根本敬『抵抗と協力のはざま──近代ビルマ史のなかのイギリスと日本』
根本敬『抵抗と協力のはざま──近代ビルマ史のなかのイギリスと日本』(岩波書店、2010年)
本書のタイトルとなっている「抵抗と協力のはざま」とはすなわち、ナショナリストとしての立場を維持しながらも宗主国イギリスもしくは占領者日本と協力、一定の信頼をかち取り、この関係をテコとした政治的バーゲニングによってビルマ独立という最終的目標を目指した行動様式を指している。それはイギリス、日本の圧倒的な政治・軍事力を前にしてやむを得ない戦術であったが、一方で他のナショナリストから「裏切り者」呼ばわりされかねないリスクも同時にはらんでいた。本書は、そうした危ない橋をしたたかな計算をめぐらしながら渡ったビルマ人政治・行政エリートたちの動向をたどることで、一面的なナショナル・ヒストリーの枠組みでは見落とされがちなエアポケットを注意深く拾い上げつつ近代ビルマ史を描きなおしている。
具体的に取り上げられるのは、イギリス領ビルマで初代首相となったが下野、反英闘争から日本軍に協力、日本軍政下で首相となって大東亜会議にも出席したバモウ。タキン党ナショナリストとして出発、日本軍の南機関で軍事教練を受けてバモウ政権に参加したが後にパサパラを率いて抗日蜂起、独立ビルマのリーダーとなる目前で暗殺された国民的英雄アウンサン。イギリス領ビルマで首相在任中、外遊途中のハワイで日本軍の真珠湾攻撃を目撃、日本へ接近したため逮捕され、戦後ビルマに帰国したもののアウンサン暗殺の黒幕として処刑されたウー・ソオ。タキン党ナショナリズムの流れにあるコミュニストは反日(反ファシズム)の立場を貫いたが、革命家としてはイギリス帝国主義と組むなど本来はあり得ないのに「苦渋の親英」を選択、またナショナリズムと共産主義革命とのどちらを優先させるかという問題にも呻吟した。イギリス植民地統治下のビルマ人高等文官たちは必ずしも親英ではなく、戦時下のバモウ政権に多数の参加者がいたことからは彼らにもビルマ・ナショナリストとしての考え方が浸透していたことがうかがわれる。
「抵抗と協力のはざま」という捉え方は、他の地域で例えば「漢奸」「親日派」として指弾された人々を改めて洗いなおす際にも一つの参照枠組になると思われるし、それは「抵抗」言説を基軸としたナショナル・ヒストリーの脱構築によって歴史の理解に幅を広げることにもつながるだろう。ビルマの場合、イギリスからの独立のため対日協力もやむを得なかったという了解が国民的に広く共有されているため「親日派」批判はおこりにくいという事情があるらしい。他方で、アウンサンを英雄とするナショナル・ヒストリーの枠組みでは(ただし、民主化運動でアウンサン・スーチーの存在感が大きくなってからは抑え気味らしい)、暗殺者ウー・ソオのナショナリストとしての側面は完全に無視されており、そうしたあたりにも光を当てて理解の幅を広げようという視点も本書には含まれている。また、ビルマ国軍中心の独立闘争史観において日本軍の南機関の存在が特筆され、それが日本人側の「親日的なビルマ」という歴史認識と共振していた点も指摘される。
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