鄭振鐸『書物を焼くの記──日本占領下の上海知識人』
鄭振鐸(安藤彦太郎・斎藤秋男訳)『書物を焼くの記──日本占領下の上海知識人』(岩波新書、1954年)
鄭振鐸(1897~1958)は編集者・作家、1935年からは上海・曁南大学文学院長を務めていた。本書は、終戦直後に上海で発行された雑誌『周報』に連載した「蟄居散記」という随筆の翻訳で、タイトルはこの中の一篇による。日本軍の大陸侵略が本格化し、1941年の太平洋戦争開戦以降は上海の共同租界も占領、彼は自宅の一室に息を潜めて蟄居することになる。他方で、重慶政権側と地下で連絡を取りながら文筆活動もしていたらしい。日本軍占領下、いわゆる「淪陥期」の上海を生き残った中国人知識人の記録である。
抗日テロや漢奸による報復テロが日常茶飯事となった上海。タイトルとなったエピソードは、万一、日本の憲兵による家宅捜索を受けたときに疑われたら困るので書物を焼却処分し、また仕事がないので生活費を捻出するために貴重な書物を売り払ければならない、そうした知識人としては断腸の思いを迫られた体験による。そして、他国に占領された国難への激憤、文中には悔しさで歯軋りする音が聞こえてきそうなほど激しい筆致がおどる。日本軍そのものよりも、日本側に協力したいわゆる「漢奸」への痛烈な批判、逆に非協力を貫いた人物への賞賛(例えば、旧軍閥の呉佩孚)など、占領下での中国人の身の処し方への論評がむしろ目立つ。汪兆銘政権の特務、丁黙邨暗殺に失敗した鄭蘋如のことも出てきた。
他の漢奸などどうでもいいが、周作人の対日協力はあまりに惜しいと記す。かつて新文学運動で一緒に活動したことがあり、周作人の学識への高い評価があるからだ。ところで、周作人が大東亜文学者大会に参加したと批判しているが、実際には彼は距離を置いていたのではなかったか?
漢奸に対してはすべて私利私欲、出世欲といったところに理由を求めて裁断しておしまいという論法で終始している。裏切り者といっても動機がすべて同じではないわけで、裏切り者なりにやむを得ない事情や葛藤があり得るというところまで思考を及ぼさないのは、現在の視点から読むと違和感を思えるところではあるが、これは時代背景からしてやむを得ないか。
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