【映画】「遥かなるふるさと──旅順・大連」
「遥かなるふるさと──旅順・大連」
記録映画の女性監督として先駆的に幅広いジャンルの作品を発表し続けてきた羽田澄子さんは1926年の生まれだからすでに80代半ば。心筋梗塞で倒れたこともあり身体的に移動には困難を伴うが、それでも今回選んだテーマは旅順・大連──羽田さん自身の生まれ故郷である。旅順生まれの日本人の運営で日中交流のため現地の小学校への支援を続けている団体が企画したツアー旅行に参加、思い出の地を一つ一つ訪ね歩いていく。
父親が大連にある学校で教師をしていたため羽田さんはこの地で生まれた。父親の転勤に従って日本に行った後は旅順に定着、戦時中に東京の自由学園に通っていた次期を除くと、1948年の引揚まで旅順に住んでいた。家族がそろって幸せに暮らしていたのは旅順にいた頃だったとしみじみと思い返す。しかし、まさに大陸で戦火が拡大しつつある時期であり、しかも植民者たる立場にあったことを考え合わせると、そのノスタルジーは実に複雑だ。中国の地に暮らし続けていたにもかかわらず、中国の人々の存在がほとんど眼中になかったことへの自覚は、ノスタルジックな感傷の中にもある種の贖罪意識を同時に伏流させることにもつながったのだろう。
旅順は軍港として外国人の立入りが制限されていたが、近年開放されたこともこの映画を成り立たせるきっかけになっている。往年の建物や遺跡はよく保存されているようだ。水師営の乃木・ステッセル会見の建物が復元されていたり、乃木の息子が戦死した場所の碑文も残されていたりするのは、日本人観光客を当て込んでのことだろうか。ロシア人が残した西洋式の街並や、朝鮮戦争に極秘に参加して戦死したソ連軍パイロットの墓所の存在にも触れるなど、ロシア(ソ連)・日本・中国と三層構造をなす歴史的地層が垣間見えてくるところも興味深い。羽田さん一家がかつて住んでいた家屋は現在アパートのように分割されて3家族が住んでいる。わざわざ日本から訪ねてきたと聞くと、どのお宅も快く中へ招じ入れてくれるのは心温まるところだ。
大連の旧ヤマトホテル、旧満鉄本社ビルなどは写真やテレビの映像で見たことはある。しかし、かつてこの地に暮らした人の「私語り」を通すと、単に政治史や建築史のコンテクストで見るのとは違って、思わずもらすつぶやきやため息から体感的な空気が浮かび上がる。例えば、かつてのたたずまいを残す壮麗な建築も今では林立する高層建築の前で威厳はかすんでしまっているが、そうしたことへの驚きも素直に伝わってくる。他方で、博物館へ行けば、かつて日露戦争のとき中国人が多数殺されたことを昔ここに暮らしていた時には知らなかったことを今さらのように思い知らされる。「私語り」だからこそ歴史の奥行きが立体的に見えてくる、そうしたドキュメンタリーとして観ながら興味が尽きなかった。
【データ】
監督:羽田澄子
2010年/110分
(2011年7月24日、岩波ホールにて)
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