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2011年4月21日 (木)

ジークムント・フロイト『モーセと一神教』

ジークムント・フロイト(渡辺哲夫訳)『モーセと一神教』(ちくま学芸文庫、2003年)

・出エジプト記などのエピソードではユダヤ人の子供だったモーセがファラオの皇女に拾われて云々とややこしい話になっているが、素直に考えればモーセはユダヤ人ではなくエジプト人だった、彼はイクナートンの一神教観念を持ち込んでユダヤ人を自らの民族として選び取った、つまりユダヤ人はモーセの手によって選民となった、しかしユダヤ人は彼の厳しさに耐えかねてモーセを殺した=「父殺し」になぞらえるという趣旨。忘れ去りたい出来事だったからこそ神話的脚色。この忘却された悔恨がユダヤ人の精神的基盤の中で反復強迫。
・原始状態を想定→理想像でありながらも恐れ憎むアンビバレントな対象としての父を息子たちが打ち殺した→兄弟同士で闘争状態に陥る危険性→和解、社会契約(このあたりのロジックはホッブズ的)→欲動の断念→道徳の芽生え→内面化された超自我が自我にプレッシャーをかけるという精神分析的なモデルにつながる。一神教観念は、単にモーセ殺害の悔恨だけでなく、こうした原始以来の記憶の反復として表れてきた。
・偶像崇拝の否定→感覚的知覚への蔑視→欲動の断念につながる。

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