藤森照信『看板建築』
藤森照信『看板建築』(写真:増田彰久、三省堂、1994年)
中央区、千代田区あたりの下町商店街を歩いていると、道路に面した二階壁面の銅版が緑青をふいた、いい感じに古いたたずまいを見せる建物を今でも時折見かけることがある(もはや絶滅危惧種ではあるが)。よくよく目を凝らしてみれば独特なデザインが面白い。看板建築である。
「看板建築」の名付け親である著者がフィールドワークで昔を知る人に聞いて回ったところ、たいていは昭和3,4年頃に建てられたのだという。震災復興期である。銀座・日本橋などのメイン・ストリートではアール・デコ調のビルディングが建てられたのに対し、周辺商店街にはこの看板建築が広がった。骨組みは木造だが、道路に面して人目につく平坦なファサードには銅版やタイル貼り。平べったいので素人でもデザインしやすく、このファサードをカンバスとみなす遊び心をくすぐられたようだ。商店だから人を呼び込むためできるだけ目立つ必要もあった。建築を自分たちの表現=作品とみなす考え方は明治より前の時代の伝統的建築にはあまりなかったが、こうした発想がこの震災復興期には町場の商店街にもすでに及んでいた。他方、モダンな中にも自分たちの愛着がある江戸趣味のデザインが描きこまれているのもなかなか風流である。
写真や平面図がふんだんに収録されている。特に建物写真と一緒に当時の人々の生活光景も映し出されているのは、眺めているだけでも面白い。著者が調査を始めたのは1970年代、それから20年を閲した本書刊行時点でもこうした建物はすでに消えつつあった。いくつかは江戸東京たてもの園に移築されたものの、やはり街中に息づいている姿をじかに見るには今がそろそろ最後のタイミングであろうか。
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