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2011年2月 6日 (日)

ヴァーリ・ナスル『富の力:新しいムスリム・ミドルクラスの台頭は我々の世界にとってどのような意味を持つのか』

Vali Nasr, Forces of Fortune: The Rise of the New Muslim Middle Class and What It Will Mean for Our World, Free Press, 2009

 イスラム主義の台頭というと、イラン・イスラム共和国体制やアルカイダのテロリズムとすぐ結び付けられ、一般に評判が悪い。しかしながら、イスラム主義をイスラムの価値観を大切にする生活態度と考えればその立場は多様であり、一括りにはできない。

 本書の要点は、経済活動の活発化によってミドルクラスが成立・安定化すれば、イスラム世界においても民主主義や資本主義は適合的なシステムになるという主張にある。ただし、それは欧米の近代化論者が考えがちな宗教色を薄めたモデルではない。むしろ、資本主義の進展と共に、イスラム圏の人びとは心の拠り所を伝統的価値に求めるようになり、それは矛盾するどころか両立する。つまり、イスラムにおける民主主義や資本主義にとって世俗主義は絶対の要件とは言えないと指摘される。経済的に安定したミドルクラスは過激主義に走ることはないし、進歩的な思想も受け入れる。考えようによっては、マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で理念型として示されたカルヴィニズムと同様の作用も持ち得るともほのめかされる。

 ドバイでは物質的な繁栄、西洋的消費スタイルを楽しみながらも、同時にイスラムの信仰に忠実な人びとの姿が観察される。イラン王制下で成立したミドルクラスはシャーの圧制に反発、彼らはイラン革命の重要な担い手となった(ただし、イスラム勢力をコントロールできないままホメイニ体制が成立)。

 反イスラム・西洋的近代化志向の世俗主義者(本書ではKemalistと表現されるが、トルコだけでなくエジプト、パキスタンなどの指導者も含まれる)は権威主義体制によるトップダウンの行き過ぎにより国内におけるミドルクラス形成に失敗、貧富の格差が拡大し、社会的不安定をもたらしてしまった。ケマリストの失敗に対する不満の受け皿となったのがイスラム主義勢力である。社会的不公正や貧困が原因なのだから、良好な統治さえ実現できればこうしたイスラム主義も急進化することはない。

 アメリカはパキスタンにおけるケマリストたるムシャラフ(彼は実際にトルコの世俗主義にシンパシーを抱いていたらしい)をバックアップした。ところが、パキスタン軍部は戦略的見地からタリバンを支援していたこと、権威主義体制の抑圧で国内が不安定していた情勢をアメリカは見誤っていたと指摘される。これと対照的なモデルとして注目するのがトルコのAKP(公正発展党)政権である。AKPはイスラム政党に出自を持つが、経済政策をうまくハンドリングし、政治的多元化も推進している。

 チュニジアやエジプトは中東諸国の中でも比較的安定した国だったとも言われる。今回の一連の情勢でも野党勢力支持者には経済的に成長しつつあるからこそ政治的意識に目覚めたミドルクラスも見出されるだろう。また、報道によると野党勢力内のムスリム同胞団などイスラム主義を欧米が懸念していると伝え聞くが、イスラム主義志向の人びとを排除するとかえって民主化にマイナスとなり得る点を考えておく必要があるのだろう。

 この著者によるThe Shia Revival: How Conflicts within Islam Will Shape the Future(Norton, 2007)という本を以前に読んで興味を持ち(→こちら)、その時に掲題書を取り寄せたまま積読状態になっていた。たまたま本棚から発掘し、現在進行形のエジプト政変について考える上でも参考になるかと思って読み始めた次第。なお、著者のプロフィールをみると、イラン生まれ、タフツ大学フレッチャー・スクール教授、外交問題評議会シニア・フェロー、ハーヴァード大学ケネディ行政学院ドバイ・イニシアティヴ・シニア・フェローといった肩書きが並んでいる。

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