安達正勝『物語 フランス革命──バスチーユ陥落からナポレオン戴冠まで』『死刑執行人サンソン──国王ルイ十六世の首を刎ねた男』、他
フランス革命はアメリカ独立革命と共に、いま我々が暮らしている近代社会の基本的理念が政治の現実の中で具体化された初めてのケースとして画期的な出来事であったが、そればかりでなく、矛盾や暴力も絡まりあって変転する革命のプロセスそのものにドラマとしての迫力がある。日本でも例えば幕末・維新期の動乱は時代劇的エピソードの豊かな宝庫となっているが、それと同様の面白さがあると言っていいだろうか。
安達正勝『物語 フランス革命──バスチーユ陥落からナポレオン戴冠まで』(中公新書、2008年)は革命の進展をまさにそうした多様な人物群像の織り成すドラマとして描き出してくれる。個々の登場人物それぞれに思惑を抱きつつも、意図せざる相互反応の連鎖が大きなうねりをなして、その中で意に沿わぬ成り行きに当惑したり、裏切られたり、或いは図らずも頂点に立ったり、翻弄される悲喜こもごもの凄み。もともと開明的な君主であったからこそ革命に巻き込まれていくルイ16世、「腐敗し得ぬ」潔癖な理想主義者だったからこそ恐怖政治に突っ走っていくロベスピエール、結果として革命を成就するナポレオン等々、多彩な登場人物それぞれの内在的ロジックを明らかにしながら描かれるからこそ、この大きなうねりに巻き込まれていく姿はドラマチックだ。本来ならば歴史の表舞台に立つことのなかったはずの女性や低階層出身者が、革命をきっかけになったからこそ活躍し始めたところに注目しているのが特色と言える。エピソード豊富で面白い。
こうした人物群像の一人として興味がひかれるのが安達正勝『死刑執行人サンソン──国王ルイ十六世の首を刎ねた男』(集英社新書、2003年)の主人公、シャルル‐アンリ・サンソンだ。身分が固定されて職業選択の自由などあり得なかった時代、人々から蔑まれながらも親から死刑執行人の家業を継いだ彼は、やはり家柄ゆえに断頭台に立つことになったルイ16世の死刑を執行する立場になる。立憲君主制支持者として、かつルイの温厚な人柄に触れたことがあって敬愛していたにもかかわらず手を下さざるを得なくなった煩悶。旧体制では身分ごとに死刑執行方法は異なり、貴族は斬首、庶民は絞首刑と決まっていた。ところが、革命ですべての人間は平等であるという理念から斬首刑に一本化された。また、従来は執行人が刀を振り下ろして首を斬っていたが、失敗して余計に苦痛を与えるケースも多かった。そこで、苦痛をできるだけ少なく機械的に迅速かつ確実に執行するという人道的配慮から考案されたのがギロチンであった(刃渡りを斜めにして確実さを高めたのは、ルイ16世自らの提案によるという。彼は刑罰の人道主義化に熱心であった上に、錠前作りという趣味からうかがえるように精密科学への造詣が深かったことも指摘される)。ところが、革命の進展につれて死刑判決を受ける政治犯が急増、本来、刑罰の人道化を目指したギロチンが、その機械的使いやすさから死刑執行数の増加に拍車をかけてしまった。サンソンはやりたくて死刑執行人をやっているのではない。凶悪犯を処刑するならばまだしも自分の仕事への納得のしようもあったが、大義名分も何もなく多くの人々が断頭台へと送られてくる状況は精神的にも耐えがたく、彼は死刑廃止を訴えるようになる。
佐藤賢一『フランス革命の肖像』(集英社新書ヴィジュアル版、2010年)はフランス革命に登場した人物の肖像画を集め、合わせてそのプロフィールをつづった歴史エッセイ。意外とイメージと異なる風貌の持ち主もいたりして、この革命ドラマを見ていく上で奥行きが出てきて面白い。佐藤さんの『小説フランス革命』シリーズ(集英社)はいずれ時間をみつけてゆっくり読んでみたいと思っている。
フランス革命関連で私が初めて読んだのは桑原武夫編『世界の歴史10 フランス革命とナポレオン』(中公文庫)だった。高校三年生のとき、受験世界史の勉強に役立っただけでなく、息抜きにも面白かった覚えがある。それから大学一年のとき、高名な歴史家の定評ある古典的史書を読もうと思って最初に手に取ったのがジュール・ミシュレ(桑原武夫編)『フランス革命史』(中公バックス)。手に取る前は何となく敷居の高そうな感じもしていたが、いざ読み始めるとこれがまた小説的に面白くて一気に読み通した(抄訳ではあるが)。そういえば、第二外国語でとったフランス語の授業のうち1コマはレチフ・ド・ラ・ブルトンヌ『パリの夜』の講読だった。
アルベール・ソブール『フランス革命』(上下、岩波新書)、ガリーナ・セレブリャコワ『フランス革命期の女たち』(岩波新書)、平岡昇『平等に憑かれた人々』(岩波新書)といった本もその頃古本屋で買って蔵書にあるはずだが、すぐには見つからない。
ロベスピエールなどの理想主義者が、まさにその理想を追求するがゆえに常軌を逸していくという逆説は、私がとりわけ関心をひくところだった。アナトール・フランス『神々は渇く』(岩波文庫)は、ジャコバン派支持者となったある貧乏画家の変貌を通してそうしたあたりをよく描き出しており、興味を持った覚えがある。
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