« 国分拓『ヤノマミ』 | トップページ | ケネス・ルオフ『紀元二千六百年──消費と観光のナショナリズム』 »

2011年5月 5日 (木)

黄煌雄《兩個太陽的臺灣:非武裝抗日史論》

黄煌雄《兩個太陽的臺灣:非武裝抗日史論》(台北:時報出版、2006年)

・タイトルは、賀川豊彦が台湾について原住民の神話を引きながら書いた文章に由来するという。すなわち、日本という支配者=政治勢力と、台湾在住漢民族という被支配者=社会勢力と二つの太陽が台湾には輝いている、しかし二つの太陽が並び立つことはできず、いずれかが射落とされなければならない、という趣旨で、後者の太陽を本書のテーマである非武装抗日運動になぞらえている。
・ウィルソンが唱えた民族自決、日本の大正デモクラシーにおける民本主義、中国革命の進展、朝鮮半島における三・一運動など世界的潮流から刺激を受けながら、東京の留学生の運動として1919年から萌芽が現われた台湾近代非武装抗日運動、本書はその展開過程を台湾議会設置請願運動が始まった1921年から台湾民衆党が解散、蒋渭水が死んだ1931年までの十年間を軸として描く。おおむね時系列にそってトピックは並べられ、リーダブルな構成。著者の《蒋渭水傳:臺灣的孫中山》(台北:時報出版、2006年→こちらで取り上げた)の姉妹編という位置付けなので、彼の活動の同時代的背景を整理するという趣旨にもなっている。
・対象とする十年間は大まかに二分され、前半の1921~26年までは文化協会の活動がメイン。台湾総督に強大な権限を与えている六三法撤廃を求めるのか、それとも自治を要求するのかという論点→後者については、六三法が台湾総督に委任立法権を与えているのは台湾の特殊事情という理由付けがある→この特殊性というポイントを逆手にとって自治を要求しようというロジック。いずれにせよ、運動内部に考え方の相違はあっても台湾議会設置という目標は共通なのだから一致団結。また、文化協会は講演会を積極的に開催して、台湾の一般民衆への啓蒙活動に力を入れた。
・後半の1927~31年は運動の分裂。啓蒙活動の努力、さらには社会経済的情勢の変化もあって、大衆運動の気運が盛り上がり始めた→従来のような名望家・知識分子主導の運動でいいのか?という疑問。また、農民争議の二林事件で労農党の麻生久、布施辰治、古屋貞雄が弁護のために来台→社会主義的傾向が強まったが、当時、日本では普通選挙が施行されて無産運動も政党化され始めていたが、その左右対立の図式まで持ち込まれた(なお、楊逵の小説「郵便配達夫」に言及、台湾農民組合を主人公の楊君、新聞屋の悪辣な手口について注意を喚起してくれる田中・伊藤を労農党になぞらえている)→階級闘争路線を主張する勢力が文化協会を乗っ取り、反発した人々が離脱したり除名されたりという形で分裂が繰り返される。蒋渭水たち文化協会草創期のメンバーは新たに台湾民衆党を結成したが、彼の主張する「要以農工民衆為全民解放運動的主力軍」といった方針への反発もあり、さらに地方自治連盟が分裂。また新文協も除名を繰り返した末、台湾共産党に乗っ取られたところを弾圧され、壊滅。他方で、台湾史上はじめて組織だった政治運動が展開されたことの意義は大きい。
・なお、以上の時期の運動に関して日本語文献としては若林正丈『台湾抗日運動史研究』(増補版、研文出版、2001年)がある。

|

« 国分拓『ヤノマミ』 | トップページ | ケネス・ルオフ『紀元二千六百年──消費と観光のナショナリズム』 »

台湾」カテゴリの記事

近現代史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197828/51581553

この記事へのトラックバック一覧です: 黄煌雄《兩個太陽的臺灣:非武裝抗日史論》:

« 国分拓『ヤノマミ』 | トップページ | ケネス・ルオフ『紀元二千六百年──消費と観光のナショナリズム』 »