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2011年4月 7日 (木)

ユルゲン・ハーバーマス『公共性の構造転換──市民社会の一カテゴリーについての探求』

ユルゲン・ハーバーマス(細谷貞雄・山田正行訳)『公共性の構造転換──市民社会の一カテゴリーについての探求』(第2版、未來社、1994年)

・私的自律性を備えた個人が公開の場における討論を通して合意を形成していく、いわゆる討議倫理的なあり方が民主主義の基盤=市民的公共性であるという考え方を前提に、こうした意味での公共性がヨーロッパ史の中でどのように形成され、近代に入って解体されたのかを検討するのが趣旨。
・近世以来のイギリス、フランス、ドイツの歴史を検討→自由市場の進展、ブルジョワ階級の成立、読者層の拡大→私的コミュニケーションの範囲が拡大→国王・貴族中心の国家権力と対峙する形で公共圏の成立、国家と社会の分離。公共圏の担い手は有産階級中心という限定つきだが、少なくとも自律的個人によるコミュニケーションという理念型が成立したことによる可能性の広がりを強調(このあたり、何となくハンナ・アレントの議論も想起される)。
・「公共性は、それ自身の理念によれば、その中で原理的に各人が同じ機会をもって各自の好みや願望や主義を申告する権利をもったというだけでは、民主主義の原理となったのではない。このようなものは、ただの意見(opinions)にすぎない。公共性は、これらの個人的意見が公衆の論議の中で公共の意見、公論(opinion publique)として熟成することができたかぎりでのみ、実現されえたのである。万人の参加可能性の保証ということの意味も、はじめから、とにかく論理の法則に従う賛成弁論と反対弁論のための真理保証の前提という意味で理解されていたのである」(288ページ)。
・有産階級中心に成立した公共圏だが、19世紀以降、無産階級の台頭→具体的利害をどのように配分するかが公共圏における中心課題となった。自律的個人同士の討論によって合意を形成するよりも、公論を強制権力へと転化させようとする動き、多数者の専制(トクヴィル)。
・国家と社会とが相互浸透するようになり、公共圏の範囲は拡大したが、他方で質的に変容していくという逆説→福祉国家。
・「社会圏への国家的介入に対応して、公的権能を民間団体へ委譲するという傾向も生じてくる。そして公的権威が私的領域の中へ拡張される過程には、その反面として、国家権力が社会権力によって代行されるという反対方向の過程も結びついてくるのである。このように社会の国有化が進むとともに国家の社会化が貫徹するという弁証法こそが、市民的公共性の土台を──国家と社会の分離を──次第に取りくずしていくものなのである。この両者の間で──いわば両者の「中間から」──成立してくる社会圏は、再政治化された社会圏であって、これを「公的」とか「私的」とかいう区別の見地のみからとらえることは、もはやできなくなっている」(198ページ)。
・「かつては私生活圏の自立性が法律の普遍性を可能にしていたが、国家と社会の相互浸透によってその私生活圏が解消されるにつれて、論議する私人たちから成る比較的同質の公衆のよって立つ地盤もゆるがされた。組織された私的利害の間の競争が、公共性の中へ侵入してくる。かつては個別利害は私有化され、それゆえに階級利害という公分母の上で中和されて、公共的討論の或る種の合理性と有効性をも可能にしていたのであるが、今日では合理的討論の代りに、競合する利害の示威行動が現れる。公共の論議において達成される合意は鳴りをひそめて、非公共的に戦いとられ、或いは力づくで貫徹された妥協に席をゆずる」(235ページ)。
・「討論はいつのまにか独特の変質をとげたのである。つまり討論そのものが消費財の形態をとってくる」(220ページ)。「マス・メディアが作り出した世界は、もうみかけの公共性にすぎない。しかしまた、それが消費者に保証している私生活圏の充実感も、幻想的なものである。…今日ではマス・メディアが文学的外被を市民の自己理解から剥ぎとり、それを消費者文化の公共サーヴィスのための便利な形式として利用しているために、その根源的意味は錯倒されている」(227ページ)。マス・メディアは討論の場ではなく、広告の手段となった。

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