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2011年2月28日 (月)

川又一英『エチオピアのキリスト教 思索の旅』、蔀勇造『シェバの女王──伝説の変容と歴史との交錯』

 三千年以上にわたる悠久の歴史を持つエチオピア。1974年の革命で皇帝ハイレ・セラシエが廃位されるまで連綿たる伝統を誇った王家は、伝説によるとシバの女王とソロモン王の息子メネリク1世まで遡る。父に会いに行ったメネリクは故郷エチオピアへ戻る際、モーセの十戒を収めたといわれる聖櫃をひそかに持ち帰ったといわれ、これがエチオピア王家の由緒を示す証拠とされた。いわゆる「失われた聖櫃」伝説は伝奇ファンタジーの格好の題材で、例えば映画「インディ・ジョーンズ」が有名だろう。なお、エチオピアのアクスム王国は4世紀にキリスト教を受容、アレクサンドリア総主教の下にいたため単性説をとり、451年のカルケドン公会議で異端とされた。

 川又一英『エチオピアのキリスト教 思索の旅』(山川出版社、2005年)は、この独自なキリスト教文化を持つエチオピアを歩いた歴史紀行。きっかけはエルサレムの聖墳墓教会、荘厳な雰囲気の中に突如聞こえてきた御詠歌のような単調な聖歌、それがエチオピア正教に関心をそそられたきっかけだった。シバの女王、失われた聖櫃などの伝承に好奇心をかき立てられ、この見知らぬ国へと一人旅立つ。不思議な音楽を耳にしたのを皮切りに、現地では地酒を飲み、疲労困憊した旅路を記録、そして聖櫃を求めて潜り込んだエチオピア北部の古都アクスム、そこの「シオンの聖マリア教会」で目の当たりにした祝祭。体感的な情景描写の中から歴史を具体的にイメージさせる筆致が面白い。

 エチオピア正教の典礼には旧約聖書に由来するユダヤ教的要素が色濃く見られ、かなり早い段階でキリスト教化したことは確からしい。黒いユダヤ人といわれるファラシャ族(ベータ・イスラエル)の村を訪れるシーンもあったが、ほとんどもぬけの殻。イスラエル政府の支援でほとんどが移住したということは別のイスラエル史の本でも読んだ覚えがある。エチオピアにはパスタを食べる習慣が広く見られるというのは初めて知った。20世紀初頭、ムッソリーニのイタリアによって短期間侵略された時の置き土産らしい。

 蔀勇造『シェバの女王──伝説の変容と歴史との交錯』(山川出版社、2006年)はシェバ(シバ)の女王伝説がユダヤ教世界、キリスト教世界、イスラム教世界、そしてエチオピアなど世界各地でどのように受容されたのかをたどる。エチオピア関連で関心を持ったのは第一に、北方のビザンツ帝国やイスラム勢力に対抗する形で王家の正統性を示すため聖櫃伝説が用いられたのではないかという指摘。第二に、ジャマイカで展開したラスタファリ運動。ラスタファリというのはハイレ・セラシエの即位前の名前である。奴隷とされた黒人の子孫にとって、アフリカで独立を維持し、かつ聖書にも記述のある古い王朝としてのエチオピアは特別な意味を持ち、それがユダヤ人にとってのシオンと同様にやがて自分たちが帰るべきアフリカとして理想化されたのだという。

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