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2011年2月 3日 (木)

水羽信男『中国近代のリベラリズム』、章詒和『嵐を生きた中国知識人──「右派」章伯鈞をめぐる人びと』

 水羽信男『中国近代のリベラリズム』(東方書店、2007年)は羅隆基、施復亮という二人の知識人の思想展開をたどりながら近代中国におけるリベラリズムについて考察、リベラリストとして思想形成をしていた彼らが中国共産党による革命指導を積極的に支持したのはなぜなのかという問いが軸となる。議論の詳細は本書を参照してもらうとして、まず社会的混乱や貧困にあえぐ当時の中国において民主化・工業化を進めるには国家権力による上からの指導が必要だという認識があり、その点で共産党を支持した。同時に、個人としての尊厳などリベラルな諸価値を守るために自律的な公共空間の形成、そうした意味での国民の創出を求めたが、この点では結果論として裏切られたことになる。彼らのような中間派は共産党対国民党の二者択一的・排他的対立に巻き込まれて切り崩されていく。

 こうしたリベラリストは共産党主導の新中国においてどのような運命をたどったのか。しばらく積読状態だった章詒和(横澤泰夫訳)『嵐を生きた中国知識人──「右派」章伯鈞をめぐる人びと』(集広舎、2007年)をようやく手に取った。章伯鈞は、羅隆基と共に「章羅同盟を倒せ!」という掛け声で反右派闘争の糾弾を受けた一人である。共産党以外の民主諸党派の一つ中国民主同盟副主席、中国農工民主党主席で、中華人民共和国成立に協力、政府のポストにも就いたことがあった。著者の章詒和はその娘で、本書はまだ少女だった頃、父親と交遊のあった人びとについての思い出をつづった回想録である。

 共産党支配による言論取締りが厳しくなりつつある中、互いに私宅を行き来しながらの語らい。彼らが目指した自律的な言論による公共空間とは、何も口角泡をとばして堅い議論をするばかりでなく、世間話や芸術論やそのほか自然に話題が出てくる様々な語らいの中にもあるのだろう。そうした互いを尊敬しあっているからこそできた語らいを可能にする私的な空間も、友人関係も、党上層部の圧力で批判闘争を促される中で徐々に崩されていく。史良、儲安平、張伯駒(袁世凱の縁戚で、一時期、袁世凱の息子・袁克定を同居させていたらしい)、聶紺弩、羅隆基、その他行き来のあった多くの人びと。底本となっている原書のタイトル『最後的貴族』は、康有為の娘である康同璧母子との交流を記した第四章にちなむ。康同璧母子の洗練された身のこなしに貴族のイメージを感じ取ったからだが、他の人々の中に精神的貴族としての誇りが見出せるとも言える。

 一人ひとりの人物の性格的特徴が生き生きと、時に意地悪なほど冷静な眼差しで捉えているのが面白い。密告は当たり前、ちょっとした言動でもつるし上げられかねない危険な時代状況の中でも互いに気遣い合ったり、逆に猜疑心が刺激されて警戒し合ったり裏切ったり、様々な人間模様の一つひとつにどこか悲哀と人間味を感じさせる情感がにじむ。そうした筆致には小説を読むような魅力があって、彼らの声が息づいたひそやかな世界へと自ずと引き込まれていく。

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