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2011年8月21日 (日)

NHKスペシャル取材班『日本海軍400時間の証言──軍令部・参謀たちが語った敗戦』

NHKスペシャル取材班『日本海軍400時間の証言──軍令部・参謀たちが語った敗戦』(新潮社、2011年)

 1980年から1991年にかけて水交会(旧海軍のOB組織)で開かれていた「海軍反省会」。太平洋戦争当時に軍令部や海軍省などに所属していたエリート軍人たちを中心に定期的に会合が開かれ、軍政や作戦立案の中枢近くにいた立場からあの戦争の問題点をもう一度考え直してみようと語り合った座談会である。非公開を前提としていたため割合と率直な話題も提起されており、敗戦前後の時期に証拠隠滅のため焼却された史料の欠落を補う上で非常に貴重な証言となっている。

 この「海軍反省会」の記録テープの発見をきっかけとして制作されたNHKスペシャルのシリーズは興味深く見た覚えがある。このテープは公的事項に当たるため著作権上の問題はないらしいが、それでも放送にあたってまだ存命中の人物や遺族に諒解を求めるため会いに行き、補足取材が行なわれている。この補足取材からも芋づる式に様々なことが明らかになっているし、何よりも取材過程において執筆者たち自身が手ごたえとしてどのような感触を具体的に受け止めたのか、そこがヴィヴィッドに記されているのが番組とはまた違った本書の持ち味だ。

 あの戦争は明確な目的もなくなし崩し的に始まってしまったという皮相なところに問題点があることについては一応のコンセンサスはできているだろう。日本社会における「組織」のあり方が、あの戦争から現在に至るも依然として決着はついていないのではないか、その意味であの戦争を考えることは今の日本社会を考える上でも示唆があるのではないか、という視点が本書では打ち出されている。

 海軍内部でもセクショナリズムによる組織肥大化が自己目的となっており、予算獲得のための見せかけとして戦争決意が高らかに謳い上げられた。それは根拠のない確信であったが、戦争間近の臨界点に達しても「本当は戦争なんてできない」とは今さら言えず(そんなことを言ったら予算を削られて陸軍に取られてしまう)、机上の計算で辻褄合わせ。南部仏印進駐までなら大丈夫と思っていたら、アメリカがあんなに怒るとは思わなかった、などと赤裸々に語られている。問題点は分かっていても、それを言い出せない「空気」。

 特攻、回天などの立案経緯にも意外と謎が多い。技術将校の立案とか大西瀧治郎中将の命令とかとも言われてきたが、早くから軍令部中枢では検討されていた可能性もうかがわれる。ただし、決定的な史料までは見つかっていないが、従来の定説に疑問を投げかけるだけでも大きな成果だろう。海軍反省会で元軍令部首脳に食い下がる将校がいたが、彼自身が回天を送り出しており、戦後、生き残った搭乗員から激しく責められたことがあったというのが印象的だった(中間管理職の苦悩、などと言ったら安っぽくなってしまうが)。

 捕虜虐待や現地人虐殺など戦地で起こった戦争犯罪の責任問題では、軍令部からの指示の有無が問題となった。結局、すでに戦死・自決した現地司令官の責任とされたり、現地の中堅指揮官がBC級裁判で処刑されたりしたが、実際には上意下達の軍隊組織にあって現地の独断専行はあり得ない。海軍上層部(ひいては天皇)の責任問題を回避するため第二復員省(海軍省の後身)が組織的に戦争裁判対策を行なっており、その工作によって現場の人間に責任がなすりつけられた。これは東京裁判における嶋田繁太郎元海相の極刑回避など「海軍善玉論」の虚構にもつながっていく。

 現場の指揮官になすりつけられた汚名を洗いなおす一方で、虐殺されたオーストラリア人捕虜の遺族にも取材して日本人中心の視点に狭くなってしまわないよう努力も払われている。それから、軍用飛行場建設に当たって現地住民が多数虐殺されたと言われる中国・三灶(さんそう)島。海軍は証拠隠滅のため不法行為の実情を知っている捕虜や現地人の皆殺しにも手を染めていたという。

 海軍反省会のテープは関係者の大半も鬼籍に入ったからこそようやく公開されたわけだが、他方で戦後60年が経ち、史料や証言も残されないまま、いまだに分かっていないこともたくさんあるのだろうな、とつくづく感じた。

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