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2011年1月22日 (土)

ジョン・J・ミアシャイマー『リーダーはなぜウソをつくのか?:国際政治学からみた「ウソ」の真実』

John J. Mearsheimer, Why Leaders Lie: The Truth about Lying in International Politics, Oxford University Press, 2011

 著者は国際政治学でネオリアリズムの理論家として知られている。本書が着目するのは対外交渉における政治的ツールとしてのウソであって、そこからは倫理的な意味合いは排除され、ウソを使った結果として政治目標にプラスとなるか、マイナスとなるのかを判断基準として議論は進められる。

 本書の要点は、一般的に政治指導者が対外交渉におけるカウンターパートナーに対してウソをつくケースは意外と少ない一方で、対外政策を進めるにあたっての必要から自国民に対してウソをつくケースが多いという指摘にある。

 国内政治と国際政治との相違を端的に言うなら、前者が一定のヒエラルキー的秩序の中で行われるのに対し、後者はさらに上位の審級がない、従ってアナーキーなホッブズ的世界観が通用するところにある。もちろん、国際関係認識のあり方は論者の立場によって様々であるが、著者はリアリズムの理論家なのでこれが前提とされている。アナーキーな世界の中で自己の生き残りを図るには暴力、策略、欺瞞、ありとあらゆる手段の行使が可能である。そうであるなら、交渉にあたってウソも頻繁に使われて当然のはずだが、著者が実際に国際政治史の事例を調べてみても、手段としてウソを用いた交渉は意外に少ないという。この場合のウソ(lies)とは事実とは明白に異なるストーリーをでっち上げることで、誇張(spinning)や情報の秘匿(concealing)とは区別される。もちろん、具体例は一定数あるにしても、実際の対外交渉について理論的一般化ができるほどには十分なサンプルがないということである。アナーキーな世界の中では互いに猜疑心を抱いているのでウソをついても効果があがらないこと、コストの割りに成果が乏しいことなどに理由が求められる。

 本書で項目として挙げられている通常の対外交渉におけるウソ、ナショナリスト神話(nationalist mythology、例えば、イスラエルは建国に際してのパレスチナ人への蛮行をナショナル・ヒストリーの構築によって無視、正当化した)、リベラルなウソ(liberal lies、つまりリベラルな規範を口実に自国の野心的行動を正当化、「リアリストとして振舞いながらリベラルに語る」)などは政治史的にみて珍しいことではない。本書がとりわけ問題意識の重点を置くのは、「政策の隠蔽」(covering up)と「恐怖の売り込み」(fearmongering)である。

 「政策の隠蔽」は、第一に戦時下にあって政策失敗の露呈が国益を損なうことを回避するため、第二に民主主義国家にあって国民には不評だが将来的に必要な政策を採用するために行われる。こうした場合のウソは時として必要なこともあるが、合理的な政治運営ができなくなってしまうリスクがある。

 「恐怖の売り込み」とは、指導者が国家の安全保障に重大な危機が迫っていると認識しているのに対して国民はそう思っていないとき、国民を政治目標に向けて動員するため危機感を意図的に煽ることである。著者はリアリズムの立場からブッシュ政権によるイラク戦争を批判したことで知られているが、サダム・フセインの核開発施設はないという主張は意外と正しかったこと、ブッシュ政権が戦争開始のきっかけをつくるためアメリカ国民にウソをついたことは、本書の議論に適合的な事例として示されている。

 「政策の隠蔽」にせよ、「恐怖の売り込み」にせよ、将来的に必要な政策や安全保障上の危機に対して国民が無関心であるというギャップを目の当たりにした政治指導者が政策遂行の正当性を確信してついたウソである。これを必要悪として許容するか、愚民観だとして批判するか、判断は難しい。もちろん、ブッシュ政権のように指導者自身の認識が間違っていることもあるし、こうした形でウソが露見した場合には政権基盤は崩壊する。いずれにせよ、民主主義国家における政策決定上のアポリアをウソという切り口から取り上げた議論として興味深い。

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