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2011年7月23日 (土)

【映画】「蜂蜜」

「蜂蜜」

 ユスフはまだ小学校に入ったばかり。極度のどもりで、授業中にあてられて教科書の朗読をしてもうまく読み上げられないのが悩み。クラスメートが次々とご褒美のバッジをもらっているのに、一人だけ取り残されそうな孤独感。そんな彼を優しく見守る父と、やや心許なげに見やる母。父は蜂蜜採集の仕事をしている。高い木にも軽々とよじ登り、何事も器用にこなす父を見上げるユスフの眼差しにはいつも憧れの気持ちが輝いている。ある日、良い蜂蜜が採れなくなってきたので遠くの山へと出かけた父が帰ってこない。ユスフを不安がらせまいと自制する母も落ち着かない焦りを隠せない…。

 舞台はトルコの山あいにひっそりとたたずむ小さな村。鬱蒼とした針葉樹林に囲まれ、近くまで迫ってくる澄みわたった青空は、下界よりもさらに異界に近いかのような錯覚すら感じさせる。映画全編を通して音楽はなく、セリフも抑え気味。しかし、風のそよぎで葉っぱがささめく音、渓流のせせらぎ、そして蜜蜂がブンブンうなる羽音、そういった自然の音がストーリー全体を包み込み、山林の雄渾な風景と相俟って、叙情的な美しさが強く胸に迫ってくる。さり気ない仕草も丁寧に描き出され、一つ一つの印象的なシーンの積み重ねから、ユスフ少年の心象風景を静かに浮かび上がらせてくる。ミルクが嫌いで呑めなかったユスフは、母から飲みなさいと言われるたびに、こっそり父に代わって飲んでもらっていた。父を喪い、悲嘆にくれる母の前でユスフがミルクを一気に飲み干すのは、少年期に終わりを告げ、大人へと一歩踏み出す瞬間を示すということなのだろう。

 ユスフがカレンダーを読み上げるシーンが何度かある。日付は2009年、つまりこの映画が製作された時点となっているのはどうしたわけか。この「蜂蜜」という作品は、セミフ・カプランオール監督の「卵」「ミルク」に続く三部作の完結編という位置づけらしい。私は観ていないのだが、「卵」では詩人となったユスフが母の葬儀で帰郷する話、「ミルク」は青年期のユスフの母との触れあいを描いているということで、第三作「蜂蜜」は父を喪った少年期。つまり、時間をさかのぼる構成を通して、皮を一枚一枚剥ぎ取るように詩人ユスフの内面的葛藤の核心へと迫っていくという意図があるらしい。言い換えると、少年期を描いたように見えるこの「蜂蜜」も、実は現時点における詩人の内面的風景を表しているという構成なのだろうか。

 なお、観た後になって初めて知ったのだが、字幕は大阪大学外国語学部の学生さんが担当している。この映画に入れ込んで、監督に自らお願いして配給に至るまで奔走したらしい。

【データ】
監督:セミフ・カプランオール
2010年/トルコ・ドイツ/103分
(2011年7月22日レイトショー、銀座テアトルシネマにて)

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