【映画】「台北の朝、僕は恋をする」
「台北の朝、僕は恋をする」
台北という街の魅力は夜になってこそよく分かる、というのがこの映画の趣旨なのだろうか。
深夜の書店でいつもフランス語の語学書を座り読みしているカイ(ジャック・ヤオ/姚淳耀)。彼のことが気になっている書店員のスージー(アンバー・クォ/郭采潔)は声をかけてみたが、彼は恋人がパリに行ってしまって落ち込んでいる様子。あとを追おうにも飛行機代すらない。知り合いの不動産屋に代金を用立ててもらったが、代わりにある“ブツ”の受け取りに行って欲しいと頼まれた。“任務”の途中、コンビニでバイト中のカオを誘い、たまたま出会ったスージーも一緒に別れの晩餐とばかりに夜市に繰り出したところ、“ブツ”を狙う不動産屋の甥の一味や犯罪がらみかと勘違いした刑事に追われるはめに──。突如訪れた非日常、夜の台北を駆け回る。
監督のアーヴィン・チェン(陳駿霖)は中国系アメリカ人でエドワード・ヤンに師事するため台北に来た人だという。海外へと出たがる台湾の若者が多いのに対して、台北という街もなかなかオシャレですてたものじゃないよ、というのがこの映画を製作した動機らしい。話の筋立てはゆるい感じのドタバタ・ラブコメディーだが、夜の台北の光景を写し撮るカメラアングルが見所だろう。モダンな高層ビルが乱立する一方、お寺や古びた路地裏、夜市の活気、ネオンが時に怪しさすら感じられる並びも共存する街。夜明けを背景としたショットはドタバタの後だけにひときわさわやかに美しく感じられる。悲喜こもごもそれぞれの恋愛模様が織り成す息遣いを、泥臭くならずに描き出しているところは悪くない。
最近の台湾映画ではニュウ・チェンザー監督「モンガに散る」も話題となった。モンガ=萬華は日本でたとえると浅草に相当するような下町である。映画中では台湾語が頻繁にとびかい、1980年代という時代背景の中で台湾の濃厚な土着性を強調したストーリーになっていた。同様に台北という都市を舞台にした映画でも「台北の朝、僕は恋をする」とはテイストが異なり、好対照をなすのが面白い。この二作に絡めてもう少し話を進めると、「モンガ~」では大陸系マフィアの進出に地元ヤクザが立ち向かう。「台北の朝~」では若者が欧米に行きたがる風潮が背景となっている。いずれにせよ、この小さな島国が海外との関係でアイデンティティが揺らぐ姿が浮かび上がっているとも言える。それでも愛着を覚える都市、台北。外ばかり気にしていないで、足元を見ればなかなか悪くないじゃない、そうした自然な愛着を映像のパッチワークを通じてさらりと感じさせるのがこの「台北の朝、僕は恋をする」の良いところだろう。
製作総指揮にヴィム・ヴェンダースの名前が出ていたが、彼が小津安二郎へのオマージュとして製作した「東京画」という映画も以前にDVDで観た。笠智衆へのインタビューが印象的だったが、私自身もまだ幼くて見覚えのない1980年代の東京が映し出されていたのがちょっと面白かった覚えがある。都市の風景が醸し出す独特な情感は私が映画を観るときにいつも念頭に置くポイントだ。
カイとスージーが出会ったのは夜中の書店。台北で24時間営業の書店といったら誠品書店敦南本店だと思うが、見た感じでは店内のレイアウトがちょっと違うような気がした。エンドクレジットには誠品書店西湖店と信義店の名前が出ていたから、二人が出会ったのが西湖店、書店内でみんなが踊っているラストシーンは信義旗艦店だろうか。なお、向こうでは立ち読みならぬ座り読みは当たり前、早朝に誠品書店敦南本店に行くと寝転がっている人を見かけることもある。
【データ】
原題:一頁台北/Au Revoir Taipei
監督・脚本:アーヴィン・チェン
製作総指揮:ヴィム・ヴェンダース
台湾・アメリカ/85分/2010年
(2011年3月20日、新宿・武蔵野館にて)
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コメント
「台北の朝、僕は恋をする」を今日、午後観てきました。ブログを拝読して魅力を感じたのと、ヴィム・ヴェンダースの名前があったので、観てみようと思った次第。ヴェンダースの作品は何本か観ています。ブログに書かれていた、まさにその通りの内容でした。観た後の気分はさわやかでした。
スピッツの草野正宗さんが地震の後に元気がなくなってしまったそうなのですが、主人公のカイが草野さんにどことなく似ている感じがしました。草野さんがこの映画を観て元気になってくれたらな、と思いました。
投稿: sasuke | 2011年4月 6日 (水) 22時22分
機会があれば台北の街を歩いてみると色々な魅力をかみしめられてもっと面白いかもしれません。治安は良好な国ですから、夜歩きしても心配いりませんし。
投稿: トゥルバドゥール | 2011年4月 7日 (木) 00時30分
台湾は行ったことがないのですが、映画が好印象でしたので、いつか行ってみたくなりました。
投稿: sasuke | 2011年4月 7日 (木) 22時57分
食事はおいしいですし、国柄も穏やかですし、近いですから気軽に行けますし、是非どうぞ!
投稿: トゥルバドゥール | 2011年4月 8日 (金) 01時06分