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2011年4月28日 (木)

ハオ・チャン『梁啓超と中国における精神史的変遷:1890─1907』

Hao Chang, Liang Ch’i-ch’ao and Intellectual Transition in China, 1890─1907, Harvard University Press, 1971

・科挙受験者としてエリートになることが期待されながらも康有為に傾倒して変法運動に身を投じ、戊戌政変では命からがら日本へ亡命、その後も時に政治家として、時にジャーナリストとして独特な存在感を示した梁啓超。 西洋列強の進出による清朝の政治的動揺、いわゆるウェスタン・インパクトによって自覚された中国伝統思想と西洋近代とをどのように折り合いをつけたらいいのかという戸惑い。大きな転換期にあって近代中国の行方を模索した梁啓超の幅広い言論活動からは、こうした問題意識の一つの縮図を見て取ることができる。彼の発言には時代的に一貫性がないとも言われる。しかし、逆に考えるなら、手探りしながら西洋近代の知見を摂取(日本の明治啓蒙思想も介在)、情勢の変転を見ながら試行錯誤でロジックを組み立てようとしていた苦闘には、むしろ一貫性がないからこそ生身の知的格闘が醸し出す真摯な迫力が見出されるだろう。

・先週、検索中にたまたま存在を知って古書店に注文した本。ざっと目を通したが、何だか風邪気味で頭がぼんやりしているので、読みながらとった簡単なメモだけ。
・彼の言論は時代によっても、どこに力点を置いて理解するかによっても、浮かび上がってくるイメージは違ってくる。本書は、新儒学や康有為から受けた影響に始まり、西洋文明を摂取しながら彼の中でも変転していく内在的な思想展開を整理(侵害革命前まで)。1960年代半ばに提出された博士論文がもとになっており、指導教官はベンジャミン・シュウォルツらしい。
・停滞した伝統中国→変革するには?→西洋近代を成り立たせている活発で活動的な個人モデル、進取の精神と比較、運命屈従ではなく人間の努力によって切りひらく人間観→伝統思想における静寂主義を批判する一方、個人の内面において活動への動機を促すダイナミズムとして新儒学(とりわけ陽明学)の唯心論的発想に注目、公共心(日本の武士道、幕末の志士たちは陽明学の影響を受けていたとする指摘は、例えば蒋介石などにも受け継がれている)。
・社会ダーウィニズムの摂取→闘争による世界の進歩という観念→弱肉強食の世界の中で生き残るには?→「群」としての凝集力(加藤弘之の影響→功利主義的人間観を受け容れた一方で、闘争のために個人同士が助け合うという考え方、と梁は理解)、国民国家の形成。国民主権による民主主義+国民国家。新たな国民像を「新民」と表現。集団としての「自由」を重視。ただし、外的契機への反応として「国家」と「個人」を結びつける視点が中心となったため、「国家」と「個人」/publicとprivateとの緊張関係という課題までは考えが及ばず。
・政体の正統性は、伝統儒教では「天」に由来したが、梁は「民」に転換→国民主権、公共性。ただし、共和制への移行は簡単ではない→過渡期における制度的手段として君主制。
・文化的アイデンティティを保持しながら西洋文明と伍していけるだけの近代化、国民国家形成という課題。
・世紀の変わり目の頃、革命派には反帝国主義よりも排満主義の方が大きくなってきた→満州人排除という偏狭なナショナリズムに梁は反対。漢人だけでなく他の民族も一緒に→民族主義(nationalism)ではなく理性的で幅広い国家主義(statism)。
・梁は革命家か、改革者か?→両方の要素があるが、おそらく後者。五四運動世代は伝統を全否定したのに対し、梁は部分否定。

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