく。

 本書では1962年までに拷問・処刑死や餓死者も含めて犠牲者は4,500万人にのぼるであろうと推計され、その大半は農村部の人々であった。共産党の公式見解では外圧や自然災害のせいにされているが、実際には人災としての側面が強い。

 人々の生活上の必要ではなく、国家としての対外的威信やイデオロギー的理由のための手段として経済は位置づけられていた。経済の担い手たる農民や労働者はそのために使い捨てされ、飢餓は一時的なものでやむを得ないとして放置された。一党独裁の中央集権体制を取る中、命令を出す中央は、命令を受ける地方の側の実情をほとんど把握していなかったにもかかわらず、ノルマとしての数字が地方へのプレッシャーとしてのしかかる。こうしたギャップの辻褄合わせをせざるを得なかったところに、地方幹部の恣意的・暴力的な専制がまかり通る素地が現れた。

 毛沢東の判断ミスが幾何級数的に増幅していく。しかも、この場当たり的な政策決定者は圧倒的なカリスマを持ち、政争の生き残りにたくみであった。この悪循環を阻止できなかった意味で単に毛沢東個人の問題というだけでなく、チェックの働かない全体主義的政治システムの機能不全がもたらした惨禍であったと言えよう。ハイエク『隷従への道』で指摘されたトップダウンによる統制経済モデルの矛盾点、それが具体的かつ悲惨な姿をとった醜悪なカリカチュアをまざまざと目の当たりにするようで、この無残な陰鬱さには何とも言葉が出て来ない。

 著者が調査を進める上でどうしても壁にぶつかってしまっていたように、史料公開面での制約は大きいようだ。档案館へのアクセスはいまだに限定的なので、さらに史料が発掘されたら本書の内容以上の驚きが見出されることになるのかもしれない。歴史的事実は事実であって、本書を読んで「これだから中国は…」みたいな話になってくると、それは正しくないと思う。むしろ、歴史的事実をいかにタブーなく教訓として捉え返していけるか、現代中国が考えるべき課題はそうした言論や研究の自由をいかに保証していけるかというところにあるのだろう。

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2011年9月13日 (火)

野嶋剛『ふたつの故宮博物院』

野嶋剛『ふたつの故宮博物院』(新潮選書、2011年)

 質・量ともに世界でも五本の指に入るとされる台北の故宮博物院。ところで、大英博物館やルーヴル美術館など他のメジャー博物館は世界中の文物を収蔵して文字通りの「博物館」であるのに対して(無論、その背景には帝国主義という後ろ暗い歴史があるわけだが…)、故宮博物院は「中華文化」の文物のみを集めた単一文化的性格を持っているところに際立った特徴がある。故宮博物院の収蔵品を手元に確保しておくことは、とりもなおさず中華文明の正統的後継者であるというシンボルを帯びる。だからこそ蒋介石は中華民国の正統性を主張するためわざわざ台湾まで持ち運んできたわけであり、そうした事情から台北と北京、「ふたつの故宮博物院」が存在する政治的意味合いは周知のことだろう。

 清末・民国の混乱期における文物流出は中国の人々にとって屈辱の歴史であり、近年、経済的実力をつけてきた自信からオークション等で買い戻そうとする姿には屈辱回復としてのナショナリズムが垣間見える。日中戦争に翻弄される形で大陸各地を転々とし、その果てに海を渡っていった流浪の旅。ようやく一息ついた台湾では海峡両岸対峙という趨勢の中、国民党政権によって政治的シンボルとして位置付けられた。他方、民進党など台湾土着派によるアジア文化博物館として位置付けなおそうという主張には故宮博物院の「非中華化」→台湾の非中国化というまた別のコンテクストにおけるアイデンティティ・ポリティクスが作用していたことが見て取れる。

 故宮博物院という鏡は「中国」における政治的アイデンティティの葛藤をまざまざと浮き彫りにする。本書はそうした歴史的経緯をたどり返して整理してくれるばかりでなく、関係者へのインタビューによって様々な裏面的エピソードも掘り起こしており、故宮博物院というファクターを通したヴィヴィッドな中台関係論となっている。いまだ実現していない日本での「故宮」展をめぐる動向も興味深い。

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2011年9月12日 (月)

ロバート・B・ライシュ『余震(アフターショック)──そして中間層がいなくなる』

ロバート・B・ライシュ(雨宮寛・今井章子訳)『余震(アフターショック)──そして中間層がいなくなる』(東洋経済新報社、2011年)

・現代アメリカにおいて資本主義経済のシステムが健全に作用してないというのが本書の趣旨で、サブタイトルにある「そして中間層がいなくなる」というフレーズに問題意識が端的に表れている。
・一握りの富裕層のみが経済成長の恩恵を受ける一方、大半のアメリカ人が取り残されてしまう。問題は仕事がないということではなく、失業後に新しく仕事を得たとしても賃金が前の職よりも低くなる傾向がある。他方、アメリカは自国内での消費者の購買力をはるかに上回る生産能力があり、格差の拡大によって消費が追いつかない。生産と消費とが適切にリンクされるという意味での経済の基本取引が破綻してしまっている。中間層の購買力がなければ生産に見合う消費は起こらないし、格差への不満は社会的不安や排外的感情を引起しかねない、こうした問題意識を明らかにした上で、第Ⅱ部では近い将来にあり得る政治的シミュレーションを行い、第Ⅲ部では具体的な提案を示す。
・第Ⅲ部での提案:負の所得税(給付つき税額控除)→消費活動を誘発。再雇用制度の工夫→適切な所得を配分しながら職業教育。世帯収入に応じた教育振興券や高等教育の学生ローン改革→教育を受ける機会の拡大。メディケア(公的医療保険)。公共財の拡充。政策上の意思決定をゆがめている政治とカネの癒着からの訣別。
・一読してそれほど目新しい議論がされているとは思わない。むしろ本書で示される問題意識が、日本における格差社会をめぐる議論でもよく見かける論点とほぼ重なっているところに関心を持った。
・市場経済に対しての世代間の記憶の相違という論点に興味を持った。1930年代に成人した人々にとって大恐慌の記憶は生々しく、その教訓は1940~50年代に引き継がれた。彼らの孫の世代は大繁栄時代に生まれ、信用の置けない市場を政府が補完するという祖父母世代の経験を継承しなかった。むしろこの孫世代は政府の失敗と市場の成功を目の当たりしており、自由市場主義者の刺激的な主張に感化されやすくなっていた、という(70ページ)。

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2011年9月11日 (日)

アントニー・D・スミス『ナショナリズムの生命力』

アントニー・D・スミス(高柳先男訳)『ナショナリズムの生命力』(晶文社、1998年)

・ナショナル・アイデンティティの基本的特徴:①歴史上の領域、もしくは故国、②共通の神話と歴史的記憶、③共通の大衆的・公的な文化、④全構成員にとっての共通の法的権利と義務、⑤構成員にとっての領域的な移動可能性のある共通の経済
・ナショナル・アイデンティティ形成にあたって近代以前のエスニック・アイデンティティや伝統が果たす役割をどのように考えるか?→固定的なものとして捉える原初主義・本質主義でも、可変的操作性を強調する構築主義・道具主義でもなく、その中間としての歴史的・象徴的・文化的属性を強調するアプローチを本書はとる。
・ネイション形成の二つの経路→①水平的エスニーと官僚的編入(国家が後援)、②垂直的エスニーと土地に根ざした動員
・「ナショナリズムとはネイションとその成員が、純粋な共同体の「内面の声」にのみ耳を貸し、真の集団的「自我」に目覚めることを意味するのである。それゆえ、自治だけがネイションとその成員に自己実現を達成させる真の方法であり、真の体験と真の共同体が完全な自治の前提条件となる。自治はすべてのナショナリストの目標なのである。」(141~142ページ)
・「ネイションという新しい概念は、前近代の大衆が地域や家族への愛着にたいして抱く熱望や感情を利用して、混沌に秩序をあたえ、宇宙を意味あるものにするために、時間と空間の枠組みとして役立つように考案された。」(144ページ)
・「ナショナリズムの特定の教義や象徴の重要性は、ナショナリズムがより深い意味──イデオロギー、言語、意識──をもっていることをしめしている。複数のネイションからなる世界では、それぞれのネイションが独特であり、それぞれが「選ばれ」ているのである。ナショナリズムとは、選民という前近代的な聖なる神話の世俗的な近代版だといえる。」(152ページ)
・「ナショナルな熱望は、ナショナルでない他の経済的、社会的、あるいは政治的争点と結びつきやすい」(245ページ)
・「ソ連の経験からわかったことは、革命的な「創られた伝統」でさえ、民衆に深く根づかせようとするのなら、ナショナルな文化的・政治的アイデンティティを利用するか、さもなければつくりだす(しばしばその両方とも)必要があるということである。」(252ページ)
・ナショナル・アイデンティティを超える難しさ→「現状では、エスニック、あるいはナショナルな言説とそのテクストは、国家権力ならびに文化的コミュニケーションの現実と結びついて、人間の想像的構築に限界を課している。というのは、「長期の持続する」エスノ・ヒストリーが特定の言語と文化をもたらし、そうした言語と文化のなかで、集団として、また個人としての自我と言説が形成されてきたのであり、現在でも人間を結びつけたり、分裂させたりする力となっているからである。グローバルな共同体を想像するだけでは不十分なのである。」(270ページ)
・「おそらくナショナル・アイデンティティの機能としてもっとも重要なのは、個人的な忘却という問題にたいして、満足いく回答をあたえてくれることである。この世では「ネイション」にアイデンティティを抱くことが、死という結末を乗り越え、個人の不死への手段を確保するのにもっとも確実な方法なのである。…ネイションの場合は、遠い過去をもつ。たとえその大部分が、再構築され、ときにはでっちあげなくてはならないとしても、である。より重要なことは、ネイションは自らの英雄的過去に類似した、栄光ある未来を提供できる。この過程でネイションは、のちの世代によって実現されるはずの共通の運命にしたがうように、人々を駆りたてることができるのである。実際にはこれらは「私たちの」子供の世代である。ところが、彼らは精神的にも遺伝的にも、「私たちのもの」なのである。…したがって、ナショナル・アイデンティティの第一の機能は、人々を個人的忘却から救いだし、集団としての信仰を取り戻すべく、強力な「歴史と運命の共同体」を提供することにある。」…「ネイションは、不死の約束が前提とする遠い過去をもつ必要があるだけではない。ネイションは同時に、栄光ある過去、すなわち聖者と英雄の黄金時代をひもといて、復活と尊厳という自らの約束に意味をあたえることができなければならない。したがって、エスノ・ヒストリーが、満ちあふれ、豊かであればあるほど、その主張が説得力をもつようになり、ネイションの構成員の心の琴線の深くまで触れることができるのである。」(271~273ページ)
・ナショナル・アイデンティティの第三の機能は同胞愛。「私たちは、美的考慮の重要性を過小評価してはならない。これは、形、大きさ、音、リズムの巧みな配列によって目覚めさせられる、美、多様性、尊厳、悲哀といった感情を指しているが、芸術はこれを利用して、そのネイションに特有の「精神」を喚起できるのである。…ナショナリズムの象徴的、儀式的側面が今日でも個人のアイデンティティの感覚にかくも直接的な影響をおよぼしている理由は、なんといってもエスニックな絆とエスニック・アイデンティフィケーションが再生したこと、とりわけ共同体のそれぞれの世代が「祖先」と戦没者を記念することにある。この点でナショナリズムは、たとえば神道のように、死者との交わり、先祖崇拝を重視する宗教的信仰に似ている。」(274~275ページ)
・ネイションは超えられるのか?→できるとしたら、ネイション形成の原理そのものを通じてだけ、つまりより大きな次元における「汎ナショナリズム」という形による。

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2011年9月 8日 (木)

早尾貴紀『ユダヤとイスラエルのあいだ──民族/国家のアポリア』

早尾貴紀『ユダヤとイスラエルのあいだ──民族/国家のアポリア』(青土社、2008年)

・土地なき民が迫害されてきた歴史的経験の末にようやく作り上げた人工的国家イスラエル。ベン=グリオン、ジャボティンスキーなど左右の違いこそあれユダヤ人による単一民族国家の理念を追求してきた政治シオニズムによって、これまで迫害されてきた者(ユダヤ人)が一転してパレスチナ人を迫害する側に回ってしまったという逆説がもたらされてしまったことは周知の通りである。他方、ユダヤ人による純粋な民族国家の樹立が他者の排除を必然的にもたらすであろうまさにこの逆説を自覚して政治シオニズムを批判していたゲルショム・ショーレムやマルティン・ブーバーなどの文化シオニズムは、マジョリティ/マイノリティの対立を超えた政体としての一国家二民族共存(バイナショナリズム)の理念を掲げていた。本書は、ユダヤ人としての出自を持つブーバー、ハンナ・アーレント、ジュディス・バトラー、アイザイア・バーリンなど、そしてパレスチナ人としての出自を持つエドワード・サイードの発言を拾い上げながら、こうしたバイナショナリズムをめぐる言説を思想史的に分析していく。

・民族共存の主張はもちろんただちに否定されるべきものではない。ただし、それぞれの主観的・良心的な意図はともかくとして、額面通りに有効であったかどうかは難しいところである。例えば、当初においてはヨーロッパ中心主義的観点による反アラブ感情や植民地主義的偏見が否めなかったり、ユダヤ人側がパレスチナ人側を形式的に対等な相手とみなしても(あるユダヤ人はパレスチナ人をさして「われわれとまったく同じように苦しめられている」と発言)実際の非対称性をどのように考えるのか、といった問題がある。バーリンは政治シオニズム=攻撃的/文化シオニズム=非攻撃的という分類→後者を肯定するという考え方を示していたが、果たしてこうした二分法が単純に成立するのか、場合によっては後者が前者に転化する可能性が常にあるのではないかという疑問が出てくる(塩川伸明『民族とネイション』[岩波新書、2008年]が取り上げている「よいナショナリズム」/「悪いナショナリズム」をめぐる問題と同様)。

・左派・リベラル派としてバイナショナリズムの理念に共鳴しつつも、同時にイスラエル国家(パレスチナ問題を抱えているという現実をもひっくるめて)をなおかつ支持するというアンビバレンス。良い悪いというのではなく、そこに端的に表れる「国民国家」をめぐるアポリアがそれぞれの言説の布置連関からおのずと浮かび上がってくる難しさ、もどかしさそのものに関心を持ちながら読み進めた。

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2011年9月 7日 (水)

塩川伸明『民族浄化・人道的介入・新しい冷戦──冷戦後の国際政治』『民族とネイション──ナショナリズムという難問』

塩川伸明『民族浄化・人道的介入・新しい冷戦──冷戦後の国際政治』(有志舎、2011年)

・例えば、「民族浄化」「人道的介入」「リベラル・デモクラシー」など、一見自明でもっともらしく受け取られながらも、実際には様々な意味内容が複雑に絡まりあっているキーワード。こうした言葉は気をつけて使わないと、状況的コンテクスト次第で自己正当化や他者への非難のための政治的含意を無自覚のうちに担わせてしまう可能性が常にある。例えば、ボスニア紛争において「民族浄化」という表現はセルビア側に対する一方的なレッテル貼りに用いられた。こうした表現の背後に潜む問題点を指摘すると、それはあくまでも用語法の恣意性への批判であって、戦争犯罪そのものの否定ではなくても、表現への批判→戦争犯罪の重さを相対化→セルビア擁護と曲解されかねなかった。
・本書の第Ⅰ部では「民族浄化」に対する「人道的介入」の是非をめぐる言説の分析、第Ⅱ部ではユーラシア空間の地政学的動向において「リベラル・デモクラシー」のあり方について検討される。現在進行形の具体的な問題とつき合わせながら、ともすると抽象論に陥りがちなキー概念の問題点を突き詰めていく。
・「人道的介入」をめぐって日本で見られた言説状況を整理する際、おおむね「人道的介入は正当化できる」とする見解が意外に多いと指摘される。しかし、肯定/否定のグラデーションの中で注意深く様々な留保条件をつけている論者も含めて「相対的肯定」「否定の否定」派という形で強引に線引きして「肯定派」に一括りしてしまうのはどうなんだろう…? むしろこのようにグラデーションの真ん中あたりが多い、ためらいがちに留保条件を様々に列挙する議論が多い点の方を注目すべきと思うのだが。他方で、「人道的介入」の理念的是非の問題ばかりでなく、どんなに整合的で説得力ある理由付けが展開されても、現地における「事実」と報道等を通したあやふやな「認識」との間にギャップがあるとき、場合によってはとんでもない政策決定がなされかねないという危険性は確かに首肯できる。
・第Ⅲ部ではロールズ、ウォルツァー、アーレント、カーを取り上げながら国際政治をめぐる思想的考察について、それぞれ検討される。ある普遍的価値を基準にして何らかの「介入」が行われるにしても、その「価値基準」そのものに恣意性とまでは言わないまでも、例えば西欧近代を基準としたバイアスがかかっている可能性など、必ずしも「普遍性」を主張しきれないアポリアをどのように考えたらいいのか、そうした問題提起が読み取れる。

塩川伸明『民族とネイション──ナショナリズムという難問』(岩波新書、2008年)

・民族、エスニシティ、国民国家、ネイション、ナショナリズム…それぞれ意味内容として共通性がありつつも様々なズレがあり、これらの言葉の内容的相互関係に無自覚なまま議論が混乱してしまうケースはよく見られる。本書はこのように難しい民族/ネイション概念についての理論的考察を整理するだけでなく、「国民国家」登場以降の近代史や国際政治の現実の中で生じた個別の民族紛争も取り上げていく。理論では捉えきれない残余を具体的な事例を突きつけながら考えていく構成なので、民族/ネイション概念の複雑さがより明瞭になり、この問題を考えるたたき台として格好な本である。
・シヴィック・ナショナリズム=「西のナショナリズム」=「よいナショナリズム」/エスニック・ナショナリズム=「東のナショナリズム」=「悪いナショナリズム」という区別に対する疑問→後者の野蛮さが批判されるが、「国民国家」形成が相対的に早かったどうかという問題として捉えると、強引な「上からの国民化」は遠い過去のことだったので単に忘れ去られているだけなのかもしれない。また、普遍主義の落とし穴によって、前者も抱える危険性が覆い隠されてしまう問題。

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2011年9月 5日 (月)

兼原信克『戦略外交原論』

兼原信克『戦略外交原論』(日本経済新聞出版社、2011年)

 現役外交官による外交概論。大学での講義をもとにまとめられたらしい。全体的な論旨は至極まっとうで、特に違和感はない。文明論的に大きな視座を意識しながら外交の要諦を語りつくそうという意気込みに私は好意的ではあるのだが、ただし、話が大きすぎると、個々の歴史的話題などでディテールの粗さが目立ってしまうというもどかしさは否めない。

 戦略を組み立てるには、そもそも何を守るのかという問題が当然ながら出てくる。それは通常、「国益」と表現されるが、ここの議論で価値観に関わる問題にページの多くを割いているのが本書の特徴であろうか。生存本能に基づく倫理感情、普遍的な良心といったものに着目して古典も援用しながら説明しようとしているのだが、どうしても隔靴掻痒の感は免れない。哲学や思想の古典に典拠を求めているからといって、その議論全体の質が高まるわけではない。よほど表現を工夫しないと陳腐化せざるを得ないテーマだけに説得力としての深さは残念ながら感じられず、感覚的な抽象論を政治外交という具体論の中に置いたときの居心地の悪さばかりが際立ってしまった。

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田原牧『中東民衆革命の真実──エジプト現地レポート』、臼杵陽『アラブ革命の衝撃──世界でいま何が起きているのか』、酒井啓子編『〈アラブ大変動〉を読む──民衆革命のゆくえ』

 チュニジア、エジプト、そしてリビアでも事実上政権が崩壊し、さらにシリア、イエメン、バハレーンなど周辺国にも波及した中東民衆革命の動向をどのように捉えたらよいのか、関心はあっても日頃馴染みがない地域だけに判断が難しい。ひと頃は民主化ドミノ、フェイスブック革命といった点が注目されたが、そういった表面的な見方がどこまで通用するのか心もとないと感じながら、現地を熟知している専門家による本を何冊か手に取った。

 田原牧『中東民衆革命の真実──エジプト現地レポート』(集英社新書、2011年)はエジプト民衆革命の結集点となったカイロのタハリール広場に潜り込んだジャーナリストの見聞の記録。旧世代の冷ややかな反応の一方、若者を中心に様々な人々が集まって一つにまとまった秩序が現れているのを見て「タハリール共和国」と呼び、新しい何かへの希望を見いだそうとする眼差しは、新左翼シンパ的なメンタリティーの著者に独特なものだろうか。

 臼杵陽『アラブ革命の衝撃──世界でいま何が起きているのか』(青土社、2011年)のタイトルは時事解説的なものを予想させるが、実際の内容は中東の歴史的背景の概説である。「中東」概念の再検討、ヨーロッパによる植民地化体験の影響、アラブ・ナショナリズムの重層性、アラブ・イスラエル紛争が中東全体の情勢に与えた影響、イスラームにおいて「民主主義」はどのように把握されるか、民族・宗教紛争などのテーマを軸としている。人によっては羊頭狗肉の印象を受けるかもしれないが、現在進行中の出来事に底流する大きな流れを見据えるにはやはり歴史的背景をしっかりおさえておかねばならず、そうした面での理解を得るのに適切なレベルの入門書になっている。

 酒井啓子編『〈アラブ大変動〉を読む──民衆革命のゆくえ』(東京外国語大学出版会、2011年)は中東における民衆革命の進展を踏まえて急遽開催された公開ワークショップの成果を基にした論集であり、冷静で着実な視点による論考が並んでいて勉強になる。関心を持った指摘をメモしておくと、
・現実問題として政治は権力関係の再編によって動くものであり、一般市民の抗議だけで動くわけではない。エジプトの場合、市民の抗議活動ではなく国軍がムバーラクを見限ったから政変が起こった。ただし、一般市民の「自分たちがムバーラクを退陣に追い込んだのだ」という思いそのものは彼ら自身の主体性確立、すなわちエンパワーメントという面で重要(松永泰行「エジプト政変をどう考えるか──比較政治の視座から)。
・従来は、逆らったら酷い目に遭わされるという恐怖感によって独裁政権は存続していたが、チュニジアのジャスミン革命以降、こうした恐怖心を克服できたことが政治的大変動を生んだ最大の原因ではないか。それから、民主化できないなどの問題点すべてをイスラームという要因に帰してしまう視点の誤謬(飯塚正人「イスラームと民主主義を考える」)。
・チュニジアやエジプトでデモの人々は治安警察には敵対したが、国軍には逆に信頼感→国軍を「自分たちのもの」と考える意識→この「自分たち」意識に着目してネイション(国民)形成のあり方の違いによって国ごとの事情を捉え返す視点(黒木英充「アラブ革命の歴史的背景とレバノン・シリア」)。
・エジプト革命の成功は、政権をひっくり返しすぎなかったから。つまり、大統領だけ退陣させて、国軍などそれ以外の部分は残して事態を収拾させたのは反体制運動側のうまさ(酒井啓子「エジプトの「成功」とリビアの「ジレンマ」──自力の政権交代パターンはアラブ社会に定着するか」)。
・ヨルダンのハーシム王家は首相に責任を擦り付けて交替させることで国民の不満が噴出しないよううまくガス抜き調整をしている(錦田愛子「ヨルダン・ハーシム王国におけるアラブ大変動の影響」)。

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2011年9月 4日 (日)

上丸洋一『『諸君!』『正論』の研究──保守言論はどう変容してきたか』

上丸洋一『『諸君!』『正論』の研究──保守言論はどう変容してきたか』(岩波書店、2011年)

 著者は朝日新聞編集委員で、かつて『論座』編集長も務めた。保守系論檀紙とされる『諸君!』(文藝春秋)と『正論』(産経新聞社)の創刊事情から、核武装論、靖国問題、東京裁判、天皇の戦争責任、朝日新聞批判、北朝鮮問題などのテーマをめぐってこの二誌に登場した論客たちがどのような議論を展開してきたのかを跡付ける。

 『諸君!』『正論』などに執筆する保守派・右派の論客たちの多くに共通する特徴として、イデオロギー的な二項対立に基づき進歩派・左派とみなした論敵に対して排他的に攻撃を加える傾向が指摘される。しかしながら、本書にしても冒頭で紀元節復活論から説き起こしていることからうかがえるように、分析対象とする上記二誌に対して予め色づけをした上で批判を加える図式になってしまっているのは、立場は違えどもやはり同様の落とし穴にはまっているのではないか、という疑念を感じてしまう。稲垣武『「悪魔祓い」の戦後史』(文藝春秋)と合わせて複眼的に読んでみると面白いだろう。

 上記二誌にはもちろんファナティックな右派も登場するが、他方で、かつて進歩派的傾向が論壇の主流であった時代、そこからはみ出した様々な言論人が発言の場としてこの二誌に寄稿したケースも多く、その中には左右を問わずファナティックな言論に対して批判的なバランスのとれたリベラリストも確固として存在した。本書の二誌に対する色づけは論旨を明確にするための戦略的な書き方であろうことは理解する。しかし、公平を期するためとして例えば林健太郎、福田恒存、猪木正道などの議論も紹介しているにしても、保守派の良質な部分まで一括りにした誤解を読者に与えかねないところはいただけない。ただし、こうしたかつてきちんと筋を通していた論客の議論と比べて、最近のセンセーショナリズムに走った保守論壇の議論の質が劣化しているという見立てには私も賛成である。

 あとがきで、この二誌に登場しても一、二年で消えてしまう執筆者の例として具体的にある人の名前を挙げている。すぐ消えてしまうライターの書くことなど信頼できないと言わんばかりだ。その人物を国会図書館の雑誌記事検索で調べてもその後は出てこないと書いているが、実はこれはある研究者のペンネームである。そのペンネームを雑誌記事検索ではなく書誌一般検索に入力すると、本名で書いた著書もヒットして表示される。だから、しっかり調べていれば現在も活躍中の人物であることが分かったはずだ。調査の詰めが粗いにもかかわらず憶測で余計なコメントを付け加えている箇所がところどころ気にかかった。

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【映画】「シャンハイ」

「シャンハイ」

 1941年10月、アメリカ系新聞社の上海支社にドイツから転任してきたポール(ジョン・キューザック)。彼は実はアメリカ海軍の諜報部員である。親友であった同僚が上海での任務中に何者かによって殺害された事件の真相に迫ろうとするうち、日本海軍の不審な動向に気づく。日本軍と取引をしている上海裏社会の実力者(チョウ・ユンファ)、密かに抗日レジスタンスに従事しているその妻(コン・リー)、そして敏腕の日本軍将校タナカ大佐(渡辺謙)、彼らの愛憎劇も絡みながら運命の12月8日を迎える──。

 ストーリーの脈絡が意味不明でサスペンスとしてだらけているし、時代考証も全然話にならず、結論としてはダメ映画。揚げ足取りを始めたらキリがないけど、上海にドイツ租界なんてないし。日本海軍の東シナ艦隊なんて聞いたことないし。一緒に観に行った友人は軍服が変だと指摘していたし。1941年12月8日の時点では上海で市街戦なんてやってないし(1932年および1937年の上海事変と混同しているのか)。上海近辺は汪兆銘政権の勢力範囲とされていたから事実上すでに日本軍が掌握しており、共同租界工部局は開戦後も政治的配慮からしばらく存続され、フランス租界はヴィシー政権の管理下にあった。抗日テロが頻発していたのは確かだが、12月8日の時点で戦闘らしきものと言えば黄埔江に碇泊していたイギリスの駆逐艦が撃沈されたくらいだ(なお、このときアメリカの駆逐艦もいたが、素直に降伏したのでアメリカ海軍の戦史では汚点とされている)。

【データ】
監督:ミカエル・ハフストローム
2010年/アメリカ・中国/104分
(2011年9月3日、丸の内ピカデリーにて)

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【映画】「選挙」

「選挙」

 2005年、小泉旋風で自民党が圧勝した郵政選挙の直後、川崎市議会議員選挙の補欠選挙に自民党の公募に応じて出馬することになったある人物の選挙活動を追ったドキュメンタリー映画。世界中の様々な映画祭で評判になったことは知っており気になっていた作品だが、DVDでようやく観た。地域の人々から支援を得るため、街中を歩き、駅頭に立ち、幼稚園の運動会やお祭りなどにも積極的に顔を出す。地元密着型タイプの選挙のやり方を見ていると、ジェラルド・カーティス『代議士の誕生』を髣髴とさせる映像的エスノグラフィーとも言えるが、選挙という切り口から日本の郊外型住宅地の風景が映し出されているので、外国人になったつもりで観るとまた新鮮で面白いとも思った。慣れない新人候補は、地元の既成政治家や選挙対策のプロに頭が上がらない。某与党の一年生代議士たちは選挙で世話になった大物実力者にたてつけないらしいが、それはこの作品の登場人物と似たような事情なのかもしれない。

【データ】
監督:想田和弘
2007年/120分

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【映画】「友よ その罪を葬れ」

「友よ その罪を葬れ」

 劇場未公開らしく、DVDで観た。主人公は大学法学部の教授ポストを切望している気鋭の法学者。彼を推薦してくれている学部ナンバーツーとは家族ぐるみで付き合っている年上の親友という関係だが、ある日、その親友が若き妻を殺害する瞬間を目撃してしまった。彼をかばって黙っているべきなのか? しかし、事件がばれそうになった親友が再び殺人を犯したとき、彼も共犯となってしまう。生真面目な法学者としてのセルフ・イメージ、親友への思い、教授ポスト選考をめぐる打算、家族との関係、そして良心、様々な要因から葛藤に揺れる表情が克明に描かれており、サスペンス・ドラマとしてよく出来ていると思う。

【データ】
監督:フアン・マルティネス・モレノ
2009年/スペイン/97分

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【映画】「リンダ リンダ リンダ」

「リンダ リンダ リンダ」

 ペ・ドゥナも山下監督作品も好きなのだが、この映画は意外と観ていなかったことに気付いてDVDでようやく観た。舞台は地方都市の高校の文化祭。ステージにあがる予定だった少女バンドのメンバーが怪我をして、仲間同士のケンカもあって空中分解しそうだったところ、ひょんなきっかけで韓国人留学生をヴォーカルに引き込んで新メンバーでやり直そう、という話。ブルーハーツの「リンダ リンダ リンダ」という曲を私は知らないけど、嫌味のない青春ものとしてなかなか良いと思う。地方都市の高校という舞台設定から淡いノスタルジックな「青春」イメージがかき立てられるところに意外と魅力があるのかな。

【データ】
監督:山下敦弘
2005年/114分

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