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2011年6月27日 (月)

秋山孝『中国ポスター/Chinese Posters』、武田雅哉『よいこの文化大革命──紅小兵の世界』

 秋山孝『中国ポスター/Chinese Posters』(朝日新聞出版、2008年)は中華人民共和国成立から改革開放、そして四川大地震までに至るポスターの変遷を見ながら中国現代史をたどる。図版が豊富でなかなか見ごたえある。ほとんど例外なく人物画中心で、みんなキリッとした表情。こんなのばかり続くと、かえって不気味ではあるのだが…。人物なしのデザイン中心のポスターは本当につい最近になるまで現れないのだな。それから、どの時代も紅色がふんだんに使われ、とりわけ文革期、赤旗ブンブン振り回してた中、「毛主席安源へ」のさわやかな青色には独特な清涼感を感じてしまった(この絵は牧陽一『中国現代アート』[講談社選書メチエ、2007年]でも見覚えある)。華国鋒をメインにしたプロパガンダ・ポスターはどう見ても様にならず、毛沢東のキャラの立ち方はやはり尋常ではなかったのかと再確認。林彪はどれも帽子をかぶっているのはなぜか。禿頭は腐敗した悪人の決まりキャラなので、帽子で禿を隠さねばならなかったそうだ。失脚・死亡後、林彪批判のポスターでは帽子を取り上げられ、禿頭が強調されることになる。

 武田雅哉『よいこの文化大革命──紅小兵の世界』(廣済堂出版、2003年)が取り上げるのは文革期の少年向け雑誌『紅小兵』。紅衛兵の少年少女、いわばピオニールたちが読者層。ワイワイ、ドタバタ、いたずらしたいお年頃、そんな子どもたちにとってオトナいじめという面白い遊びの格好な口実となったのが文化大革命、と言ったら言い過ぎか? その時々の風向き次第ではあっても、プロパガンダを真に受けた生真面目な突き上げ、これがまた妙におかしみを感じさせてしまうのは、キッチュな時代のせいか、著者の軽妙な筆力のおかげか。ちなみに、本書でも林彪を例として禿頭の図像学に言及あり。

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