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2011年6月12日 (日)

角幡唯介『空白の五マイル──チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』

角幡唯介『空白の五マイル──チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社、2010年)

 19世紀以来、内陸アジアには様々な探検家が入り込み、地理的空白はほとんど埋められてきた。しかし、すべてではない。1924年、チベットの奥地、ツアンポー峡谷を探検したキングトン=ウォードが踏破しきれなかった「空白の五マイル」。中国共産党のチベット占領によりこの辺りは外国人の立入が禁止されたが、1990年代から再び門戸が開かれるにつれて、この「空白の五マイル」は改めて脚光を浴び、現代の探検家たちも新たなロマンをかき立てられた。著者もまたそうした魅惑に引き寄せられた一人である。

 19世紀に探検家たちがやって来た背景にはいわゆるグレートゲームの帝国主義政策があり、戦後中国が門戸を閉ざしたのも安全保障上の恐怖心を抱いていたからだとも言われる。そのような政治的背景以外でも、探検家たち個人レベルで考えると、地理学、博物学、宗教的情熱、さらにはロマンティシズム、様々な動機もあるだろう。だが、何よりも、命をかけてでも冒険に飛び込んでいこうとする理屈では割り切れない部分は見逃せない。

 本書の前半ではカヌーで行方不明となった人のことが出てくるし、そもそも著者自身が体力を消耗しきって落命しそうになった切迫感がクライマックスとなっている。トラブル続きの冒険行を描いたスリリングな記述ももちろん面白い。だが、それ以上に魅力的なのは、命がけで冒険に飛び込んでいった自身の心情を内省的に捉え返そうとしているところだ。朦朧とした意識の中でさまよった体験からは、世間的に知られることもなく非業に倒れたあまたの探険家たち一人ひとりが死を目前にした絶対的経験の中で見ようとしたもの、そこを想起させる手掛かりも見えてくるのかもしれない。

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