【映画】「冷たい熱帯魚」
「冷たい熱帯魚」
埼玉愛犬家連続殺人事件に題材をとっているらしい。映画が始まるやいなや、実話に基づく、という字幕が出るが、おそらく前作「愛のむきだし」と同様、アイデアのきっかけを実際の事件に求めつつ、あとは個人的な体験なども絡めてイマジネーションをふくらませたということだろう。
富士山麓の地方都市、小さな熱帯魚店を経営している社本は娘、再婚したばかりの妻との三人暮らし。気弱な性格で、非行に走った娘に何も言えない。ある日、娘がスーパーで万引きしたが、居合わせた村田という男のとりなしで許してもらった。彼も大きな熱帯魚店のオーナーで、同業者のよしみで仲良くしようと言われ、娘も更生のためという理由で彼の店で働くことになる。ところが、儲け話があると呼び出され村田夫妻が平然と人を殺すのを目の当たりにした社本。お調子者だった村田の態度は豹変、その圧倒的な呪縛から逃れられなくなり、死体処理の手伝いをさせられる。
インモラルな猟奇的スプラッターだが、村田という殺人鬼を演ずるでんでんの存在感が強烈だ。とぼけた田舎のおっちゃんの風貌から繰り出されるマシンガン・トーク、最初はお調子者のおどけだったものが、殺しを正当化する恫喝に早変わり、軽口と正論とが奇妙に混じりあった独特なリズムは、善悪の判断を突き抜けた凄みを噴出させてくる。村田が社本に浴びせる「お前には父親の威厳がない。俺は好き放題やってるが、そのかわり後始末もきちんと自分でやってる、ところがお前は自立していない」といった罵倒は、表面的な意味での正論以上のものが込められているのだろう。それは、一切のモラルを剥ぎ取り、むき出しになった裸の実存が、この不条理で過酷な世界にそのままで耐えられるのかという根源的な問いかけである。社本の脳裡に浮かぶプラネタリウムのモチーフも踏まえると、この宇宙のただ中での絶対的な孤独というイメージすら重ね合わせることができる。それでもこの不条理に耐えきれるのか。然り! 最後のどんでん返し、社本の娘の哄笑こそその答えであろう。エロもグロも完全に突き放した視点で描くと爽快ですらある。下劣でむごたらしいスプラッターをここまで哲学的に昇華させてしまうとは、おそるべし。
【データ】
監督:園子温
出演:吹越満、でんでん、黒沢あすか、神楽坂恵、梶原ひかり、渡辺哲、諏訪太郎、ほか
2010年/146分
(2011年2月4日、テアトル新宿にて)
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