家永真幸『パンダ外交』
家永真幸『パンダ外交』(メディアファクトリー新書、2011年)
もともとパンダには無関心だった中国社会。ところが、いつしかパンダは中国のシンボルとして内外共に認知されている。その背景には中国外交のしたたかな外交戦略があったというのが本書の趣旨だ。
日中戦争で苦境にあった中華民国政府は欧米社会からの支持を取り付けるため外交宣伝工作を活発に展開していたが、その際に政治資源として活用された一つがパンダの可愛らしさ。初のパンダ外交は1941年。誠実で温和な性質というイメージ付与によって平和の象徴に仕立て上げ、また稀少な動物愛護というメッセージは「文明国として欧米諸国と同じ価値観を共有している」とアピールすることができた。
冷戦期にもパンダは微妙な国際関係に翻弄されるが、パンダに絡めて紹介される横道的なエピソードも目を引く。例えば、アニメ映画「白蛇伝」のこと。また、雑誌『anan』(1970年創刊)のタイトルは先に中国からモスクワに贈られていたパンダのアンアンに由来するそうで、これはパンダ=可愛いという感覚を先取りしたものだと指摘、1972年のパンダ初来日の地ならし的な意味合いを持ったのだという。
清朝末期、まだパンダに関心を寄せるほど余裕のなかった時代、パンダに関心を寄せ始めたのは欧米の研究者であったが、見方を変えれば中国自身の博物学的知識は欧米人に先取りされていたとも言えるわけで、やがてナショナリズム的なプライドに関わる問題と認識されるようになる。近年になっても、ワシントン条約など動物愛護の気運が高まる中、無条件に国外移送ができなくなったのを逆手に利用して「台湾は同じ中国国内である」→台湾に贈呈→「一つの中国」をアピールする機会に利用しようと試みたこともあった。いずれにせよ、「国家」としての範疇と地位の確立が近代中国外交の目的であり、可愛いパンダを見たいという世界の人々の気持ちを正確に把握したからこそ、その時時の外交当局者は政治的リソースとしてうまく使いこなしてきた。他方で、パンダを受け取る側も言質を取られまいと曖昧な表現で受け流していく。そうした外交上の機微が、パンダという一見政治とは関係なさそうな着眼点を通して浮かび上がってくるところがとても面白い。
なお、初めてパンダを射殺したローズヴェルト兄弟(父親は元大統領セオドア)、次男の名前はカーミット。見覚えがあると思ったら、後にCIA諜報員としてイランのモサデク政権転覆クーデターで暗躍したカーミット・ローズヴェルトの同名の父親だった。
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