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2011年3月 8日 (火)

【映画】「ブンミおじさんの森」

「ブンミおじさんの森」

 タイ北東部で農場を営むブンミは腎臓を患っており、毎日人工透析を受けなければ生きていけない。死期もいずれ近づいていると自覚していたある日、彼のもとに訪れた異形の者たち──19年前に亡くなったはずの妻の幽霊と、行方不明となっていたが猿の精霊に姿を変えた息子。驚くブンミたち、しかしすぐに彼らの存在を自然なものとして受け容れるところにこの映画に通底する価値観が表われている。

 唐突かもしれないが、私はこの映画を観ながら、中学生のころ初めて柳田國男『遠野物語』を読んだときの不思議なドキドキ感を何となく思い出していた。近代に入って灯りが暗闇を生活世界から駆逐してしまう前、まだ異界が身近なところに感じられていた時代、暗闇の向こうにあるであろう未知なる何かへの畏敬の念があった。そこには恐ろしいものが棲息すると同時に、亡くなった人も未知なるどこかにいるのではないかという安心感もあった。同じ地平にいるのだからいつかまた会えるだろうという安らぎの気持ち。この世と異界とに境界線がない、さらに言えば、一木一草、生きとし生けるものすべてが一如につながっている感覚。幽霊も精霊も、この映画に登場するすべてが、ひょっとしたら自分がそうであったかもしれない可能性を示している。それはアニミズムとも言えるし、この映画では仏教的な輪廻転生として描かれている。死に対して若干の不安も感じていたブンミは亡き妻との語らいの後、親しい者たちと共に森の中の洞窟へと向かって穏やかに死を受け容れていく。

 タイ映画として初めてカンヌのパルムドールを受賞した作品である。ブンミおじさんの話は、監督が故郷であるタイ東北部の寺院を訪れた際に教えてもらった実話に基づいてアレンジしているらしい。それだけでなく、ラオスから国境を越えて出稼ぎに来た労働者の存在、かつてタイ国軍による共産主義者狩りに従事して人を殺した体験の告白など、社会的背景も織り込まれている。どこに着眼点を置くかによって各自なりの解釈をしていく余地があるだろう。

【データ】
監督・脚本:アビチャッポン・ウィーラセタクン
2010年/タイ、イギリス、ドイツ、フランス、スペイン/114分
(2011年3月6日、渋谷、シネマライズにて)

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「ブンミおじさんの森 」★★☆ タナパット・サイサイマー出演 アピチャッポン・ウィーラセタクン監督、 114分、2011年3月5日公開 2010,イギリス、タイ、フランス、ドイツ、スペイン,ムヴィオラ (原作:原題:UNCLE BOONMEE WHO CAN RECALL HIS PAST LIVES)                     →  ★映画のブログ★                      どんなブログが人気なのか知りたい← 第63回カンヌ国際映画祭にて、 タ... [続きを読む]

受信: 2011年5月 7日 (土) 11時48分

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