【映画】「バビロンの陽光」
「バビロンの陽光」
サダム・フセイン政権が崩壊してから三週間経ったイラク。荒涼たる砂漠の中の一本道、車が来るのを待ちながらたたずむ老婆と少年。車の運転手から「邪魔だ、どけ!」と怒鳴られても、老婆は一言も抗弁しない。クルド人である彼女はアラビア語が分からないため、片言ながらもアラビア語ができる孫の少年が代わって交渉する。
二人は、老婆の息子で少年の父親にあたるイブラヒムの行方を捜す旅路にあった。路上ではアメリカ軍の検問で止められ、バクダッド市内に入るとあちこちで発生する銃声や噴煙に戸惑い、集団墓地では黒服の女性たちが悲嘆にくれている。サダム・フセイン政権下では150万人以上の人々が行方不明となり、身元不明の遺体が次々と発見されている。遺族が抱えた悲しみと和解への道のりを模索するロード・ムービーである。
この映画の画期点は、アラブ人監督が主人公として敢えてクルド人を選んだところにある。混乱した世情の中でも二人が出会った人々の善意には、観ていて気持ちがホッとさせられるが、とりわけ二人の登場人物が印象に残る。一人は元共和国防衛隊員であったムサ。アラブ人である彼が流暢なクルド語を話すことを老婆が不審に思ったところ、ムサはかつて命令で掃討作戦に加わり、やむを得ずクルド人を殺害した過去を告白し、赦しを請う。老婆から厳しく拒絶されても彼は手助けをしたいと二人についてきて、その気持ちはやがて老婆にも伝わる。もう一人は共同墓地で出会った黒服のアラブ人女性。夫を失っていた彼女は、老婆の言葉は分からないが同じ気持ちを抱えていることはよく分かると語る。
こうやって文章で整理すると陳腐なように思われてしまうかもしれない。しかし、互いに何とか気持ちを通い合わせようと努力している彼らの姿は、イラクの荒廃した光景の中で目にすると何とも言えず目頭が熱くなるようなものが迫ってくる。時折、少年は伝説の「バビロンの空中庭園」を見たいとつぶやく。廃墟が焼け爛れた世界の中、一人ぼっちとなった彼は一体どこへ向かうのか。
【データ】
英題:Son of Babylon(バビロンの息子)
監督:モハメド・アルダラジー
2010年/イラク・イギリス・フランス・オランダ・パレスチナ・UAE・エジプト合作/90分
(2011年6月11日、シネスイッチ銀座にて)
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- 【映画】「新解釈・三国志」(2020.12.16)
- 【映画】「夕霧花園」(2019.12.24)
- 【映画】「ナチス第三の男」(2019.01.31)
- 【映画】「リバーズ・エッジ」(2018.02.20)
- 【映画】「花咲くころ」(2018.02.15)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント