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2011年2月 1日 (火)

適当に原敬

 日曜日、原敬に関連して色々と渉猟したのだが、気分があまりのっていないので適当にメモ。原敬をめぐっては、議会制民主主義確立に寄与したと肯定的に捉えるのか、それとも党利党略ばかりで政党政治を堕落させたと否定するのか、評価は分かれる。見方を変えると、こうした原敬評価の分裂は、戦後日本において政党政治が曲がりなりにも機能したのは昭和初期の一時期を挟んでそれ以前からの素地があったからだと政党史を連続的に捉えるのか、それとも大正・昭和初期の政党政治が失敗したから軍国主義を招いたのだと考えるのか、こうした日本近代史認識の相違とも連動している(この点では、統帥権独立など陸軍建設者としての山県有朋をどのように評価するかという議論と同様かもしれない)。私自身としては前者の観点に説得力を覚えている。見栄えの良い理想主義者とは異なって、藩閥勢力と妥協し、利益誘導を厭わず、権謀術数をめぐらした原のあくの強さに当時から世評は芳しくはなかった。しかしながら強引な政治手法を用いてでも明治憲法体制の限界内で政党政治の素地を作り出した功績はやはり看過し得ない。

 彼の政治史的経歴をたどった(ただし、原内閣成立直前まで)テツオ・ナジタ(佐藤誠三郎監修、安田志郎訳)『原敬──政治技術の巨匠』(読売新聞社、1974年)は、原が泥臭くとも「可能性の技術」を駆使しながら行った政治行動は美濃部達吉の憲法論などと相補って憲政に具体的内容を与えたと捉えている。原を現実主義者と考える点では、三谷太一郎『日本政党政治の形成──原敬の政治指導の展開』(東京大学出版会、1967年)は、「自然の趨勢」「時勢の力」といった客観状況を認識、その現実に順応していくところに原の政治的人格を捉え、こうした観点から彼の政治指導を分析している。なお、三谷太一郎『政治制度としての陪審制──近代日本の司法権と政治』(東京大学出版会、2001年)は戦前期における陪審制度が確立していく経緯の分析だが、原敬率いる政党と平沼騏一郎率いる司法との政治闘争が主軸となっている。川田稔『原敬 転換期の構想──国際社会と日本』(未来社、1995年)、『原敬と山県有朋──国家構想をめぐる外交と内政』(中公新書、1998年)は、藩閥政治から政党主導政治への転換期にあたり外交と内政とが連動した国家構想のあり方に注目しながら原敬の位置付けを行なっている。原敬を知る取っ掛かりとしては季武嘉也『原敬──日本政党政治の原点』(山川出版社・日本史リブレット人、2010年)が新しいし、叙述も簡潔なので読みやすく手頃だ。本格的な伝記として山本四郎『評伝 原敬』(上下、東京創元社、1997年)が詳しい。ただし、参考文献・年譜・索引がないのはこの手の本としては不便である。原奎一郎・山本四郎『原敬をめぐる人びと』(正続、NHKブックス、1981~1982年)は原がやり取りした書簡を基に周辺人物との関わり方を通して原の人物を浮かび上がらせる。当時の世相もうかがえるのが興味深い。服部之総『明治の政治家たち──原敬につらなる人々』(上下、岩波新書、1950~54年)は政友会関係者を中心に原と関わりのあった政治家たちを取り上げている。

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