ジョセフ・S・ナイ『スマート・パワー──21世紀を支配する新しい力』
ジョセフ・S・ナイ(山岡洋一・藤島京子訳)『スマート・パワー──21世紀を支配する新しい力』(日本経済新聞出版社、2011年)
ジョセフ・ナイがソフト・パワーという概念を提示したとき、「ソフト」という表現にこだわって軍事中心のハード・パワーに代るものとして理解を狭めた議論をする傾向もあったらしい。しかし、ソフトだろうがハードだろうが、パワーそれ自体は良いものでも悪いものでもない。戦略の組み立て方によってその効能もまた変わってくる。
ハード・パワーとは軍事的・経済的手段による強制・誘導といった「押す力」であり、ソフト・パワーとは正当性を持った課題の設定、説得、魅力といった要因によって相手に影響を与え「引き寄せる力」である。前者が主体自身の行動によって影響を及ぼそうと意図するのに対して、後者は相手側がどのような認識をするかがポイントとなる。
ただし、ナイの議論は前者を否定して後者を推奨するといったものではなく、両者をいかに組み合わせて戦略目標を達成するかに焦点を合わせている。それがスマート・パワーである。パワーはそれ自体で効果を発揮するものではなく、常に状況依存的である。状況を読み解きながら様々なパワーを組み合わせてストーリーを組み立てることが重要になる。つまり、自らの持つリソースを状況把握的知性によって有効な戦略へと変換していくところにリーダーシップ概念が位置付けられる。こうした議論にはリアリズムとリベラリズムという従来の国際政治理論の対立を超えたリベラル・リアリズムへの志向が込められている。
以上のスマート・パワー概念を軸にして現在の国際環境を読み解く視座を示すのが本書の趣旨となる。各国間のパワーの移行、国家から非国家主体への力の拡散、これら両方の進展によって最強国でも管理できない現況がポイントとなる。世界の多極化、とりわけ中国の台頭とアメリカの没落といったストーリーもよく語られるが、問題はそんなに単純ではない。三次元のチェス盤にたとえる話が出てきた。軍事力の層ではパワーはアメリカに高度に集中。経済力の層ではアメリカ、EU、日本、BRICに分布。地球環境問題、犯罪、テロ、伝染病などの多国間関係の層は分散的。世界は一極構造でもアナーキーでもなく、こうした3つの構造が並存しており、1つの層にだけ注目すると失敗してしまうと指摘。これらすべてを同時に見すえていく視点としてのリベラル・リアリズム。
アメリカ自身の戦略にとって重要なポイントとしては、最強国であっても他国の支援がなければ何も出来ない現在の状況を正確に認識し、同盟国との関係強化は当然のことながら、さらに広がりのあるネットワーク関係を形成する能力をナイは挙げている。以前に読んだズビグニュー・ブレジンスキー、ブレント・スコウクロフト『アメリカと世界:アメリカ外交の将来を語る』(Zbigniew Brzezinski, Brent Scowcroft, moderated by David Ignatius, America and the World: Conversations on the Future of American Foreign Policy, Basic Books, 2008→こちらで取り上げた)でも、①地球上のあらゆる人々の政治意識がこれまでにないほど覚醒しつつあり、冷戦期にキッシンジャーが活躍したような国家単位のパワー・ポリティクスの論理が通用しない現実にアメリカは直面している、こうした状況下での武力行使は情勢を悪化させるだけ、②環境問題や核拡散をはじめグローバルな課題にアメリカ単独で取り組めるはずがなく、世界の他の国々に協力を呼びかける中でアメリカのリーダーシップを発揮すべき、このような議論を二人はしていた。こうした基本的な認識はナイも含めて幅広く共有されていると言えるだろうか。
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