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2011年1月16日 (日)

松本三之介『近世日本の思想像──歴史的考察』『明治思想における伝統と近代』『明治精神の構造』『明治思想史──近代国家の創設から個の覚醒まで』

 明治思想史をもう一度頭の中で整理しなおしたいと思い、以前読んだのも含めて何冊か松本三之介の本に今日一日でざっと目を通した。江戸期思想からの流れの中で伝統思想の近代思想に対する接合、対外危機を契機に国家中心の政治傾向→社会的にある程度まで成熟して富国強兵路線が国家目標として機能しなくなってきた→個の覚醒という流れ、政府主導による上からの欧化路線の一方で思想と現実生活との乖離、以上の問題点について当時の人々はどのように思想課題として取り組もうとしたのかがポイントになるだろう。

松本三之介『近世日本の思想像──歴史的考察』(研文出版、1984年)
「近世における歴史叙述とその思想」
・安積澹泊『大日本史賛藪』→歴史に「勢」や「機」を見出し、儒教的な名分論など自己の主観的意図ではどうにもならない客観的な事実の力を認める、「人心」「衆心」「民心」などに歴史を動かす力。
・伊達千広『大勢三転考』→客観的歴史叙述、歴史的必然(「止事をえぬ理」)を見出す。

「天賦人権論と天の観念──思想史的整理のためのひとつの試み」
・明治啓蒙思想において個人の自由権は伝統的な観念としての「天意」の読み替え→「天」の観念の二つの傾向:①自然的欲求そのものは非社会的→道徳的抑制が条件。②両者の対置論はとらず、自己中心性も肯定→国家すら奪えない固有の自然的権利。
・「生」を「天」へと結び付ける発想の系譜を、伊藤仁斎、安藤昌益などにさかのぼって考察。

「幕末国学の思想史的意義──主として政治思想の側面について」
・幕末国学における具体的な日常的生活倫理への傾斜→被治者論として庶民生活内部まで入り込む。

「近代思想の萌芽」
・政治を道徳への従属性から解放した荻生徂徠→政治の理性(丸山眞男の指摘)
・詩歌の本質を人間の感情表現に求めた国学→文学という私的領域の自立化。生身の人間像の躍動を認める「事実」への志向、主情主義から儒教的規範を攻撃。
・徳川吉宗の実学奨励→洋学の勃興。
・こうした趨勢の中で封建的価値優位性を批判的に見る態度が芽生える。
・佐久間象山、吉田松陰のリアリズム。横井小楠の「公共の政」。明六社の近代性。

「安藤昌益──その思想像の構造と特質」
「広瀬淡窓の哲学──状況の動態化と思想の対応」:経世論では荻生徂徠と共通する点が多い一方で、正しいあり方としての自愛心を肯定→明治期天賦人権論へとつながり得た。
「勝海舟における政治的思考の特質」
「思想史の方法としての文学──小林秀雄著『本居宣長』をめぐって」

松本三之介『明治思想における伝統と近代』(東京大学出版会、1996年)
「天皇制国家像の一断面──若干の思想史的整理について」
・政治的機能の他の社会的機能に対する価値的優越→「個人」「私」<「国家」「公」とする規範意識が広く国民に浸透→天皇制国家において権力悪の発想、権力の抑制、国民の政治参加などの近代国家固有の問題意識が希薄。

「家族国家観の構造と特質」
・君臣=父子観念→治者の仁政原理と同時に、臣民の随順倫理として援用。政治的観念を共同体的道徳によって補強。

「新しい学問の形成と知識人──阪谷素・中村敬宇・福沢諭吉を中心に」
・西欧文明導入に際して、有形/物質の世界に対する無形/精神の世界を重視する点では共通。ただし、後者について阪谷が儒教的理、中村が造物主への畏敬を強調するのに対して、福沢は西洋の文明、「日用に近き実学」へと転換、形而上学的にも西欧化・世俗化を推進。

「福沢諭吉の政治観──国家・政府・国民について」
「福沢諭吉における「公」と「私」──「瘠我慢の説」を手がかりに」
・精神の働きが「古習の惑溺」から免れて自由に発揮しうるには既存の権威や価値に対して己れ自身の精神に忠実であろうとする勇気が必要。「独立自尊」の精神の担い手として士族の気風に着目。

「中江兆民における伝統と近代──その思想構築と儒学の役割」
・思想と生活の乖離という日本思想史における課題を念頭に置きながら、理論と実践との結合に向けて細かい配慮をしていた人物として兆民を取り上げる。すなわち、欧米近代思想を学びながら、同時にいかに伝統的な東洋の儒学思想を読み替え接合させながら思想の血肉かを図ろうとしたか。

「政教社──人と思想」→志賀重昂、杉浦重剛、陸羯南、福本日南、長沢別天、内藤湖南。
「陸羯南における「国家」と「社会」」
・政治的領野としての「国家」に対して「社会」を弁別→共同生活の中で歴史的に形成された風俗・習慣・道徳感情・文芸などの有機的人間関係を指し(天皇も含まれる)、志賀重昂の言う「国粋=ナショナリティ」概念と共通する。→羯南の立憲政治論はこうした国家と社会との二元論の上で構築、「社会」によって「国家」は基礎付けられていると認識。

松本三之介『明治精神の構造』(岩波書店・同時代ライブラリー、1993年)
・代表的な人物を取り上げながらコンパクトにまとめた明治思想史概論。
・明治期精神の特徴→①国家的精神、②進取の精神、③武士的精神。
・福沢諭吉:文明の精神、科学的思考、明治ナショナリスト→「一身独立して一国独立す」。
・民権思想のナショナリズムには国家の対外的独立、国家権力との一体性、国民的連帯の意識。植木枝盛の思想には、ナショナリスティックな側面とリベラリスティックな側面とが未整理に共存。
・中江兆民:彼の民権論の深化は、現実へと柔軟に対応できる政治的思考の深まり。立憲政治論→国民不在で制定された憲法を国民の手に取り戻すために国会。
・明治期における政治への批判として、徳富蘇峰の平民主義、政教社グループの国粋主義、内村鑑三の愛国と平和主義、平民社の社会主義。
・日露戦争講和反対の大衆運動、煩悶青年の登場、富国強兵という国是が機能しなくなった時代→明治の終焉。

松本三之介『明治思想史──近代国家の創設から個の覚醒まで』(新曜社、1996年)
・対外危機→幕藩体制の割拠性から挙国意識。維新をどのように位置付けるかという議論→新しい国家構想の模索。明六社など啓蒙思想家たちの議論。自由民権運動→国民の政治参加を媒介とした国民的一体感の醸成という意図、下からのナショナリズム。憲法制定の思想像。明治憲法体制を内面において支える役割として教育勅語(1890年)→新しい政治的人間像を提示。上からの欧化路線に対する批判→徳富蘇峰の平民主義は下からの欧化主義、政教社グループは国粋重視の批判。政治優位の風潮の中、政治社会を担う「平民」一人ひとりの日常的生活利益へと議論の重点の推移。日清戦争後、社会問題の顕在化。幸徳秋水たち初期社会主義の問題意識の根底には、維新以来の文明開化のひずみへの批判。また、個人的意識の台頭→国家と個人との乖離という傾向。高山樗牛の日本主義には「個」の満たされざる内面を支えるものとして「国家」を捉え、個人の精神的渇きを満たすための国家という発想。苦悩する個→藤村操の自殺。天皇機関説をめぐる上杉・美濃部の論争→富国強兵を支えてきた国家主義的個別主義と、開かれた世界へ向けた普遍主義・立憲主義という二つの潮流の衝突として把握。

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コメント

 
記事を読みながら、

友田昌宏『戊辰雪寃…米沢藩士・宮島誠一郎の「明治」』(講談社現代新書)

牧原憲夫『客分と国民の間…近代民衆の政治意識』(吉川弘文館)

を浮かべているつもりが、結構頭からトンデしまってるんで、再読の必要を確認させられる始末。

トホホなのやら、メデタシメデタシなのやら。

投稿: 山猫 | 2011年1月17日 (月) 20時43分

その二冊は知りませんでしたが、宮島誠一郎については、以前、旅行で庄内から仙台へと横断した際に読んだ星亮一『奥羽越列藩同盟』(中公新書)で読んだことがありました。
たしか、善隣書院の宮島大八の父親でしたね。

投稿: トゥルバドゥール | 2011年1月18日 (火) 00時30分

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