ミカエル・ロストフツェフ『隊商都市』、グランヴィル・ダウニー『地中海都市の興亡──アンティオキア千年の歴史』
メソポタミア、エジプト、ギリシア、地中海、文明揺籃の地に囲まれて通商交易で繁栄した都市国家であるぺトラ、ジェラシュ、パルミュラ、ドゥラ。ミカエル・ロストフツェフ(青柳正規訳)『隊商都市』(新潮選書、1978年)はこれら古代オリエント都市の遺跡に立って当時の光景に思いを馳せる。著者のロストフツェフはロシア出身、ロシア革命で亡命した後、イェール大学教授となったギリシア・ローマ史の大家である。本書は1920年代後半にこれらの遺跡を回った紀行文である、と言っても学術的な考察がしっかりしているからむしろリーダブルな歴史書という感じだ。イギリス委任統治下でトランスヨルダン王国が成立したばかりの時期、政府の要所にイギリス人が配されているのを見てローマ帝国を彷彿とさせるという趣旨のコメントもあった。原書刊行は1932年、それからすでに80年近く経過しているわけで、もちろん個々の細部に関しての研究ははるかに進展しているのだろう。しかしながら、考古資料に基づいて往時の光景を再現させる筆致はいま読んでも興味がそそられる。
グランヴィル・ダウニー(小川英雄訳)『地中海都市の興亡──アンティオキア千年の歴史』(新潮選書、1986年)は地中海東岸諸都市の中でもアンティオキアに焦点をしぼった通史である。アンティオキアはヘレニズム文明をイスラム文明へと継受させた要であり、また古代キリスト教五大主教座の一つとして古代オリエント史では非常に目立つ存在感があった。ところが邦題で「地中海都市」となっているのは、(新約聖書の読者をのぞくと)日本では馴染みがないからであろうか。セレウコス朝の首都として造営され、ローマ帝国時代、とりわけキリスト教の普及と宗教対立、ペルシアとの抗争、帝国内部の動揺、東ローマ帝国を経てイスラム勢力に呑み込まれるまでにこの都市を舞台として繰り広げられた数々のドラマを描き出してくれる。上掲『隊商都市』が考古資料に基づいて往時の古代都市の光景を再現させるのに対して、こちらの『地中海都市の興亡』では遠大なタイムスパンの中で様々な文明が交錯している姿が見えてくるのが面白い。
こういう古代史ものはもともと好きだったから読んでいて楽しい。素直にこっち方面の研究者になっていればよかった、などと思っても後悔先に立たず、と言うか、現実逃避心理の表われに過ぎないな。
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